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ふたりはPre-cure【エピローグ】
帰りの電車で、深友はスマホをいじる気力すらなく、ただ席にもたれ込み、Pre-cureの二人からもらった名刺を眺めて、今日起きたことを反芻していた。
『これでおれたちの任務は終了だ。お大事にな』
『ま、待ってください!鈴さ……あの女がまた来るって言ったよね?俺はこれからどうすればいいの?』
『現実的に言うなら、引っ越して、携帯番号もSNSアカウントも全部新しく作った方が良いだろう』
『そんな!?まるで夜逃げみたいじゃないですか!』
『言うなれば、あんたの不用心がこの事態を招いたとも言える。完全無責任ではないぞ』
『クゥ……ッ!』
『まあまあ』宥めるように、サミーは会話に割り込んだ。『また気持ちが治まっていないでしょう。今日はもう、家に帰ってゆっくりやすみなさい。はいこれ』
サミーが両手で差し出した名刺を、深友は受け取った。白い地と黒字、なんのマークも飾りもない名刺だ。太字の「Pre-cure」と「@precuresaveyoubeforehappen」のIDらしき文字列が書かれている。
『日本で一番使われている通信アプリでこのIDを検索すれば、僕たちと連絡が取れる。本当に必要な時だけ使ってね。迷惑メッセージが多すぎるんで』
『はぁ……』
『おれからはこれだ』
今度はクレイトンが名刺を差し出した。両手を使ったジャパニーズサラリマンスタイルではなく、碁石を指すように指で挟んだだけ。名刺は黒地でロフト風に「YOSINAGA MARTIAL ARTS SYSTEM」「フィットネス、トレーニング、武術」と印刷してある。
『知り合いがやっているドージョーだ。おれの名前を言えば安くしてくれるはず。あんたはいい体を持っている。護身術の一つや二つ覚えれば、今日みたいな無様もなかっただろう』
『言い方ァ!』サミーは漫才のツッコミ役みたいにクレイトンの肩を叩いた。
結局あいつら一体なんだったんだ。一時は鈴とグルかと思ったが、お芝居で手が刺され、前歯が砕かれることもないだろ。じゃあ本当に物好きのおじさんってことだ。なんか胡乱なヴィジョンと称して、身の危険に晒され、怪我までして……だめだ、理解できそうもない。深友は二人について考えることをやめた。そして鈴の顔が脳に浮かぶ。
十年ほど心に秘めた恋心、まさかこのような形で打ち砕かれるとは、彼は今朝家を出た時、想像もしなかった。するわけなかった。今日は普通に遊んで、食べて、飲んで、運が良ければどこかで泊まって……そんな幸せな未来しか見えなかった。
鈴さん、何やってるんだろ?物騒な連中の一緒にいて……まさか脅されてやったのではないだろうか。
『Dude、あんたはカモだ』
あの一言が、すべてを語り尽くした。俺はバカもんだ。十数年もみない相手に、あたかも思春期の少年みたいにアプローチを試みて、必要以上の情報を教えてしまった。漫画で散々見て来た展開だろ!
「グゥゥ……!」悔しさからか、深友は電車の中で、手で目を覆いながら、声を出さずに泣いた。玉みたいな涙が一滴、二滴、掌に落ちた。
プリッキュウゥゥーオッ!(場面転換)
首都高湾岸線を走っている一台のジャガーXJR、いや、Pre-cureモービルとも言うべきか。
「浮かばない顔だな」「うん」
今はサミーが運転し、クレイトンは助手席に座っている格好だ。
「ドネードのこと、結局話せなかったな」「うん」「……心ここにあらずって感じだな。なにを気にしている」
「彼が……本当にそれでいいのだろうか?」
「できることはやったんだ。今回のこと乗り越えて新しい段階を歩むか、このまま沈んいくかは本人次第。おれたちが関わるべきことではない」
「そうだけど……ガールフレンドに裏切られたと知った彼の顔を見ると、何というか……僕らがやったこと、本当に正しいなのか?何も知らずにいた方が、彼にとって幸せなんじゃないかって」
「……何を言っているんだ?」クレイトンは怪訝そうに言った。「おれたちが居なかったら、あいつは今頃、内臓を抜かれたか、どこかへ向かう船に積まれて、死ぬまで働かさせるか、金持ちの性奴隷になるかだぞ」
「だ、だよな!すまん、どうかしてた」
「おれがPre-cureを支持するのは、これは絶対的な善行だからだ。おまえは間違いなんて一つない、だからもっと胸を張れ、超能力者」
「……ありがとう、クレイトン。心に染みる言葉だ」「ふっ」
クレイトンは腕を胸に組み、目を閉じて仮眠の態勢に入った。「この話題は終わり」の合図だ。
車内では音量が控えた「HUGっと!YELL FOR YOU」が流れている。
二人のPre-cure戦士は帰途に着く。
プリッキュウゥゥーオッ!(場面転換)
「あ……あっあ……」鈴は尻もちつき、青ざめた。灰か、塩めいた物質が、地面に広がり、その上に仲間たちが着ていた衣服が乗っている。
それがさっきまで、仲間に二人だった。
「次はお前だ」「ヒッ」
鈴は後ずさり、声の主を見た。身長2メートル超え、筋骨隆々のボディに、滑らかなセミロング金髪を被った、人間と思えないほど美しい少年の頭部が繋がっている。
「あっ、ちょっ待って、何か引っかかる」
その背後に、紫色ショートヘア褐色肌の女性が言った。こちらもやはり芸術品と思わせるほどの美貌。二人とも左胸に「P.K」のマークがついた軍風のジャケットを着ており、腰以下はピッタリのボディスーツに覆われている。女の金色に輝く目を上下左右高速に動いている。何かを読み取っているのだ。
「やはり、変。コイツラがここに来る時間は、予測より7分早い、それに被害者の姿が見当たらない」
「碑文に乱れが生じたとでも云うのか。なぜだ?」
「知らないよ。言われた通りやるだけのあたしらごときが理解できることではないから」
「ではどうする?コイツらを元に戻すか?」
「いや、歴史に支障がないからやっちゃっていいだって」
「よおし」「ウグッ!?」
巨漢が片手で鈴の首を掴み、吊り上げた。その美しい顔に僅かながら嗜虐の神色が染まっている。鈴は自分の最期を悟った。
加速する思考の中で、彼女は自分の人生を振り返った。卒業して大学に入り、遊ぶことを覚えたうちにカイと付き合い始め、彼の世界に引きずり込まれた。娘の学費を使い果たすまで貢いでくれたサラリマン、私が亡き娘の面影を思い出させると言った老婆、ギャングを気取った高校生のボンボン……全部ノロマだ。騙して、暴力を振るっても罪悪感が一切湧かなかった。そしてじむーくん……子供みたいに目を輝かせて、笑いをこらえるのが本当に一苦労だった。
今朝は三人で打ち合わせの後、約束の場所に向かう途中に、計画が変な外人に邪魔されて失敗し、更にはもっと訳がわからない連中に殺される羽目になることは想像できたのか。答えは否だ。
私は地獄に落ちるだろう、しかもそれが遠い未来のことではない、すぐそこに迫り来ている。
「聖なるクレーメンスの碑文の導きのもとに、PRE KILL部隊実行者の権限において、鬼畜非道を働いた雌蛇、高条鈴の消去を執り行う。何が言い残すとこはないか?」
巨漢が芝居かかった尊大な口調で言った。バカじゃないの。と鈴は思った。
「何様の……つもりよ。痛いコスプレイヤーさん……」鈴は嘲笑うように男を見つめた。「正義の使者を気取ってん……なら、遅すぎんだよ!」
「私もそう思う」
キューイィィィン!男の右腕に嵌っていた輪っかの直径が5センチほど広がり、腕を中心に高速回転!
「ディストロイド」
ドゥン。輪っか瞬時に縮まり、男の右腕にピッタリ嵌った。
鈴の時間は止められ、粉塵となって散って行く。
タイムトラベルが可能になった時代、事件がまた発生してない過去へタイムスリップし、犯人を事前に消し去る。それがPRE KILLという。
「えっ、また発生していないのに勝手に死刑決定?審判もなしに?」と君は思うだろう。だがこれは実際国会で通った法案だ。完全合法で、PRE KILL対象の罪状も読み上げるだけで人を昏倒させるほどのヤバい連中ばかりだ。「良心的処置」「実に痛快であった」「絶対的善行」と賛賞の声も……タイムパラドックス?さあな、わたしゃも一時考えたけど、難しすぎてやめたわ。
ふたりはPre-cure:第一章 完
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