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ジャッカルの冒険 6

前回の続き…


「俺の店で堂々と喧嘩か」

酒場の店主はとんがり帽の男達に鋭い視線を送る。

男達はうろたえながらその場を離れる。

「チッ、そんなんじゃねぇよ。おい!いくぞ」ととんがり帽の男が他の二人を連れて店の外へ出ていく。

彼らが店の外へ出たのを確認した店主は、視線をジャッカルとPH50と名乗る機械人形の方へ向ける。

ジャッカルは、店主の鋭い視線に射すくめられた様に動けなくなってしまう。

「失礼、ソチラの資料をワタシも見てもいいデスか?」

PH50はその張り詰めた空気を壊すかの様にジャッカルに声をかけて、冒険者雇用契約書などの書類を指差した。

「え、あぁ、もちろん」

ジャッカルはPH50の緊張感のない発言に、感心しつつ手元の資料をカウンター上の隣の席にズラしたた。

店主は二人のやりとりをチラリと眺めた後、口元を緩ませながらカウンターの奥の部屋へ戻って行った。

酒場の凍りついた空気は少しずつ元通りになり、先ほどの緊張感の分、少し前より騒がしくなっている。

酒場の騒がしさに慣れ、PH50がカウンターの椅子に腰をぎこちなく降ろすと、次第にジャッカルも女店員も落ち着きを取り戻した。

「ああいう客もいるんです」と店員は苦笑いしながらジャッカルに声をかけた。

彼らがどの様な生活をしているのかが気になったため、店員に聞いてみたところ、犯罪まがいの事で生計を立てている者達らしい。

中には彼らと付き合い始めて失踪した者もいるとか。

彼らはハーフゴブリンが多く暮らしている街の反対側の住宅街にいるらしく、たまにこの酒場にもやってくるみたいだ。

住宅街といっても平屋でかなりボロボロの家が並んでいるらしい。全てのハーフゴブリンもとい亜人間が犯罪まがいの事をしている訳ではないが、この工業都市バルングでは、彼らの犯罪率が多いとのことだ。

バルング警備隊に捕えられるニュースも良くあるそうだが、かなりの確率で保釈されるみたいだ。おそらく一部癒着があるのだろうと噂されている。

生き残りつづけている冒険者は常人より強く、ハーフゴブリン達では勝てないので、大抵は街の一般人と喧嘩する事が多いみたいだ。

冒険者はそういった犯罪などを取り締まる依頼を受けたり、喧嘩の仲裁もする事が多い為、彼らとは仲が悪いらしい。

冒険者達は昼間は街の外に出ている事が多い為、この昼間の時間に彼らは酒場に来るのだという。

冒険者を目指しているジャッカルにとって、少し誇らしく感じた。

俺は犯罪に出会した時に止める事ができるだろうか?

もちろんヒーローのようになりたいが心の準備はまだ出来ていない。

ジャッカルは資料に目を戻しつつ、隣で真剣?な面持ちで資料を見ている機械人形に問うたみた。

「君はなんで冒険者を目指しているの?」

「ワタシのことはPH50と呼んでクダサイ。」PH50は片手の親指を上げて、コチラに振り向いた。ジャッカルはこの機械人形の仕草に親しみを覚え、微笑んだ。

「ワタシは人間になる為の秘宝を探す為に街の外を旅してみたいのデス」

「人間になる秘宝…?」聞いた事がなかった為、どの様に返して良いのか戸惑ってしまう。

客席にエールを持っていきながら、近くを通った女店員はチラリとPH50を見た。

「ゴ存知ないデスか?」

「いや、俺も街の外の事はほとんど知らないから分からないな…」

「ソウデスカ…気長に探してみマス。寿命はありませんカラ」と、PH50は両手を上に向けて冗談の様な身振りをした。

表情のない機械の顔だが少し残念そうな空気が感じられた。

「俺も…俺もさ、自分がまだ見たことのない世界へ出て可能性を試したいんだ。だから、街の外の広い世界には沢山可能性があると思うよ。機械が人間になれる物があったっておかしくない」

「アリガトウ、あなたのおかげでソウダと感じマス。ワタシはロボットで感情はプログラムでしかないですがね」と、またさっきと同じ両手を上に向ける身振りをしたが、今度は笑いを誘おうとしている様な、この機械人形のユーモアさを感じた。

「俺はジャッカルって言うんだ。よろしくね」

ジャッカルは微笑んだ。

さっきまでの出来事で集中して読むことのできなかった資料に改めて目を落とす。

冒険者になろう!と大きく書かれた紙には一攫千金等の夢のありそうな単語が散らばってあり、少し胡散臭さを感じさせる。

内容としては、主に街の内外問わない依頼を、ここの酒場の様な冒険者組合兼任の施設が受け付けているみたいだ。

工業都市外の西南側に一部広がる林と、北に大きく広がる砂漠へ、採取する依頼などがあるらしい。

ただし街付近以外の砂漠での依頼は、巨大蟻地獄やサンドワームが至る所にいる為、その知識を持つ砂渡(スナワタリ)しか受けれないみたいだ。

厳密には依頼を受けれないというか、受注契約が成立しずらいというのと、冒険者の96%が失踪する為に成功実績がほとんどないという。

この工業都市がある大陸の60%が砂漠である為、都市間を移動する為にも砂渡(スナワタリ)の知識が必要になるという訳だ。

その他街内での護衛や問題解決依頼、工業の臨時派遣などもあるみたいで、依頼としてはコチラの方が割合は多いとのことだ。

やはり、都市自体が工業に力を入れている為だろう。

「生活の為に工業都市内の仕事するのって、今までとあまり変わらないじゃん」ジャッカルは内心の思いが口から出てしまう。

「ところがどっこいっ!」と、背後からジャッカルとPH50の間に割り込んだ女店員が声を出した。

ジャッカルは少し驚いたが、姿勢を戻し女店員に目を向ける。

「工業都市の外の依頼は現在増え続けてますよ!むしろ人が足らないくらいで、この都市と冒険者組合が協力して賃金や待遇の保証について、改善が行われているんです」

「人が居ないと工業用に使われる素材も集まりにくくなるからか」ジャッカル自身が工場に勤めている為心当たりがあった。

「そうなんです!コレまでこの都市では工業に力を入れてきましたけど、扱う製品や輸出の規模が大きくなるにつれて、質の良い素材が必要になって来たみたいなんです」

特に工業都市周辺の砂漠にはサンドワームが繁殖しているみたいで、そのサンドワームからの素材回収が滞っているみたいだ。

ジャッカルは実際にサンドワームを見た事がある訳ではないが、その一体のサンドワームから得られる素材が多様で豊富なのは聞いた事があった。

油や眼球、皮や硬質な脚と牙は全て利用できるとのことだ。

しかし、サンドワームは初心者が一人で狩れる程生やさしいものではなく、それなりの経験者でないと狩る事は難しい。

それなのにこの都市のコレまでの待遇の悪さが祟り、中級クラスの冒険者が他の都市へ移住して行ったみたいだ。

「って事は、探索者急募って表に貼ってあったチラシは主にサンドワームの素材回収が目的なの?」

「はい!そうなんです。1ヶ月後にこの都市から直接依頼が出ます!1ヶ月の期間でサンドワーム素材を割高で買い取るというもので、出来るだけ多くの方参加して貰いたいんですよ」と、カウンターの中に戻りながら女店員は明るく答えた。

「ちなみにここに、冒険者は組合から月々道具や装備の援助を受ける事ができると書いてあるけど、冒険者申請するとすぐに適応されるの?」と、ジャッカルは質問した。

「はい、毎月依頼を受けていただくとその報酬から手数料は引かれますので、初級の道具や一般防具の点検と修理は組合の方で援助いたします。ただ、1番最初の月はご自身の負担で組合から初期装備を購入していただきます。ですので、1ヶ月分の手数料込の登録料をお支払いしていただく必要があります」

最初の1ヶ月は1番死にやすい時期のため、組合もそこは面倒が見れないので、自己負担になる様だ。

ジャッカルは資料の束をめくりながら話を聞いていた。資料の最後に小さく労災保険には対応していませんと書かれていたことに、オイオイとツッコミを入れそうになったが、冒険者なのだからそれはそうかと納得した。

ジャッカルが読んだ資料を隣のPH50が受け取り読むというか、スキャンしているみたいだった。

一通り読み終わり、二人は顔を上げる。

「どうですか?やってみませんか?」と女店員は質問する。

ジャッカルは元々やる気があったが、少し怖気付いていた。新しい事への挑戦だが、資料に墨で描かれているサンドワームの恐ろしい見た目に躊躇していた。

「是非!やらせてクダサイ!」と声を発したのはPH50だった。

そうだ、覚悟を持って挑まなければ今後何も変わることはできないんだ。と思い、ジャッカルもやってみたいと答えた。

女店員は少し安堵した表情を見せ、最初にかかる費用について別の資料を出した。

-登録手数料
-1ヶ月分の依頼紹介料(最初のみ)
-初期装備支代
-初期道具支給代(フラッシュボール、薬草、初級薬草取扱書)
合計400マルク

と書かれてあった。

ジャッカルの工場労働の日当が15マルクだ。1ヶ月丸々働いて450マルク、少ない貯金を切り崩しながら節約すれば何とかなるか。

頭で概算して、ジャッカルは1ヶ月後に登録をしにまた来てもいいかと質問すると、是非よろしくお願いしますとの返答が帰って来た。

ちょうど都市勅令サンドワーム素体回収依頼が始まるのでそれに合わせられる。

PH50は金銭の工面はどうするのだろうかと、ふと気になり横を見る。

PH50は自身の腕の関節から4枚の100マルク硬貨を取り出して、その場で支払った。

今どこから出たの?と、マジックでも見たかのようにジャッカルと女店員は驚いた。

「アァ、やっと関節の詰まりがなくなりまシタ」とPH50は硬貨を取り出した腕をブルンブルンと回した。

ジャッカルはPH50が、どこまで冗談で、どこまでが本気で話しているのかが分からなかったが、クスリと笑ってしまった。

受領いたしましたと店員が事務的手続きを終えると、ジャッカルとPH50は席を立つ。

2人は酒場の外へ出て、夕暮れ時の工業都市を眺めながらコレからについて考えた。

PH50はワクワクしている様子だが、ジャッカルは期待に混じって不安もあった。コレからやらないといけない事が沢山ある。

1ヶ月後に仕事を辞める手続きをして、節約しつつ体も鍛えて、街の外についても調べないと…

「1ヶ月後まで何をするの?依頼でも受けるの?」と、ジャッカルはPH50に疑問を口にした。

「イエ、ワタシの充電もまだ完全ではないのでじっくり充電したいとオモいマス。システムに保存されている街の外のデータベースも起動させる必要がアリマスので…」

「街の外のデータベース!?」ジャッカルはPH50の話を遮った。

「それってすごい事じゃないの?街の外は未知でいっぱいだから冒険者が命懸けで冒険して情報を集めているのに、外の情報なんていくら出しても買いたいって人は沢山いるよ!」思わず早口に、そして少し小声になりながら付け加える。

「イヤ、ソレがかなりデータベースが古くてデスネ、アクセスするのにはキッカケとなるアクションが必要なのデス」と、PH50は両手の人差し指をツンツンと合わせながらボソボソと答えた。

つまり、何かモンスターのデータがあれば、そのモンスターに遭遇する事で、対象の周辺情報にもアクセス出来るようになるみたいだ。
それでも、アクセスさえすればいつでもアクセスする事が出来る様になるというのと、街の外の情報を古いデータであっても潜在的に持っていると言うのは、とても価値がある事だろう。

「それでもすごい能力だよ。他人に話さない方が絶対いいよ」

「確かに、数年前にコノデータベースを狙って回収屋が来たコトもアルので内緒デスよ」と、PH50は口元に人差し指を立てた。

「え、俺にそんな事を話してくれて大丈夫なの?」ジャッカルは心配を込めて疑問を口にする。

PH50は一間置いて、姿勢をコチラに向け直す。
ジャッカルは少し身構えてしまう。

「ソコでなのデスが、ジャッカルさんに提案が…」

「?」何だろうとジャッカルは思う。

「ワタシと、チームを組んでいただけナイデショウカ?」

「俺と!?」意図しなかった提案にジャッカルは声を大きくしてしまう。

「エェ、機械でアル為に1人だと不都合もアリ、チーム探しのツイデに酒場に寄ったのもアルノデ。ソレニ、見たところ…(スキャンする音)」PH50は両方の目から薄い光線をジャッカルに当てた。

ジャッカルは驚いたが、害のある物ではないと話の流れで感じていた。

「ジャッカルさんは、悪いタイプの人デハなく、コレからの冒険に楽観的ダケでなく覚悟も決めてイマス。とスキャンの結果が示していマス」

「スキャンってオイオイ…」ジャッカルは苦笑いしつつも、続ける。

「でも俺としても嬉しい。その内在されているデータもそうだが、恥ずかしい話俺は勇気がいっぱいな性格ではないから相棒がいてくれると心強いんだ」

「相棒…イイ響きデスネ。大丈夫、そういった性格の方が成果を上げると研究デモアリマス。ワタシにジャッカルさんの心配を任せてもらえレバ、ロバの背中百匹安心デス」

「…どう言う意味だ…?」

PH50は片手でグッドサインして、決め台詞が決まったかの様に余韻に浸っている。

どうやらこの機械人形は人間のユーモアや冗談について、少しズレた解釈をしているみたいだ。

明るい性格には変わりはないが、とジャッカルは微笑んだ。

その後すぐに2人は別れて、1ヶ月後にこの酒場に集合する予定を立てた。


To be continued…


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