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【小説】カレイドスコープ 第11話 泰人

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 「まぁ今となったらどうでもいい事だけど、どうやって俺の居場所が分かったんだ?」

 居酒屋の個室で焼酎の水割りを呑みながら、滝沢は泰人に尋ねた。

 「そんなに手間は掛からなかったな。 あんたが色んな場所で偽名を使っているのは知ってたから、手っ取り早くあんたが好きそうな風俗にアタリを付けて、その関係者に聞き込みしただけさ。」

 滝沢は苦笑いをしながらも、更に突っ込んだ質問を泰人にぶつけてみた。

 「でもたったそれくらいの捜索で見つかるようなヘマはしてないつもりだったんだけどな。 この際だから、俺を特定出来た秘密を教えてくれよ。」

 泰人は滝沢に目を合わせることなく、酢モツを箸で掴んだ手をそのまま動かし、口に運びながら抑揚のないトーンで言葉を繋いだ。

 「たぶんあんたの事だから、女の気を引くために芸術関係のカメラマンか、報道カメラマンっていう肩書を持っているって自己紹介していると思い、そういった客を聞いていったらすぐに辿りつけた。」

 滝沢は不機嫌な表情を隠さずにグラスに残った水割りを一気に飲み干すと、威圧的な視線を泰人に向けて「それじゃ本題に移ろうか」と言い、場の主導権を握り始めた。

 「これが先日あんたに見せたプリントアウトした写真だ。 それから画像データに関しては、このUSBに入っている。」

 泰人は封筒に入った写真を確認すると、それをバッグの中に入れるのと同時にクリアファイルを取り出した。

 クリアファイルの中には滝沢の借金の借用書が入っていて、泰人はそれを滝沢が何であるかを確認できるよう大きく目の前で広げると、まずは両手で前後に捻って真ん中から真っ二つに裂き、それを二枚に重ねてから更に半分に裂いてから灰皿の上に置くと、煙草に火を点けるついでにマッチの残り火を灰皿の上の紙切れに乗せて、あっという間に灰にしてしまった。

 「これで取引成立だ。 あんたの借金はチャラになって、その画像は今後一切世に出ない。 約束するな?」

 「こんなに簡単に取引成立するなんて、あの写真は相当な価値があるって事だな。 借金がチャラになるどころか、逆にゆする事だって出来たかもしれないと思うと、少し勿体無いってのが本音だけどな。」

 滝沢は下品な笑いをその顔に浮かべ、上機嫌で焼酎の水割りのお代わりを自分で作って飲み始めた。

 「あの写真が俺経由で世間に出る事は無いが、ただ用心はさせてもらうぜ。 なにしろそれだけ価値があるって事は、俺自身の存在が邪魔にならないとは限らないから、何かあった際の魔よけのお守りとして、画像のデータのコピーだけはお前たちが知らないところに隠しておくからな。」

 狡猾な視線を泰人に向けて、勝ち誇ったような態度を取っていたが、泰人は時計を覗き込みながら何かを確認すると、滝沢の言動に全く意を介さないような様子で話を始めた。

 「あんた、南米に行く前にこっちである女性と同棲していたよね。」

 滝沢はいつもより早いペースで酔いが回ってきているのを感じていたが、泰人の突拍子の無い質問に「だから?」とだけ答え、自分の脅しにあまり動じていないその姿に少し苛立ちを感じていた。

 「その女性は看護師をしながらあんたの夢を叶える為に全財産を貢いでいたのに、結局あんたはお金だけ貰ってとんずらしたって話じゃないか。」

 滝沢は無関心を装いながらも舌打ちをして、泰人の話に対して不快の意を表明するが、泰人は気にする事無く言葉を繋げた。

 「聞きたくない話だろうけど、その女性がその後どうなったも知ってるよな?」

 「言わせておけば好き勝手言いやがって! お前にとっては所詮関係ない話だろうが!」

 滝沢は声を荒げて立ち上がろうとしたが、アルコールが思ったより体に回っているのか足がふら付いたので、その場に膝をついて壁にもたれ、もう一度ゆっくり座りなおした。

 「俺は別に逃げるつもりは全然無かったし、南米を渡り歩いて一人前に稼げたら、ちゃんと色まで付けて金を返すつもりだっただけだ。 それを勝手に悲観して自殺なんかしやがって、こっちにとってはとんだとばっちりだぜ!」

 興奮しているからなのか、口に持っていった水割りのグラスからは半分以上が口に入らずに横から流れているが、本人はちゃんと飲めていない事さえあまり自覚していないようであった。

 泰人はその様子を冷静に観察すると、おもむろにスマホを出して誰かにメッセージを送るような素振りを見せた後、滝沢に向き直ってゆっくりとした口調で話し出した。

 「自殺した女性の家族について調べたら、まだお前の事を探している事が分かったよ。 一人娘を不遇な死に方に追い込んだ男への復讐を考えない日は、一日たりとも無かったそうだ。」

 滝沢の表情がみるみる変わっていくのが分かったが、それとは裏腹に眠気に支配されつつある体に抗えない様子も窺え、そのタイミングで泰人は最後にこれから起こる事を滝沢に伝えた。

 「水割りのピッチャーの中には、俺が用意した睡眠薬を溶かしておいた。 そして今或る人物にメールでメッセージを送ったから、もうすぐそいつが酔い潰れたお前を迎えにくるだろう。 先方はお前に会えるのを楽しみにしているらしいけど、寝たままだからって粗相がないようにしろよ。」

 滝沢は最後の力を振り絞って立ち上がろうとしたが、中腰になったと同時に電池が切れたようにパタリと倒れ、そのまま深い眠りにつき寝息を掻き始めた。

 まもなくして個室の襖越しに人影が写りこんだのをきっかけに、泰人はおもむろに電話を掛けると、すぐそばから着信音がするのが聞こえてきた。

 それを合図に襖をあけると、そこには50代の夫婦とみられる二人組が立っていて、泰人に一礼だけすると、視線を眠り込んでいる滝沢に向けていた。

 滝沢を見ている二人の視線には、あらゆる負の感情を凝縮したような純濃度の高い憎悪がありありと見えたが、泰人はその状況に臆する事無く淡々と二人へ今後の段取りについて確認を始めた。

 「現在、計画通りに滝沢を薬で眠らせているよ。 なのでこのまま泥酔した知り合いを迎えに来た体で店から連れ出してくれ。 それから二人でこいつを好きなように扱ってくれていい。 ただし約束通り、最終的には『処分』してもらう約束だから、それだけは分かっているよな?」

 2人は言葉を発せずに大きく頷くと、滝沢を両側から挟んで抱え上げ、あたかも仕事仲間であるような態度で接しながら店外へと出て行った。

 泰人は店員を呼んで会計をしてもらうよう伝えると、テーブルに置かれた中身の残っていたジョッキのハイボールを一息で呑んで、口の中にまだへばりついている先程までの言葉の残骸を、まるで洗い流すように飲み込んだ。


 目の前でパソコンの画面を覗き込んでいる神崎の表情は、いつになく上機嫌でむやみやたらに敵意剥き出しなオーラを発散していないので、泰人は少し拍子抜けしながらもその様子を観察していた。

 ネットでバラバラ殺人事件の記事の最新情報を検索しながら、その被害者の特徴が滝沢に近い事に確信を持ちながらも、更に匿名掲示板で滝沢の名前が数回そこに現れる度に、まるでビンゴ大会でのコールに一喜一憂しているような反応を示していた。

 「どうやら上手くやったようだな。 もしお前が犯人である事を示唆する記事が出たならば、俺達に捜査の手が伸びる前にお前に自殺でもしてもらおうかとも考えていたぞ。」

 神崎はまるで上質な冗談でも言っているかのように泰人に軽口を叩くが、あながち冗談で済ませない迫力が言外に溢れ出ていて、泰人は表情を隠すように苦笑した。

 「それじゃあ約束通り、お前が漁船に乗り込めるように手配しておいてやる。 ただ今回は急な人員交代になるから、お前はあいつに成りきってから船に乗り込むことが条件だ。 だからお前の免許証やID関係は、お前が無事に帰ってくるまでここの金庫に保管させてもらうぞ。」

 沙耶への骨髄移植が可能になったという事実を噛みしめる事が出来た泰人は、神崎の理不尽な要求に対しても、左程気にする事無く受け止める事が出来ていた。


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