優しい地獄/イリナ・グリゴレ

元社会主義国家・ルーマニア出身の人類学者が日本語で書いたオートエスノグラフィックなエッセイ集。馬や土地が国に取り上げられ、やがて社会主義が崩壊し、チェルノブイリ事故による影響から身体面でも大きな病に侵され、女性というだけで差別される――幼少から十代にかけて壮絶な人生を歩んできた彼女の言葉ひとつひとつがとても重い。
彼女の幼い頃の、自然豊かな場所で祖父母と過ごしたエピソードを読むと今では殆ど失われてしまった風景なことに気が付く。そういう暮らしが良かったとは手放しでは喜べないけれど、でも確実に何か生きものとして大事なものを失って忘れていっているように思う。便利で人工的で全てが整い、綺麗な世界。より良く、より生きやすい世界や社会を目指して発展してきたけれど、でも実はどんどんディストピア化していっているのかもしれない。それが本書のタイトルになっている「優しい地獄」だ。
「優しい地獄」とは資本主義を皮肉った表現でもあるが、中でも「身体の商品化」という言葉にどきりとさせられる。「身体の商品化」「性の商品化」は普段当たり前のようになされていることだけど、よく考えてみればこれほど悍ましく、グロテスクなことはないように思う。
誰もが商品化され、物化され、消費される世界。
これから先、より良い社会とはどんなものなのか、資本主義社会の是非も問われてくるだろう。
「優しい地獄」から抜け出せた時に様々な形で奪われてきた人間の尊厳を取り戻せるのではないかと思う。