ALFA+アルファ〜リアル・クロスオーヴァー進化論

⑩ ベナード・アイグナー

Text:金澤寿和

  すべては変わる。
  変わらないものなんて何もない。
  誰もが変わっていく。
  変わらない人なんて何処にもいない。

この歌詞は、ソウル・ジャズの名曲<Everything Must Change>のサビのパートを訳したものである。日本ではランディ・クロフォードの初期楽曲として知られるが、オリジナルは1974年にクインシー・ジョーンズが発表した名盤『ボディ・ヒート』に収録されている。この曲を書き、歌ったのはアフリカン・アメリカンのシンガー・ソングライター、ベナード・アイグナー。60年代後半からディジー・ガレスピーのシンガーを務め、70年代に入ってラロ・シフリンやデヴィッド・アクセルロッドのアルバムでも作編曲、ヴォーカルなどで活躍した。ところが当時はベナード・イトーやアレキサンダー・セイント・チャールズと名乗るなど、名前をコロコロ変えていた。そのため彼自身はほとんど無名。それでも大物アレンジャー兼プロデューサーだったクインシー・ジョーンズは、シッカリとアイグナーの実力を見定めていたのだろう。この『ボディ・ヒート』には、アイグナーの他にもまだソロ・デビュー前だったミニー・リパートンやアル・ジャロウ、ソングライターとして頭角を現し始めていたリオン・ウェアなどが参加しており、若い才能の品評会みたいな様相を呈していた。

 その中でこの曲<Everything Must Change>は、シングル・カットされることもなく、チャートとは縁遠い存在だった。ただ歌詞が多くの共感を呼んだのか、有名無名、多くのシンガーに取り上げられていくことに。代表的なところを挙げてみると、ジュディ・コリンズ、ビリー・ポール、ジョージ・ベンソン、ニーナ・シモン、ランディ・クロフォード、イヴォンヌ・エリマン、モーガナ・キング、ジーン・カーン、ナンシー・ウィルソン、サリナ・ジョーンズ、オリータ・アダムス、そしてバーブラ・ストライサンド等など。日本でも吉田美奈子、笠井紀美子らが歌っているし、ジャズ・ミュージシャンがインストゥルメンタルで演奏することも少なくない。どうやらジャズの素養を持つミュージシャンたちに、こよなく愛される楽曲らしい。アイグナーは翌75年、マリーナ・ショウの名盤『WHO IS THIS BITCH ANYWAY?』をプロデュース、作編曲でも大きな貢献を果たしている。

 アイグナーの才能を高く評価したのは、クインシーやベンソンだけではなかった。アルファ・レコードを立ち上げた村井邦彦もまた彼の実力を早くから認めた一人。そして日本からの発信で全米に向けて売り出そうと、アイグナーとの契約に踏み切った。彼のアルバムが出る78年は、アルファが米国のA&Mレコードの配給権を獲得し、洋楽シーンに大きく船出した年。でもL.A.に現地法人アルファ・アメリカを設立するのは、2年後の80年になってからだから、その試金石的な意味合いがあったのかもしれない。

 村井の命を受けてプロデュースに当たったのは、後年カシオペアを育てる宮住俊介である。レコーディングは芝浦にあるアルファのスタジオAに、アイグナー自身と、弟のベーシスト:キース・アイグナーを迎えて行われ、日本側からは渡辺香津美(g)と村上ポンタ秀一(ds)が参加した。曲によっては深町純(pf,syn)や浜口茂外也(perc)が加わり、ストリングスやホーンは後日L.A.でダビングされた。ちなみに宮住はこの時期、香津美がアルファから出したリー・リトナー&ジェントル・ソウツとの共演盤『マーメイド・ブールヴァード』も手掛けており、制作はほぼ同時進行で進められたらしい。そこで初対面だったドラムのハーヴィー・メイスンと懇意になり、ここからがカシオペアでのプロデュース起用へと発展していったようだ。

ベナード・アイグナー「LITTLE DREAMER」(1978年)

 こうして完成した『LITTLE DREAMER』。エピローグにはシッカリと出世曲<Everything Must Change>のセルフ・ヴァージョンが収められ、関係筋や業界人からは高い評価を受けた。ウォーム&テンダーで、味わい深くコクもあるアイグナーのヴォーカルも、ウルサ型の音楽ファンには沁みるものだろう。ただ作品のクオリティが高くても、必ずしも一般的ヒットに繋げられないのが当時のアルファ。アイグナー自身、人間は優しいものの音楽的には妥協を知らぬヒトで、後続作も作れぬまま、いつしか表舞台から遠ざかってしまう(2017年没)。

 それが90年代後半頃からか、徐々にアイグナー再評価の機運が現れてきた。このワン&オンリー作品『LITTLE DREAMER』も、いつしか稀少盤となり、中古レコード・ショップでは高嶺の花に。しかもそのアルバムは、今もって未CD化のままだ。かく言う自分も、何度かCD化を目指して許諾申請に動いたことがあったが、何か事情があるのか、一向に埒が開かなかった。そうこうする間にも音楽マニアの熱量は増すばかり。ブラジルの若手アーティスト:ルーカス・アルーダに至っては、自身のアルバムのアートワークに『LITTLE DREAMER』のジャケットのオマージュを採用するほど、並々ならぬリスペクトぶりを示している。77年に完成を見ながら、世に出なかったリンダ・キャリエール幻のアルバムの初リリースが決まった今、ベナード・アイグナー復刻に対する期待も、いつになく高まっているのだ。

  人生に確かなモノなんて多くない。
  雲から雨が降り注ぎ、太陽が空に輝く。
  そして音楽が私を感動させることを除いては…。