歴史サイクル/コン王の息子アートの冒険とモルガーンの娘デルブハイヴの結婚
百戦のコンはフェズリミズ・レフタウァルの息子であり、その父はトゥアサル・テフトウァルであり、その父はフェラダッハ・フィンエフトナハであり、その父はクリファン・ニア・ナル※1であり、その父はルガズ・リアブ・ネルグ※2であり、その父は美しい三つ子のブレス、ナル、ロサルであり、彼らの父はエオハズ・フェズレフ※3である。昔、百戦のコンは高貴で傑出した宮殿、諸王の都タラに九年間座しており、その王の御代にはアイルランドの人々はなにかに不足するということがなかった。実際に一年に三度穀物を刈り取ったのだから。そして彼の王妃であるエーニャ・タイヴファーダ※4はロッホラン王ブリスリン・ビンの娘だった。彼は彼女のことを深く愛していた。
長く連れ添ったそのエーニャが死んだ後、彼女は栄誉を以てタルティウに葬られた。タルティウはアイルランドの三大墓地(タルティウ、ブルー、クルアハンの墓地)の一つである。そしてコン王は彼女の死にひどく気落ちして鬱々としていた。その時のアイルランドに不足していたものはたった一つ、それは王に相応しい代わりとなる妃が見つかっていなかったということだった。
しかしある日、彼は全くの一人でタラを出て真っすぐにホウス岬※5に行った。そこで彼は妻を偲んで涙を流し、嘆いていた。まさにその日に、トゥアハ・デ・ダナンでは罪を犯した女性のために約束の地で集会を開いていた。彼女の名前はベクウァ・クニスゲルといい、オーエン・インヴィルの娘で、ラブラズ・ルアスラヴァル・クロイゼヴの妻だった。そしてマナナンの息子のガイディアルが不義密通を働いたのだった。だが彼女にはこのような判決が言い渡された。
「約束の地より追放すべし、さもなくば、マナナン、フェルグス・フィンリアス、オーエン・インヴィル、ロダン・マクリール、ガイ・ゴルヴフレフ、イルブレク・マクマナナンの協議により、火刑に処す。」
マナナンは、彼女の罪によってその地と人々が反目しないように彼女を火刑に処すべきではないと言っていた。
そしてラブラズから、彼の義理の息子であるブルーのアンガス※の屋敷に使者が贈られた。それというのは、ラブラズの娘はヌアヴァイシという名前で、アンガスの妻だったからである。そしてアイルランドのどの妖精の塚にも彼女の顔のために居場所を見つけることができないように図ったのだ。このようにして彼女は海洋を越えて追放された。殊にアイルランドへと彼女は送り出された。ミールの息子たちにアイルランドを追い出されてからというもの、彼らのことを嫌っていたのだ。
女はこのような者であった。彼女にはアイルランドに愛する者がいた。それは百戦のコンの息子のアートである。しかし彼は自らが彼女に愛されていることなど知る由もなかった。女は革船コラクルに乗ると、それは漕ぐ必要もなく、風の旋律に導かれてホウス岬に来たのだった。その女は次のような出で立ちだった。彼女は緑一色の外套を着ており、それには赤金の糸の赤い房がついていて、赤い繻子織のリネンのチュニックを白い肌にまとい、フィンルーンのサンダルを履いていた。柔らかな金髪をたくわえた顔には灰色の眼、愛らしく白い歯、美しく薄い唇、黒い眉。雪のように白いからだからすらりとした手が伸びており、小さく丸い踵にほっそりとしたとびきりの脚。素晴らしい容姿であった。その綺麗な服装の女は、まさにオーエン・インヴィルの娘だ。だがしかし、ただ一つ欠けたるものは、自らの過ちゆえに追放された者はアイルランド上王には似つかわしくない女であるということだった。
彼女が来た時にコン王はホウス岬にいて、彼の妻のために涙を流し、悲嘆に暮れていた。その女はコンがアイルランド上王だと気づくと革船を陸に寄せて彼の隣に座った。コン王は彼女に消息をたずねた。彼女は遠く離れたところから音に聞こえていたがゆえに愛していたアートを求めて約束の地からアイルランドに来たのだと答えた。そして彼女は自分がモルガーンの娘のデルブハイヴ※なのだと言った。
「そなたの求婚相手との仲立ちはせぬつもりだ。私には妻がいないというのに」
コン王は言った。
「どうしてお妃がいらっしゃらないんですの?」
女は言った。
「私の妻は死んだのだ」
コン王は答えた。
「わたしにどうしろと。アートか、それともあなた様と懇ろになれと?」
女は言った。
「それはお前の決めることだ」
コン王は答えた。
「では、私の選択はこうです。あなたが私を受け入れてくださらないのなら、アイルランドで私の結婚相手を選ばせてください」
「もしもお前が隠しごとをしていないのなら、それを断るのにもっともらしいような欠点はそなたに見当たらないように思える」
女はコン王に判断を委ねて、それは叶えられた。こうして女とコン王は一つになり、彼女はコンを意のままに束縛したのである。彼女はアートが一年が過ぎるまではタラに来てはならないと裁きをくだした。このためコンの心は、理由もなくアイルランドを去らねばならない息子を思って気に病んでいた。その後、彼らはタラに向けて出発した。女は再び革船が必要になる時がいつかわからなかったので、それを岩場の裂け目に隠しておいた。
さて、アートはタラでコン王に仕えるドルイドのクロヴデスと共にチェスに興じていた。そのドルイドはこのように言った。
「そなたに追放の時が来た、我が子よ。そなたの父が結婚した女のために、そなたは追放される」
王と妃が到着すると、王子は王のいる場所に真っすぐに連れて行かれた。そしてコン王はアートに言った。
「タラ及びアイルランドより一年間立ち去るがよい。ただちに支度をせよ、こうすると私は自らに誓ったのだ」
アイルランドの民は女のためにアートが追放されることをひどい悪行だと見做した。それにもかかわらずアートはその夜にタラを退去し、コン王とベクウァは一年間タラに滞在したのだが、その間に作物も牛乳もアイルランドで得られることはなかったのである。アイルランドの民はこの問題に大いに頭を悩ませた。そしてアイルランド全土のドルイドたちが連れてこられて、一体なにがアイルランドにこの恐ろしい不作をもたらしたのかを学識や真の智慧によって究明するように宣告された。ドルイドたちはタラの王とアイルランドの貴族たちにこの不作の原因を伝えた。コン王の妻の不道徳と不実によりこのようなことになったのだと。そして、罪なき夫婦の息子をアイルランドに連れて来て、タラの都の前で殺し、その血をタラの土に混ぜることにより解決することができるとも伝えられた。コン王はこの話を聞いたが、そのような少年がどこにいるのかわからなかった。そこでコン王はアイルランドの民を一堂に集め、彼らに告げた。
「私は罪なき少年を捜しに行こうと思う。諸君らは私がいない間にアートにアイルランドの王国を任せ、私が再び戻る前にタラから彼を立ち去らせないようにするのだ」
それからコン王はホウス岬に真っすぐに向かい、そこで革船を見つけた。彼は星々の輝きを観測して航海するほかに頼る術もなく、島から島へとあてどなく一か月と二週間、海をさまよった。アシカやリヴァイアサン、鯨(?)や、イルカなどの多くの奇妙な海獣が革船の周りに浮上し、素早く波を起こして、大気を震わせていた。そしてその英雄はたった一人で革船を操って、ついに見知らぬ島にたどり着いた。彼は上陸すると、革船を目立たない場所に隠しておいた。島はこのような様子であった。立派で香しい林檎の木々が生り、麗しいワインが湧く泉が多くあった。それらの泉を取り囲んでいる木々には綺麗な黄金色のヘーゼルナッツの実の房が生っていて、一本の美しく輝く樹木を飾り立てていた。そして小さな蜂が果実の上で天上の調べのような羽音を立てており、そこからつぼみや葉が泉に散っていった。そして彼は近くに、白や黄や青といった色の鳥の羽根で葺いた屋根の見事な館を見つけた。彼はこの館に向かった。青銅の門柱と水晶の門扉のうちには数名の優美な者たちがいた。大きな瞳をもった妃、約束の地のロダンの娘のリグル・ロイスクレサン、すなわち奇跡の地のフェルグス・フィアルブレサハの息子のダーレ・デガヴラの妻が見えた。そしてコン王は屋敷の中で水晶の椅子に座っている優れた容姿の少年を見かけた。彼の名前はダーレ・デガヴラの息子のセグザ・サイルラブラズといった。
コン王は館の傍に座ると、かしずかれて足を洗われた。彼には誰が足を洗っているのかわからなかった。ままあって、その英雄は暖炉に火が昇るのを見ると、手に引かれて誘われ、火元へと向かった。それから豪勢に様々なお肉を載せた木皿が前に現れたのだが、誰がそれを持ってきたのか彼にはわからなかった。少し経つと、彼は角杯をそこで見つけたのだが、誰がそれを提げてきたのかわからなかった。その後、皿が下げられると、周りを三つの金の箍で締めた青い水晶で飾られた立派で素晴らしい桶を見つけた。それからダーレ・デガヴラはコン王に疲れが取れるよう桶で入浴することを勧めた。コンはそのようにして、心地よくなった※。美しい外套がコン王に被せられると、彼は爽快に目を覚ました。そして滋養のある食事が用意された。コン王は食事を一人で取ることが禁忌※だと言い、彼らは誰かと一緒に食事をとること以外に私たちに禁忌はないのですが、と答えた。
「誰も食べないというのであれば、私がアイルランドの上王陛下のご相伴にあずかりましょう。彼の禁忌を犯さぬように」
少年、セグザ・サイルラブラズがこのように言った。そして彼らはその夜に同じ寝所で眠った。
翌朝、コン王は目を覚ますとその一家に不満を漏らした。
「なにが必要なのですか」
彼らは訊ねた。
「今、アイルランドでは一年間穀物も牛乳も得られておらぬ」
「どうしてこちらにいらっしゃったのですか」
「あなた方の息子が必要なのだ。あなた方がもしよければの話なのだが。つまり、罪のない夫婦の子息をタラに招いて、然る後にアイルランドの水で沐浴させることで我々は救われるのだと聞かされておる。あなた方にはまさにその子がいるのだから、引き渡してはくれないだろうか」
フェルグス・フィアルブレサハの息子のダーレは言った。
「なんということだ。世界の王にだろうとも、私たちは我が子を渡したりするものか。あの小さな子が誕生する時に、両親は決して一つになっていなかったのだから(いわゆる処女懐胎)。そのうえ、私たちの両親は私たちを孕む時以外には一つになっていなかった」
「アイルランドの王様を無碍にするのは悪いです。私は彼と行くことにします」
その少年は言った。
「坊や、そんなことは言わないでおくれ」
家族は話しかけた。
「アイルランドの王様が拒絶されるべきではないと言っているんです」
家族は言った。
「それなら、お前が私たちのところに再び無事で帰って来られるように、お前をアイルランドの諸王たち、そしてコン王の子のアート王子、そしてフィン・マックール、ならびに知識人たちの保護を受けられるようにさせなさい」
「全てそのように致そう、私の出来得る限り」
このようにコン王は言った。
こうして冒険を終えたコン王は革船に乗って、たったの三日三晩の航海でアイルランドに帰り着いた。それからアイルランドの全民衆が集まってタラでコン王を待っていた。ドルイドたちはコン王と一緒にいる少年を見た時に、次のように助言した。彼を殺して、その血を荒れ果てた大地と枯れ木に混ぜることで、果実や水産物や作物が得られると。しかしコン王は少年をアート王子とフィンと知識人とアイルランドの者たちの保護下に置いた。後者(民衆)はこれを受け入れなかったが、王たちは受け入れ、すぐにフィンやアート・オィンフェル王子※、そして当のコン王でさえ少年の境遇に憤慨した。
彼らが会議を終えるやいなや、少年は大きな声で叫んだ。
「アイルランドの人々よ、私を殺すと合意したのだから放っておいてください。私の言うとおりにして、死なせてください」
このように少年は言った。ちょうどその時に、彼らは雌牛の鳴き声と、その後ろでずっと泣いている女の声を聞き、その女と雌牛が集会に来るのを見かけた。その女はフィンと百戦のコンの間に座った。彼女はフィン、アート王子、コン王に反対して無実の少年を殺そうというアイルランドの人々の試みがどうなっているかを訊ねた。
「そのドルイドたちはどこにいますか」
「ここに」
彼らは言った。
「雌牛の両側の脇腹にある二つの胃袋を見つけてください」
「申し訳ないのだが、我々には見当もつかない」
「無実の少年を救うために一頭の雌牛が来たということです。雌牛を次のようにしてください。雌牛を屠殺し、その血をアイルランドの土とタラの出入り口と混ぜて、少年を救いなさい。それと気を付けることがあります。その雌牛を解体する時に二つの胃袋を開けてみてください。その中には二羽の鳥がいますが、一羽は一本足で、もう一羽は十二本の足があります」
こうして牛は屠殺され、鳥たちが取り出された。そして鳥たちは群衆の前で羽ばたいた。
「このようにしてこの鳥たちが遭遇すれば、どちらがより強いのか私たちはわかるでしょう」
それから一本足の鳥が十二本の足の鳥に勝利した。アイルランドの人々はそれに驚愕し、その女性は言った。
「十二本足の鳥があなた方で、一本足の鳥は少年です。正しいのは少年ですから」
その乙女は続けて言った。
「あのドルイドたちをここに引っ立てなさい。彼らは死んだほうが良いのですから、吊るしましょう」
こうして少年は殺されることはなかった。それから女性は立ち上がって、コン王を傍に呼んで、次のように話した。
「あなたはあの罪深い女を遠ざけてください。彼女はベクウァ・クニスゲル。オーエン・インヴィルの娘であり、ラブラズ・ルアスラヴァル・クロイゼヴの妻なのです。なぜなら、不義密通の咎により約束の地より追放されたのは彼女ですから」
「良い勧めだ。もし私が彼女を遠ざけられるのであればな。しかし私にはそれが出来ない。良い忠告はないか」
コン王は言った。
「いたしましょう。なぜならもっと悪いことになるでしょうから。彼女があなたと一緒に居る限り、アイルランドでは穀物や牛乳や果実の収穫の三分の一が失われることになります」
そして彼女は彼らと別れて、彼女の息子のセグザを連れて行った。宝石や財宝が彼らに渡されたが、彼らはそれを固辞していった。
※1
ナルの甥、クリファンの意味。ナルとは女妖精であり、クリファンは彼女に導かれ船出して財宝を持ち帰ったという伝説がある。この際に持ち帰ったボードゲーム盤は隠匿されていたが、百戦のコンの時代に見つかった。これを見つけたのはフィン・マックールである。
※2
クーフーリンの時代の上王、赤い縞(あるいは赤い空)のルガズ。「ダ・デルガの館の崩壊」において死亡した上王コナラ・モールの後を継いで上王となった。クーフーリンが投石で撃ち落としたデルブフォーガルがルガズの妻である。
※3
エオハズ・フィンと実際には記されているが、エオハズ・フィンとはコンの兄弟(あるいは叔父)の名前である。ルガズ・リアブ・ネルグの祖父、エオハズ・フェズレフであるべきところを誤って記したものだろう。彼は女王メイヴの父である。
※4
コンの孫のコーマックもまたエーニャという女性と結婚しており、両者のプロフィールはよく混同される。
※5
エドガイスの息子エダールの岬。現在のアイルランドの首都ダブリンからぽつんと突き出た岬、ホウス(Howth)である。
※6
アンガス・マックオグ。若く美しい神。ブルー・ナ・ボインの主。
※7
モンガーンの娘デルヴハイヴ。最初にベクウァがコン王に対して名乗った名前である。コン王がベクウァに対して「隠しごとをしていなければ、欠点は見当たらない」と条件を付けたのだが、この時点で既にベクウァは背信していたのだった。
※8
dáigmechの意味は不詳。文脈から、コン王は入浴後に眠ってしまい、疲れが取れるように入浴することを勧められていることからも、心地よく、とした。
※9
geisゲッシュ。タブーとする事柄。
※
他の兄弟がみな死ぬか、いなくなってしまったためにオィンフェル、すなわち一人(ぼっち)と呼ばれるようになった。
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