失われた三十年を求めて

 もっとも新鮮な情報を得られる場所はどこだと思う?
 SNS、twitterとかいう、あの小さなサイト、あるいは新聞?
 答えは簡単で、おれが勤めている、ゴミ処理場だ。誰が、何を捨てたかをみていると、世相がわかる。
 昨日の停電のせいか、空調が故障したため、いつにも増してサウナといえばまだ響きがいい牢獄のなか、おれは休憩中に仲間とタバコを吸っていた。
「もってきた」
 森崎は、この職場で親密になった数少ない同僚(といっても年齢はおれより5つ上の、六十五だが)だ。大丈夫かとおれが周囲に意見を求めても、みな首を振る。
「そんなもん、確認したらダメって言われるに決まってんだろ」
 ぷしゅ、といきおいよく森崎が缶をあける。そして、迷うことなく思いっきり飲み干した。
「うめえ。やっぱりアルコールが入ってるとか、関係ねえんだな。ようは喉越しだ」
 気前よくアルコールフリーのビールを森崎は振る舞った。拒否するものもいれば、ルーティンのなかに出現したイレギュラーに、無心に飛びつく若手(とはいっても、四十代後半)もいた。
 うまかった。この上なく。
 もっとも、炎天下のサウナで冷えた炭酸飲料を飲めば、どれを飲んでも美味いに決まっている。全身の細胞がはじけて、欲求がバブルに昇華される感覚を覚えた。
 おれがリストラされることになった経緯は、必然だった。元々が、身内のコネで入社したメーカー。外資にありがちな、エリアごとに合わせて、システム化された効率の部品として過ごした日々。おれはミシンの販売を担当していた。
 父が大阪支部のトップセールスマンとして地盤を築いた関係で、東京から出戻った地元の企業にて、いいポストをゆずりうけた。
 八十年代にはじけたバブル。当時は新聞やニュースでうたわれていることに実感を覚えることができなかった。経済の波紋は、中心から広がり、津波のように日本全土を覆い尽くした。おれが肩を叩かれたときには、もうなにもかもが予定調和として収束していた。
「しかし、うまい」
 強がりではなく、本心で言った。はじけた後の、余韻。痛みと爽快感が表裏一体になる。
「なあ、いつまでこの仕事やるんだ? 俺はそろそろだと思ってるが」
「おれは死ぬまでやるよ」
 森崎は奇怪なものを見るように、目をしかめた。森崎はいい奴だが、この場所の本質をまだ見抜けていない。だからこそ、こうして関係を保っていられる。
 情報の鮮度。ゴミ処理場に流れてくるものはまるでこのアルコールフリーの炭酸のように、はじけてしまった後の余韻の集合体だ。ここからおれは、世界を観ていた。地獄のような、サウナのなかで。そして、今まさに、腹に落ちた。
 おれははじける過程の刺激でクラッシュしたこの世のすべてに復讐する。
 もちろん、おれにその役目はつとまらない。息子を二人、つくっておいてよかったと心から思った。
 
 失われた三十年は、時代に託す。飲み干したビールの缶を右手で握りつぶすと、おれは仕事に戻った。

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