チャーハン神炒漢︰チャーハン神も人の子
『はーいでは、今日のはここまでになります。来週の中間テストなんですけど、どうせ防げないのでインターネットと教科書の使用を認めますが、それにふさわしい超高難易度なので覚悟しておくように。お疲れ様でーす』
「お疲れ様です」
リモート会議から退出し、テツローは軽くストレッチしたあと、ヘアの隅に置いてある木人樁に向かって詠春拳を打ち込んだ。
緊急事態宣言は終わりが見えてこず、学校が閉鎖され、授業は全部オンラインで行うようになった。テツローもまた大学の宿舎から追い出され、やむなく実家へ帰る形にとなった。こんなご時世に帰省はまずいだろ!長距離移動でウイスルを拡散したらどうするんだ!と憤る読者も居るでしょうが、心配いらない。チャーハン神たる彼はこの世のすべての菌とウイルスに対して免疫力を持っており、必要があれ内力を循環させることで体表の温度を1000℃まで上げて高温消毒もできる。バイオロジカル的にもおいてもフィジカル的にも対策は完璧。
しかし疫病に侵されない体とは言え、外食は色々規制ができて滅入るし、何より両親に余計な心配して欲しくないので、テツローはやむを得ずチャー・ダイエット、つまりチャーハン減量を行って食生活を改めた。
彼は本来朝食、おやつタイム、昼食、アフタヌーンティー、昼食、夜食の一日六食のうちに少なくチャーハンを3回食べないと満足できない食生活を送っていたが、今は二日に一回に減量している。最初の数日は夜中にチャーハン禁断症状に襲われて、何度でもすぐにキッチンに駆け付けて家ある米を全部焚いて卵を全部割って塩とコショウ全部使って最大火力で鍋を振ってチャーハンを作ろうとしたが、その度テツローはとにかく木人を叩き、チャーハン無き怒りをぶつけた。どうしても我慢できない場合はコンビニの冷凍チャーハンを購入して充てることもあった。
一週間が過ぎ、チャー・ダイエットに身体が順応したか、突発的チャーハン欲求の発作が少なくなった。心に余裕ができ、体が以前より軽く感じた。テツローは貪欲のままチャーハンを求めていた自分を省みた。確かにチャーハンを、いや全体的に食べ過ぎていた。食欲に身を任せ、、そして食費もバカにできん。これからもっと穏やかに、はチャーハン神活動(略してチャーカツ)を心かけよう。
バシッ!掌打を受け、木人は揺れた。テツローは残心し、木人に向かって拱手の礼をした。そして詠春拳の宗師、葉問を想って窓の外に向かって一礼した。
(葉師父、あなたの功夫のおかげで僕はチャー・ダイエットを乗り越えられました。ありがとうございます。詠春拳はいつかがんにもきくようになるでしょう)
18時、夕食の時間だ。テツローは部屋を出て、一階に降りた。玄関の前で父親のジンザエモンと鉢合わせた。ジンザエモンはマスク、ジャンパー。バッグを背負っている。彼はこれから仕事なのだ。
「よぉテツロー。お勉強は順調か」
「うん、まあ。ご飯もう食べた?」
「先に食べたよ。じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
ジンザエモンがドアを開けた。夕方の空は丁寧に灰汁を取り除いたコンソメスープめいて、澄んだ橙色に焼けている。テツローはドアが閉めるまでジンサブロウを見送って、ダイニングルームに向かった。母のホリはテーブルに座って、スマホをみながら夕食を食べていた。微かにチャーネットの波動を感じる。今晩のメニュー知ってしまったテツローは眉間をひそめた。息子の存在に気付いたホリはスマホから目を離した。
「あら、学生さんお疲れ。チャーハン作ったから食べてね」
「母さん、チャーハンなら僕が作るっていったのに」
「そうだっけ?でももう作ったし」
「……んぉ」
テツローは席に着き、皿に盛られているチャーハンをしばらく眺めた。
米の水気が多い。失敗。
具が炒りすぎて焦げている。失敗。
調味が塩と醤油だけで味が単調。失敗。
炒め方が甘くてまた白い米が多く見られる。失敗中の失敗。
もし店でこんなクォリティーのチャーハンを出されたら、瞬時にチャーハン神が降臨してチャーハン秩序を正していただろう。しかしテツローは何も言わず、スプーンを手に取って黙々チャーハンを食べ始めた。ホリは料理が下手なわけではないが、なぜかチャーハンだけは上手く作れない。しかし彼は母のチャーハンに口を出すつもりはない。炒漢はチャーハンの覇者というのなら、ホリは家の覇者だ。テツローはわきまえている。
「どう?美味しい?」
「うん、食べられる。問題ない」
「問題ない、やったじゃん」
「母さん、あのさ、明日は僕がチャーハン作っていい?」
「テツローはすぐ味の素と味覇に頼るからダメ」
「なんでよ!?入れたっていいじゃないか美味しいから!」
「人口調味料食べ過ぎたらがんになるでしょうが!」
「なにやら大きな誤解があるようですね……いいですか奥様、味の素はですね、海藻から旨み成分をですね……」
他愛もない会話を交わしながら、のどかなディナータイムを過ごした。