恋の追憶(- 腫瘍)
それは、禁煙中のタバコのように、
それは、ネット中毒者が持つスマホのように、
それは、心が弱った時に聴くロックのように、
僕の片足を拘束している。
あの人の、抱きかかえた猫のように柔らかい肌と、
春の日差しに晒された砂ほどの体温に、
もう一度、もう一度だけ、包まれたいと願う。
それが叶わないので僕は、不思議な色をした、
明らかに毒々しい綿(わた)の思い出に、身を任せてしまうのだ。
”それ”に一度でも触れると、胞子のような糸が、僕を飲み込もうとする。
その糸が、時には首を締めつけたり、時には嫉妬の火種になる。
あの人と別れ、七つの眠れぬ夜を過ごした。
もう、あの人の面影を追憶する事はない。
しかし、亡霊じみた恋の死体は、
悪臭を放ちながら、日常を歩く僕の足を引きずっている。
恋の腫瘍は、あの人との思い出を餌に膨らんでいく。
さらに、失われた、煌びやかな過去を、
僕の動悸を蝕む毒や、
臓器を抉るための鈍刃に作り変える。
一人だから寂しいのではない、
二人だったから寂しいのだ。
あの人は今、何を想っているのだろう。
もし、僕と出会う前の日常を取り戻しているのなら、
僕以外の友人を、思い出から錬成された、
血の武器庫を用いて葬ろう。
そう想いながらも僕は、
あの人と会う前の日常に流されている。
この流れの速度によって、あの人が過去になり、
やがて、新たな病を患うかもしれないが、
この恋の腫瘍は、死ぬまで体に残したまま、心中する事だろう
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