見出し画像

【寄稿】あたしの淋しいエイリアンセックスフレンド

苦いキス 甘いペニス 抱きしめて?謎の言葉で

深夜0時を回ったころ、スクランブル交差点で私はタクシーを捕まえていた。「とりあえず井の頭通りをまっすぐ行ってください。はい、代々木上原の方まで」
車内で私は男に「あと10分くらいで着く」と連絡をし、窓の外に目を向ける。等間隔に並ぶ街灯の明かりが過ぎてゆくのをじっと眺める。子どもの頃に家族でディズニーランドに行った帰り、父の運転する車で首都高の明かりを眺めていたときを思い出していた。
私はあれから随分と大人になった。タクシーに乗り込めば、どこへでもいける気がした。もっぱら、男の家に行く時にしか乗らないけど。私が行きたいところなんて、男の家しかないのかもしれない。
支払いを終えて、タクシーを降りる。踏切をひとつ越えれば、コンクリートの壁に間接照明が映える彼の家につく。

「なんで君は瞼にキスするの?」と彼に聞かれたことがある。
「え、なんで?」
「いや、珍しくない?」
「そうなんだ。…うーん、まぁ、自分がされたいからじゃない」
そう、と素っ気ない返事をしながら彼はぎこちなく瞼にキスをした。
彼がそうしたのは後にも先にもその一回きりだった。
そのあと、私はこっそり泣いた。
意味がそこに載っていないキスというのは、ひんやりと冷たかった。

私は、彼のことが好きだった。
白くてほくろだらけの背中に抱きつくと、いつもなんだか甘い香りがした。
朝に淹れてくれるロシアンティーが好きだった。
朝日がたっぷり入り込む部屋で、彼の本棚にはロシアとチェコの語学本が並んでいた。
床には、誰かが置き去りにしたメイク落としシートがあった。

不味いカクテル 上手なダンス 恋もする?お芝居でいいから

「あ、それ『ベイビー・ドライバー』じゃん」と彼のスマホのホーム画面を指差したのが、彼との初めての会話だった。
薄暗い店内で、隣に座った彼はだいぶ酒に酔っていた。
綺麗で面長な顔、髪は少し過剰なくらいのジェルで整えられている。
何かを隠したいかのように安直な香水の匂い。
ひっきりなしに届く女の子たちからの通知がホーム画面を埋めていた。
光るスマホの画面を無視して映画『ベイビー・ドライバー』の話をまくし立てる彼を私は見て思った。
あ、同じ匂いのする人間だ。
私のそれと同じだけの傷のあとが見える。そういう人はなんとなく匂いでわかる。
心の傷の数だけ、それを見せまいとするその気の強さが、独特の匂いを放っている。

私たちは、はぐれた群れの仲間の匂いを、街中で探しているのかもしれない。
その合言葉があの夜、ベイビー・ドライバーだった。

中国の建物みたいな円山町のラブホテルに入る。
酔っ払っている彼は部屋に飾ってある絵を見て「なんだこれキュビズムかよ!?」と大きな声で独り言を言った。たしかに、こりゃあキュビズムっぽいね」と私が落ち着いた声で答えると、靴を脱ぐ手を止めて振り返った。
「え、待って君、どこの大学…?」
知っている。偶然隣り合っただけの女の子にそういうツボを急に押されると、男の子たちはまるで自分の底の底まで受け入れられたような気持ちになることを。自分の、本当に好きで大切にしているものを、真面目に話しても興味なさげに聞き流されてしまうようなものを、男の子は宝箱の中にガンダムやエヴァのフィギアと共にしまい込んでいる。そこをこっそり開けるのが、楽しくて堪らない。わかるよ、君のこと。素知らぬ顔でさらっと言ってやるのだ。そんなに必死になって髪をセットしなくても、あたし、あなたのこと気に入ってるわよ。見栄はらなくてもいい、もっとみせて。

記憶消しに行こう ハイウェイに乗りに行こうよ

よく好きじゃない人とセックスできるね、となじってくる人がいる。
そんなことない。好きな人とじゃないと一緒にいて楽しくないから、ちゃんと相手のことは好きだ。一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりする友達と違うのは、一緒にすることの一つとしてセックスもあるということだけだ。人が思うより、他人/友達/セフレ/恋人といった人との関係性は、はっきり分かれていなくて、曖昧。恋愛感情が湧いて、恋人にしたいときもある。

いや、ある一面では正しいのかもしれない。私たち人間は、好きじゃない人ともセックスできる。もし嘘だと思うのなら、もし、そんな汚いセックスは悪趣味な人間だけがやるものだと思っているのなら、あなたもやってご覧なさいな。あなたが思っているより、世界は複雑なのよ。汚くも綺麗で、青かったり赤かったり、正しいことと悪いことが綯い交ぜになっている。ちゃんと目を開けて世界を見て。ちゃんと両手で触って確かめてみてよ。「本命の人なら、初めてのデートで体を許しちゃダメ♡すぐエッチすると男の人は彼女として見てくれなくなります!」なんてクソ喰らえだ。もっと目の前の人間にきちんと向き合ってよ。そんな謳い文句より私の言葉をちゃんと受け止めて。お願い、もっとラディカルに私を見て。

文章の中の引用は、すべてファイナルスパンクハッピー『エイリアンセックスフレンド』の歌詞です。2019年、満を持して世に放たれたファイナルスパンクハッピー1stアルバム『mint exorcist』を、ぜひ聴いてほしい。情愛と切なさと欲望の中で溺れそうなあなたには、特に。

(選択したテーマは「#19 合言葉」)

【寄稿者紹介】
・荒井めい
早稲田大学退学(予定)。人生を切り売りして書いたり消したり。病みツイッターしすぎて、アララのサカモトくんにミュートされてました。菊地○孔にはメルマガで公開悪口を書かれました。悲しいです。
・Twitter https://twitter.com/farb_

・Insta https://instagram.com/maychan____
・note https://note.mu/shinmei

サポートは執筆の勉強用の資料や、編集会議時のコーヒー代に充てさせていただきます