18:08。
なぜ、今日がその日だったか僕にはわからない。
ここ1週間くらいずっと、人生の目標や歩くべき道を見失っていた。
11:27。
その日は昼近くに起きて朝食を食べ、しばらくスマホを眺めたあとに、朝食を消化する間もなくすぐに昼食をとった。何かしなくてはと思いながらも、うつ伏せになった体がいうことをきかない。なんて生産性のない午前中だったんだろう。
14:54。
やる気の起きない体を休めるためにベッドへと潜る。今朝からの生活を省みて、貴重な若さと時間を無駄に浪費している自分に嫌気がさして目を覚ます。
カーテンを閉め忘れた窓の外から、夕暮れの空が目に映っている。
いったい僕は、何に焦燥感を覚えているのか。
独りがいいのか。それとも誰か隣に居てほしいのかハッキリしない。
前進も後退もないような毎日を、1週間ほど過ごしていた。
こうした一連の堕落にさえも、劇的な理由がないのが悔しい。
失恋したとか、大きな挑戦に失敗して堕落していたのなら、どれほど有意義な1週間だっただろうか。
ヤバい。
- 何が?
わからない。
なにかが弾けるのを待っているが、湿気った心はそう簡単には燃えなかった。
もういいや。また明日。
16:25。
昨日までのように、夕食までの数時間をスマホゲームで潰して過ごそうか。
食べて寝るだけの生活を繰り返す僕に生きる意味なんてあるのかな。
夏に入る前のような、活力的な日々を取り戻したい。
カーテンを閉めようと立ち上がったとき、向かいの木の枝にとまっていたトンボが飛び立った。
季節はもう秋になっていた。
夏の熱病に浮かされていた僕は、そのまま宙ぶらりんにされ、季節に置き去りにされているような気がした。
季節の変わり目は、人間の心変わりよりも早く来る。
0.1gの気力を出し、スマホを家に置いて外へ出かけた。
なぜそれが今日だったのかは、僕にもわからない。
ほとんどいつもと同じ今日だったのに、今ここで変わらないとダメな気がした。
もしかしたら7日目というのが、連続して怠惰に耐えることのできる最後の日なのかもしれない。
ただなにかに惹かれて、なにかを求めて、しばらく足を運んでいない公園に向かった。
- なにに惹かれた?
わからない。
いつの間にか外の空気は冷たくなっていた。
17:15。
公園にある背の高い時計はまだ夕方を告げていたが、夜の影はとっくに染みている。
乾いた足音だけが公園に反響する。
季節外れのビーチサンダルをはいた素足に、砂が入り込んでいるのがやけに心地いい。
松の揺れる音。枯葉を引きずり回す風が、僕の体温を奪っていく。
次の一歩を踏み出す代わりに、蓄積した怠惰が振り落とされるような感じ。
だんだんと足早になる歩幅。
だだっ広い公園にいるのは僕だけ。
この日、この時、この僕が来るために用意されたようなイマココ。
17:25。
歩道をつたって歩いていくと、街を見下ろせる高台に辿り着いた。
一つだけ用意されているベンチに僕は腰かけた。大河を挟んで街の灯りが目に入る。体は停止しているが、体内のリズムはどんどん加速している。
改めて自分が、人生の渦中にいることを思い出した。
公園の電光灯に照らされている枯葉から深い憐れみを感じとった。まるで僕の心の片隅に腰をかけているかのように錯覚した。
夏に引き留められ、冬に連れ去られていく狭間にいる私ほど無力な存在はないだろう。
変わらなくては、進まなくては、時は待たないのだから。
17:35
冷たい風が、またやって来る。
それと同時に、瞑想へ耽る。
- ゆっくりした一撃が僕に迸る
あと何分ここに残れば僕は変われるだろうか。いま帰っては、また決心つかぬまま、同じ日々を繰り返してしまうような気がする夜。
18:05。
冷えきった体を起こして、瞑想の森から部屋へと向かう。不安だった。
できることなら、このままの衝動でどこかへ旅立ちたいという気持ちが沸々と湧き上がる。部屋には怠惰の悪魔が待っている。勝てるだろうか。
あと少し、ここに残っていたい。そうでなくては”瞬間”を逃すような気がする夜。
霊感のある景色がそう思わせる。
それでも腰をあげて、来た道を戻る。
白いワンピースの女の子とすれ違った。
18:07。
あと10秒。あと10秒だけ、あのベンチに居座れば、あの娘と出逢えたかもしれない夜。
いま引き返せば間に合うかも。
なにかが変われるかも。
「ここではないどこか」へ行けるかも。
失われた運命に心が揺らぎ、戻るかどうかという葛藤が、鍔迫り合いするような衝動的な1分間。
58、
59、
60...。
僕はとり憑かれたように早足でベンチへと戻る。
そこには枯葉と夜景だけが待っていた。
眠っていた初期衝動だけを残して。
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