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田島列島『子供はわかってあげない』の子供について。

ラグビーワールドカップ日本対南ア戦の日、久しぶりに高校時代の先輩から電話からお誘いの電話があった。直接会うのは5年ぶり。お互い状況は変わっているが、多くは話さない。高校時代の空気のまま、試合を眺めながら飲んだ。
不思議な気持ちになる。あの時僕は中学三年生で、高校二年生の先輩は大人だった。でも、まだ高校生だ。
面白く、かっこよく、ダサい姿をたくさん見せてくれた先輩と過ごした時間には「楽しい」以外ないけど、今思えば、先輩として頑張ってくださっていたのだと思う。
日本代表が破れた帰り道、先輩方に教わったことは何だったか考えた。色んな場面や言葉を思い出したが、それは総じて「上から貰ったものは下に返す」ことだった。
貰ったものというのは、愛情だったり知識だったり、ラーメン代だったりして「俺らがあげた分は下に返してくれればいいから」という気持ちのいい心意気を中学生に教えてくれた。
そして反省する。「先輩」という存在に何度かなった自分は、そう行動できただろうか。
分からない。でも、意識していればいつかできるはずだ。感謝している。
うっかり駅の改札でそう伝えてしまった。無粋は無粋だけど、下に返し続ける以上「先輩」は自分が本当に下に返せたのか気付けない。言ってしまえ!と思ったのだ。

そんなことがあった。そして、そんな勇気が飛び出したのは、ビールの力の他に、このマンガのおかげ(せい?)なのだと思う。

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田島列島『子供はわかってあげない』(上・下)

「書道男」門司と「競泳女」サクが出会い、互いのことを知っていく青春ボーイミーツガール的な夏物語。脚本構成が完璧であり、登場人物の言葉のセンス、会話テンポに目を見張る傑作だ。
物語の軸は、サクの“実の父親探し”と、新興宗教教祖の“資金持ち逃げ事件”にある。母、義父、弟と不自由なく暮らしていたある日、サクは門司の家で信仰宗教に関係するお札を見つける。それは、連絡のない実の父から一枚だけ届いたものと同じだった。探偵を生業とする門司の兄を紹介してもらい、冒険は始まる。

「子供はわかってあげない」という変わった題名が描いていく物語を最初に予感させるのは、家族団欒のあと、サクが父親探しを実行するか悩むときの言葉だ。

コレ、壊れちゃうかな?私が父親探したら。

子どもは敏感だから気付ける。でも材料がないから分からない。赤ん坊なら、何かを察知して泣くだけだが高校生は違う。知ろうとする。でも知っていいか悩む。
この家族感は門司家にも共通する。実の父親を「お父さん」と呼べないサクの悩みを聞く門司も、性転換を果たした兄を「お兄ちゃん」と呼び続けていた。そしてサクにこう伝える。

後から生まれた時点ですでに後手に回されるんだから、その上混乱したら負けがこむだろ

作品内の「子ども」が示すのは「後手」ということだ。

そして、「後手」という現象を解決していくこの作品には「繋ぐ」というテーマがある。
脚本としてのセリフが意味をつないでいく構成はもちろん、言葉や文字が間接的に人や想いを繋げることや、何かを継承することの尊さが、ちりばめられている。それは、お札、鍵、ペナントなどの「物」であり、約束や借りなどの「背中」であり、半紙、原稿用紙、砂浜に書いた「文字・言葉」なのだ。

なかでも、もじ君が上巻で口にしたことは、父親と娘、少女と少女、恋する男女といった関係性に反映されている。
一つは、入院中の祖父に代わり、小学生相手に書道の先生をしている場面。

サク「スゴイねもじくん、先生できんだ」
門司「人は教わったことなら教えられるんだよ」

もう一つは、彼がクラスメイトと話す場面。

門司「人が自信を持って意見を言う時って、その意見が『誰かから聞いたもの』である時だけなんだって」

子どもは教わったことを実行に移し、自分で考えたときは迷いながら言葉を紡ぐ。
一方大人は、子どもに託す想いがあり、それを言葉にはめ、態度で示し、物として贈るのだ。

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時間は流れる。それはすごい勢いで流れる。「子供はわかってあげない」と言うけれど、じゃあ大人はわかっているのかと考えても、絶対そんなことはない。
田島列島の作品に出てくる大人(老人も)は、みな茶目っ気がある。ギャグや小ネタを多用する作風がそうさせているともとれるが、これからも歳をとっていく「子供」な自分を肯定し、その上で何を繋げるか考える好奇心をくれると感じた。

12月に二巻が発売される新作『水は海に向かって流れる』も、「後手」に回った人々が一から関係性を構築していく物語だ。「疑似家族」というテーマの相性も素晴らしいはずだ。
再注目の漫画家の一人、田島列島。好きです。 

【今週のテーマは#32 「めくるめく」でした】

<今日の一曲>
これはあまりに魔法的だけどさ。


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アララ
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