辛い麺メント③『牛脂入れ放題』#ppslgr
*太字で中国語を表現します
みなみの国、北部センターステーション。地下鉄、鉄道、新幹線がここで交錯し、さらに空港とも直結しているこの場所は都市の門戸であり、周囲には現代と伝統的な建築が……それは今回の重点ではない。時間は朝八時、俺とM・Jは約束した集合ポイントで合流した。
「ふわ~、なんなんだA・K、休日みなのに朝早くさァ。ホテルの朝食ビュッフェも食べれなかったし」
「それは今から行くのさ、朝食に」
「……朝食ビュッフェより価値があるよね?」
「ある!絶対に満足できるぞ!」
「ほう、大した自信だこと。もし期待はずれしたら……」
M・Jは咄嗟にアイキドーを構えて見せた
「腕一本、貰うね?」
「ハッハッハ!ご冗談を……冗談だよね」
目がマジだ、こわい。
「ふふっ、冗談さ!武術経験者は傷害罪で訴えられた場合はめっちゃ不利だしね」構えを解き、M・Jは俺の肩を叩いた。「さあ行こう。腹ペコなんだ」
「お、おう」
10分ぐらい歩いて音響機材を扱う店が集まる店を抜けると、牛肉スープの匂いが漂うブロックに入った。
「すごい!ここは全部ヌードルショップかよ!」
「そうだぜ。しかもどこも狂ったみたいに24時間営業してやがる。まさに激戦区だ」
「待てよA・K、さっき言っていた朝食はまさか」
「ああ、ここで食べるのさ」
「朝から、牛肉麺を……?」
「日本だって朝からいきなりカレーと牛丼、うどんとか食うだろ?」
「そうだけどさ、大丈夫かなおれぇ」
「とりあえず店に入ろ」
俺が今回選んだはここ、小呉牛肉麵だ。
新人サラリマンの頃、同僚に連れて来られてからここのファンになった。
「らっしゃい。ナニニシマスカ?」店の前に立つと、初老の店主が尋ねて来た。
「あっ、すみません。連れが日本人なのでちょっと解説してあげますわ。M・J、メニュー読める?」
「えーと、全部漢字なんでわかるちゃ……はいやっぱ無理、翻訳お願い」
「OK。まずここの麺は五種類があるけど、俺は牛肉麵と牛雑麺がおすすめだ。牛雑とは内蔵、モツのことね。それぞれ大、中、小三っつのサイズが選べる。俺はそう……牛雑の小サイズにするわ。老闆、牛雑小一丁」
「はいよ」
「M・Jはなににする?」
「そうだね。A・Kと同じ奴で、せっかくだから大にするか」
「言っておくけどここの小サイズはおよそすき屋の大盛りぐらいの量だぞ」
「じゃあ大はメガ盛りぐらいだな?楽勝だ楽勝!」
「後悔するぞ……もう一丁は牛雑、大で」
「ほい。中で座ってくださいな」
俺たちは店内に入り、長いテープル席に座った。M・Jの視線早速はテープル上にあるいくつのボウルに釘付けている。予想通りだ。俺はニヤリと口角が上がった。
「おい、A・K。これって……」
「ああ、牛脂だよ」
右から辛い牛脂、辛い豆板醤、辛くない牛脂、酢、酸菜です。
「ここのスープは薄味の清湯タイプで、好みで牛脂や豆板醤を入れて調味するんだ」
「ホッホーすっげぇーーッ!何なのこのオレンジでツブツブしているの!?」
つぶつぶしている。
「綺麗な色だろ。牛脂で唐辛子や生姜などを揚げたからだ。牛脂は常温でも固めるので熱いスープに溶かすんだ」
「うわっ超うまそう!早く食べてみてえなァ」
「OK、ちょっと落ち着きなさい」
三分後、麺が運ばれてきた。
「はい、210元になります」
この店は料理が出された同時に支払うシステムだ。
「俺が払っとくから、M・Jはお先に……」
「なるほど、中太できしめんほどではないかややひらぺったい……茶色いスープは醤油で調味したか」
流石イーターだけあり、すでに研究を始めている。
「まずはスープ。うむ、肉の風味が濃い、でも粘っこい感じがなくさっぱりしている。でも内臓の臭いをカバーできるか」
乗せている内臓肉を一つ齧る。
「うっっまっ!臭みがなくとても柔らかく煮込んでいる!どうやってできたんだ?」
「さあね。企業秘密じゃない?」
「大体わかった。このままでも旨いが、牛脂を入れたらさらに辛うまになるよな」
「そうこなくっちゃ。じゃあまず俺がお手本を見せよう」
俺はスプーンで辛い牛脂を掬い、二匙ほど麺の上にトッピングした。そして次に辛くないほうを少々。
箸で混ぜる。牛脂はスープの温度で溶け、スープの上に赤い膜が広がっていく。
「オッヒョッヒョッヒョー!」興奮して奇声をあげるM・Jを無視し、酸菜を乗せる。
完成です。
「まあ、大体こんな感じだ。豆板醬は性格が強すぎて入れると味が偏ってしまうのであえて入れなかった」
「よおし、じゃあおれも……」
さっき俺がやったようにオレンジ色の牛脂をどんぶりに入れた。
「気をつけろ、あまり入れ過ぎると脂っこくなって食感が悪くなる。何せ健康にも悪い」
「それを早くいってほしかった」
見ると、M・Jの麺に牛脂で出来た小山みたいに積もっていた。おいおいおい、朝食だぞ?死ぬわこいつ。
「ま、まあそっちは大だし、あれぐらいでちょうどいいじゃないか?」
「オッホ。表面が真っ赤だこれ」
「冷めない内に食べるんだぞ」
「ふぅ、ではいただきまーす」
「アース」
この国では食事の前で「いただきます」あるいはそれに相当する言葉を唱える習慣はないが、日本人と一緒にいるときは合わせるように言っている。
「ずる……あむぅ……」
「はふ……ちゅっ……」
太い麺にスープと牛脂が絡んで、円滑な食感。辛さと言えばさほど刺激ではないが、油断して気管に吸い込むとやはり大変なことになる。スープと辣油で胃袋が温まり、あっという間に汗だくだ。
「アッタケー……最高の朝めしだよこれ!サンキューA・K!」
「気に入ってくれてよかったぜ」
五分後。
「おいM・J大丈夫か?」
「……多い」
俺はすでに麺を完食し、スープも飲み干したが、未だにどんぶりにぎっしり詰まった麺と格闘しているM・Jに過去の俺の姿が重なった。あの時は中を注文したが、晩飯が食えなくなるぐらいの量だった。
「がんばれよ。食べ物を粗末しないのは、日本人の美徳だろ?」
「ふぁい、日本人の誇りを掛けて、食べましゅ……」
(つづく)