無剣闘日記四日目:持たざるの騎士
『出し切らないとあとで後悔する!』「フッ……!」『もう一回!』「フゥーンンッ!」
12回のエキセントリック・プッシュアップを終えたおれは立ち上がり、鏡の前でバンプアップ具合をチェックした。うむ、悪くない。これで女子に会っても恥ずかしくないはずだ。
『いかがでしたか?要領よく筋トレすれば、五分でも十分! 筋肉は、止ま』
マッチョの教授がまた言い終わっていないがおれは動画を止めてyoutubeアプリを閉じ、スマッホをポケットに収めた。「時間も止まらない」少々興奮気味に独りごちしながら、チェックアウト前の確認した。よし、忘れ物はないようだ。今日は大阪から離れて神戸に向かうが、その前にやることがある。
サングラスを通してブルーマンデーで浮かばない顔のサラリーマン達を眺めていい気味になった同時に、職場の同僚どもの顔が浮かべて罪悪感がよぎった。5秒ほど。
昨日残した脳内地図に頼って映画館に辿り着き、チケットを購入した。
ちょっといい気になってプレミアム席を買った。にしても月曜日なのに親子連れが結構いるな。この中に混じっている野郎一人として気恥ずかしいというか……とう腐さんの記事読んでもう一度覚悟を決めよう。
OK、大丈夫だ。今のおれは胸に覚悟が満ちている。
「ママァ、あったよーっ!」
また完全に開けていないエレベターから一人の少女が飛び出し、壁に貼ってあったプリキュアミラクルユニバースのポスターへ走り、弾指神通といわんばかりの勢いで人差し指でポスターに写っている立神あおいに”トン!”突いた。
弾指神通、金庸作品をはじめとする多くの武侠小説に出た技。シンプルに言えば指で突いたり弾いたりだけだが、達人は内力を指に込めて弾丸みたいに飛ばすことが可能。
「あったよ!あおいちゃん!」
「コラ、走らない!」
日本の戦闘女児は半端ではないな。
「10時20分のPMUただいま入場が始まりますー」
入場ゲートから映画館のお兄さんの声が聞こえた。入ろか。
「いらっしゃいませーい、ミラクルライトどうぞー」にこやかに前に並んでいる戦闘女児にミラクルライトを配るお兄さん。
「いらっしゃいまっせ……あっ、上にどうぞー」「あざす」
なんだその”あっ”は。
ミラクルライトムービー
これからプリキュアミラクルユニバースのネタバレが含まれているよ。気にする人は飛ばしてね
惑星ミラクル、そのには進化した鳥類たちが築き上げた文明があった。彼らは古き伝承に伝わる伝説のプリキュアを信仰し、彼女たちを支援する「意志を伝える手段」であるミラクルライトの製造を代々従事してきた。
その中で、見習いのピトンは一人前のミラクルライト職人を夢見ながら変わらぬ作業に倦怠し、雑な仕事をしていた。
そして異変が前触れもなく起きた。
ボワン!輸送ラインに乗せた未完成のミラクルライトから一斉に暗緑色のゲル状の物質を吐き出し、同僚と、ミラクルライトを呑み込んでいく!急ぎに一人用のロケットバックバッグで工場から脱出するピトン。
「あわわわ……どどどしようピトン、多分これは僕がミラクルライトを冒涜したせいピトン……誰か助けてピトーン!」
ピトンの首に飾っていた自作ミラクルライトが光りだし、彼の声を宇宙の遥か彼方へ……
場面転換、地球では先週ようやく四人が揃ったスタートゥインクルプリキュアの面々がよるの丘に集まり、望遠鏡を構えて流星群を待ち受けていた。
「ん?なんが声か……?」「何を言ってるルン?」
その直後、上空に星状のポータルが開かれ、四人とフワとプルンスを吸い込んだ!これはきらやば状況だぜ!訳も分からず惑星ミラクルに召喚された一行が目にしたのは、暗緑色のゲル状の物質に覆われた惑星であった。
先週ようやく役が揃ったにも関わらずいきなり惑星規模の危機に立ち向かわないといけないプリキュアたち!しかしそれは先輩たちも経験した、プリキュアの必修単位みたいなもんだ!がんばれプリキュア!負けるなプリキュア!
感想
前半はとてもよかった。はなといちかたちは流石に先輩だけあって先手に変身した上に宇宙空間で一年間と劇場版で鍛えてきた実力を遺憾なく発揮した。息があった連携、飛び交うハートとビーム。対し先週集まったばかりのスタプリたちはパワーアップアイテムはおろか、協力技すら持ち合わせていないため苦戦を強いられている。先輩との差を見せつけられてプリキュアとしての未熟を嘆くまどかとえれな。だが戦闘はプリキュアの本の一部すぎない。持ち味を生かし、知恵を集めて困難に立ち向かう、明日と人々を守るには、方法はほかにもあると先輩たちが身を挺して教えてくれた。
前に映画プリキュアを「困る劇場版限定妖精を助ける映画」と揶揄するした発言を見たことある。私は去年の尊死者大量製造映画が以前に映画プリキュアが見たことないのでよくわからないが、去年の出来があまりにも素晴らしいのでつい比べたくなってしまうよね。とにかく困る劇場版限定妖精を助ける映画の意味は今回でよくわかった気がする。
最後に、どうしても言わせて頂きたいことがある。この映画の最大な欠点、それはミラクルライトをテーマにしながら、おれの手にミラクルライトがない点だ。昔は知らないが、今回は多くの場面で小さなお友達にミラクルライトを振って応援するシーンが多かった。その度に私はほったらかされた気分になり、心の闇が広がる。とう腐さん、こんなの毎年味わってよく心が壊れずにいられるな……東映さん、別に今作だけ大きなお友達にもミラクルライトを配ってもいいじゃんよ。金を出すのは主に大きなお友達だぜ?去年は「性別性別とかうるせえぞ!全人類がプリキュアになりやがれ!」という豪胆を見せたのにやはり大きなお友達はカスタマーとして視られていないんだな。悲しいぜ。
持たざるの騎士
★注意:これからは無限大なイマジネーションが働いています★
映画が終わり、現実に戻されたおれはエレベターに乗り込んだ。心はもやもやしている。一人で大勢の戦闘女児に囲まれながら映画プリキュアを観るに必要な覚悟は予想以上だった。プリキュアの勇姿に感激し、ララのかわいさに心打たれつつも、輝くミラクルライトと「がんばえ~プリキュア~!」コールがおれはこのシアターにそぐわない存在と思い出させてくれる。今日はここに来て本当に良かったのか?おれはプリキュアファンにふさわしくないのでは?
「そのネガティブな感情、わたしが貰い受けよう」「えっ」
後ろから男の話し声。振り向くと目の前に上半身の黒いスーツを解き、いい具合に鍛えた胸板が露わになり、精悍なシベリア犬を想起させる灰色の髪の毛が左目を覆っているイケメンだった。どう見ても普通ではない。
「僕に言ってんですか?」「ほかに誰がいる」
うえー、マジかよ。旅行中に変人に絡まれるなんて。そりゃあとでnoteに書くと面白くなりそうけどさ。
「時間が無い。手荒かもしれんが、許せ」
イケメンはベルトに繋がっているボーチからバトンみたいの短い棒を取り出て振るい、その端から黒い金属が瞬時に伸びてククリナイフの形になった。
「待っ、なにをクワーッ!?」まるで反応できなかった。いま俺の胸にククリナイフが刺さっている。心臓が止まりそうになった。止まりそうに……なってない?ん?んんん?痛く……ない?
ナイフの切り先は確かにおれの胸を刺しているが、意外に痛みがそれ程でもなく、血も出なかった、代わりに暗緑色の何かが刀身に伝って吸われていく。
「なんすかこれ?」「見て分からぬか、きみのネガティブエネルギーを吸い取っているのだ!」
びっくりし過ぎて抑揚のないアクセントの問いかけに対してイケメンはハイテンションに答えた。そして抜かれた時もいきなりだった。
「ぶっほ!」おれは慌てて自分の胸を掻いた。傷はない、というか服すらキズ一つない。だが喪失感がある。何がが奪われたんだ。
「おお、これは素晴らしい!なんというエネルギー量!」脈を打ち、刃の縁に妖しく七色に輝くナイフを見惚れているイケメン。聞いておかないと。俺は腹を決め、肺から言葉を絞り出した。
「あ、あんたは、何者なんだ!?」
「よく聞いてくれた」イケメンは目をナイフに留まったままで言った。舞台劇かよ。「我が名は《持たざるの騎士ーーモラエナイト》なり!」
持 た ざ る の 騎 士
ーモラエナイトー
ただの痛いやつではない
「そしてこれは時空行き来する貴婦人より授かった我が愛刀、その名はーー」モラエナイトはも一度ナイフを振り、今回は小ぶりの剣となった。「キラー・ヤイバ!」男の指は剣をなぞると、刀身に『killer-刃‐』の模様が浮かんだ。
大阪人はノリがいいってテレビで見たが、こいつはノリは明らかにおかしい。
「えっ、本物……?」
「きみミラクルライトが貰えず、プリキュアに対して疑問が生じたところだろ。もう大丈夫だ、それをただいま、わたしが切り取った」
モラエナイトはおれの疑問を無視し勝手に話を進めた。
「わたいは今、万悪なる企業、TOEIを倒すため、力を集めている」
TOEIを倒す?何言ってんだこいつ。
「助力に感謝する。きみは今まで通り、プリキュアを楽しむがいい。それではさらばだ!デェイヤー!」「うおっ!?」
モラエナイトは剣を振り上げ、エレベターの壁にX字に切り裂いた……のではない、空間を斬り、ポータルを開けたのだ。ポータルの中は無限の暗黒で、青白い稲妻が覗かせる。モラエナイトは振り返ずポータルに歩き出し、そして吸い込まれた。
チーン。『一階でございます』
エレベーターはようやく一階に着いたようだ。多分おれがエレベーターに乗ってから一分も経っていないが、まるで一時間たったような感じがした。
★イマジネーション終わりです★
(持たざるの騎士騎士おわり、KOBE編に続く)