凸じゃねーから、凹だから!!
少しタイトルが攻撃的な感じになりましたが特に理由はありません。怒っているわけでもありません。ただこのような思いの子どもがいるんじゃないかと思って書くことにしました。
うまく周りに馴染めない。みんなの輪に入りたいけど入り方がわからない。
教育関係で仕事をしているとそう言った様子の子どもを時々目にします。保育園だって、小学校だって自由時間で校庭で遊んでいる時や、遠足で広場に行った際に大多数のみんなは追いかけっこやサッカーやダンスといった体を動かすように遊んでいましが、全体を見渡すと数名は端っこの方でモジモジその様子を見ているだけの子どももいます。
恥ずかしかったり、運動が苦手だったりの理由で参加してないなら先生のサポートで劇的に変えることだって、運動って楽しいよ!そうやってプラスのイメージを伝えることは出来ます。
今日は
集団に馴染めないときの気持ちについて書いてみようと思います。思い返せば小学校、特に中学では僕は周りと馴染めていないと感じる瞬間が多々ありました。
その時同級生が僕をどのような目で見ていたかは想像できます。ボクは消極的な人間ではなかったので、少し調子に乗っているだけ、はみ出しているのが良いと思ってるタイプ、そんなふうに感じている友人も数人いたはずです。
友達や先生的には航平はうまく馴染めているとボクの姿、様子を見て思っていたかもだけど、やはり何か違和感を感じて学校生活を過ごしていたことは事実なのです。
この時に陥る考え方の偏りがあります。
はみ出していること、輪に溶け込めてないと言うことは、例えば集団のみんながゼロ状態だとした時に、僕は1、2のように1人だけ凸している状態と思われることです。
けどそんな凸として扱われる人の気持ちはそれとは逆で実は凹な状態なのかもしれません。
みんなよりプラスなのではなく、馴染めないことをマイナスと思い凹の状態になっていることもあると言うことに先生は気付くべきです。
無理に集団に馴染ませるために凸を叩いて平らにするのは逆効果です。と言うより意味はありません。なぜなら凸じゃないから。
逆に必要なのは、もし仮にその子が周囲に馴染めない自分を嫌になり、周囲に馴染みたいと思っているなら話を聞き凹んでいるところを伸ばしてあげれば良いのです。
もちろんはみ出していることや、輪に溶け込めてないことを引け目に感じてなかったり、嫌に思ってない子に無理に周囲に馴染むように言う必要はありません。
ちなみに僕は先生に周りに馴染めと言われませんでした。
いい先生に巡り会えてるな。
でもたまに先生わかってないなって思う瞬間もありました。
先生も全てを理解できるスーパーマンじゃないけど、僕は子どもがどんな気持ちなのかを少しでも理解できるような人になりたいなと昨日の出来事で思いました。
先生ってとても難しい職業だなと改めて実感する毎日です。
そしてボクは周りに馴染めてない自分も好きでした。
そんな感じで今の自分があるなら大満足です。
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