VALUABLE THAN GOLD #ppslgr
緊急事態の正式発令により、普段はアウトロー気質で反体制の言動をしがちなパルプスリンガー達だが、こういう時は意外と道徳意識が高く、皆が家にこもるようになり、普段賑わっているバー・メキシコから人っ子一人もいなかった。
いや、正確にいうと一人がいた。店中央のテーブル席に腰を掛けている。
色褪せってねずみ色になったペストの中で黄ばんだ襟なしシャツ、下は同じくねずみ色になった黒いワークパンツ。疵だらけの鹿革帽子の下の額はグレートキャニオンみたいな皺が刻まれている。荒っぽく切り揃った灰色の口髭。「荒野に生きる男」の概念をそのまま具現化した彼の名はMaster、バー・メキシコの管理AI人格だ。
彼はタバコをふかし、この閑暇を享受していた。一応法律に応じて店内は禁煙だが、今それを指摘する客がいない。いたとしてメキシコのルールそのモノのマスターにちょっかい出す奴が多分いないだろう。
壁際、パルプスリンガー達にとって生命の水であるコロナビールが入った冷蔵庫はいま、チェインで何重も巻かれて厳重に施錠されている。先日はCORONAの一時生産停止が発表されて間もなく、略奪あるいは転売目的の暴徒が襲ってきて、その場に居合わせたレイヴンとジョンQによって撃退された。暴徒の再襲来に備えて冷蔵庫を施錠した上、在庫がすぐ無くならないようにCORONA配給制度を検討し始めたが、その前に緊急事態が宣告された。
タバコを灰皿に捻り、テーブルに積まれたお菓子の山からジュクゴニアウエハースの袋を手に取り、端を前歯で噛みついて開封した。中から一枚のカードを取り出す。上には電光を纏って疾駆する凛々しい女性の絵が描かれた。
【★4 電光石火のライ】
「フン」
厳めしい口角がわずかに緩んで、マスターはカードをベストのポケットに仕舞った。チョコココナツ味のウエハースを口に入れてパリパリと噛み砕き、コーラと一緒に流し込んだ。これほどリラックスしたマスターはとても珍しい……と思いきや、何かを察知したマスターは立ち上がり、骨董品じみたウィンチェスターライフルを担いで外に出た。
カウボーイハットが春の暖かい陽射しを受け、マスターの顔に影を作った。帽子の下、青い目がじっと大通りと繋がっている路地を見つめている。
緊急事態が発令された今、良識のある者は大人しく自宅からそう遠くない距離にいるはず。純粋な商業施設であるnoteにまた生きた人間が彷徨っているとしたら、その者が人間としての良識を持ち合わせていないか、それともーー
「CORONAAAAAA!!!」
女性が通路から飛び出し、それからバー・メキシコに向かって一直線にダッシュ!歯茎を剥き出し、目が充血している!明らかに普通ではない!その手は危険なマチェーテが!
BLAM!マスターはウィンチェスターライフルを腰に構えて発砲!
「CORONAAAAーッ!!?」
襲撃者女性は右膝が撃ち抜かれて転倒!マスターはライフルのレバーを前に押して戻してリロード。
「「CORONAAAAAA!!!」」
続いて二人の男性が通路から飛び出し、スパナと鉄パイプを構えてバーに突進!BLAMBLAM!ウインチェスターライフルは二回火を吹いた。
「「CORONAAAAーッ!!?」」
膝を破壊された転倒!これがバー・メキシコ式おもてなしだ!
「CORONAAAAAA!!!」「CORONAAAAAA!!!」「CORONAAAAAA!!!」「CORONAAAAAA!!!」
またしても襲撃者が通路から跳び出す!今度はなんと拳銃を持った者が二人もいる。マスターはライフルを肩に構え、由緒正しい狙撃スタイルに変えた。トリガーを引く。
「クワッ」「ボハッ」拳銃襲撃者は肩を撃ち抜かれて銃を取り落とすが、僅かに怯むだけでまたダッシュしてくる。マスターはライフルのレバーを押して戻す、撃つ、押して戻す、撃つ、押して戻す!
「「「CORONAAAAーッ!!?」」」
膝を破壊された襲撃者が一斉に転がって悶える!命は取らない代わりに、一生の車椅子生活をプレゼント、マスターの恐るべき業前である。しかし。
「CO……RONAAAAAAーッ!」最初に来た女襲撃者は破壊された右足を引きずり、悪鬼の形相で左足と腕を駆使して歪な三足歩行で這ってよせる!流行りの疫病よりヤバイなにかに掛かっている模様!
「「「「CORONAAAAAAーッ!」」」」続いて他の暴徒も三足歩行し始めた。もはや暴徒の域を越えた怪異!なんらかの良からぬ力が働いている。マスターの頬に汗が流れ落ちた。このままじゃ埒が明かない。できるなら自分だけの力でバーを守り抜きたいが、そう言っていられない状況だ。
ガンホルダーから何を取り出す。銃ではない、リモコンだった。それをバー前の地面に向けて、ボタンを押す。
DOOM!DOOM!DOOM!何らかの機関が作動して、地面が崩落して面積長さ15m幅20m深さ10mの立方体竪穴が生じた。「「「CORONAAAAA!!?」」」飲み込まれる暴徒たち!緊急事態前、襲撃に備えて建築に詳しいパルプスリンガーに設置してもらったトラップ。まさかこんなに早く役に立つとは。
どこから作業ドローンが飛来し、崩落した地盤の復旧作業を始めた。マスターは油断なく銃口を通路に向けて警戒した。そのまま一分が立ち、新手の襲撃者が表れなかった。マスターはライフルを下ろし、一息ついた。緊急事態の今、また外でうろついている人がいたとすれば良識のない人間か、人間ではない何かか。それにCORONAAAAA!と叫んでいた。アルコール飲料がそこまで彼らを突き動かせたのか……この件はnote運営部に報告するが、それ以上深追いすることはやめておく。マスターの役目はあくまでバー・メキシコの維持と管理であり、異変の解決は他の専門家に任せるとしよう。最も、その専門家も今は自宅にこもっているが。
新しいタバコに火を点けて一服し、マスターは店内へ戻った。
(終わり)
これの後の話のつもりで書きました。
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