炊飯天尊比羅夫
アジア中部某所、比羅夫の寺院は今日、ただならぬ気配が漂っていました。
宝殿の中に、皮膚が熟したカイエンペッパーのように赤く、背中の筋肉が沸騰した麻辣スープのように漲っている女と、背中に太陽のごとく輝く金色の翼と顔に猛禽類めいたクチバシを備えた男が比羅夫の前に跪いていました。
「アシュラ族の勇士、毘漓。師尊の召喚に応じて参上いたしました」
「ガルダ族の勇士、彌迩。師尊様にお仕え申し上げます」
ふたりとも比羅夫の弟子であり、”天尊護法”という最上の栄誉を与えられています。
「糜漓、彌迩。よく聞いてくれ」比羅夫は沈痛な面持ちで言いました。「おぬし達の弟弟子、炊翁が死んだ、殺されたのだ」
「なんですと!?」
「そんなバカな!?」
突然の凶報に、ふたりは驚きに禁じえませんでした。
「天尊護法の中でもっとも若齢でありながら、我々以上の実力を持った炊翁が……信じられませんっ!」
「炊飯粒子を自在に操るあいつは理論上この地球において敵なしのはず!」
「しかし彼は死んだ。それが事実」
「くっ」
「むぅ」
師の言葉に偽りはない。糜漓は拳を強く握り、彌迩は目を閉じた。短い黙禱のあと、彌迩は口を開きました。
「師尊よ、下手人はいったいどこのどいつです?存じていること全部教えてください!」
「わたしからもお願いします、師尊!」
弟子たちが師に問いかけます。ふたりとも弟弟子の仇を取る気満々です。
「凶行を及んだのはこの時代に甦った炒飯神ーー炒飯神炒漢だ」
「炒飯神ですと!?歴史上に幾度も現れ、チャーハン以外の米料理の排除に働いた悪鬼のことか!」
「そうとわかれば話が早い!わしが一飛びして敵討ちしてきますッ!」
「おい待て」
翼を広げて飛び立とうとしました彌迩を、糜漓が腕を掴んで阻止した。
「奴が何処にいるかもわからない状態で一体どこに行くというんだ?」
「そりゃ成層圏からわしのホークアイで地上を万遍なく俯瞰して奴を探し出し、わしの自慢な弓矢による超遠距離狙撃でズバンっと」
「どれほど時間がかかるつもりだ!だいたい炒飯神の外見も知らないでどうやって探す気だ鳥頭!」
「なにを~?ほかにいい案があったら言ってみろこのタコ女!」
「なんだとおっ?」
「やめなさいふたりとも」
バチバチと火花を散らしているふたりを、比羅夫がなだめました。
「心配は無用。炊翁は最後に炊飯粒子に介して炒飯神の居場所と容貌を伝えた上に、超光速移動一回分の粒子を寄越してれた」
「おおっ!さすが我らが弟弟子、抜かりがない!
「てことは、行くんですよね?」
弟子の問いに、比羅夫は頷きました。
「無論だ。もとより炒漢の凶行を阻止するのが私の務め。弟子が手をかけられたらおさらだ。必ずやり遂げよう、ここにいる三人で」
🍚
炊き込みご飯勢は結束を固めました。一方、炒飯神太郎と炒飯軍団は祝勝のチャーハンパーティを開いていました。
「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」
「「「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」」」
「チャーハン!チャーハン!」
「「「チャーハン!チャーハン!」」」
「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」
「「「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」」
「チャーハン!チャーハン!」
「「「チャーハン!チャーハン!」」」
「いよぁ~~~~~」
チャーネットでシンクロした炒飯軍団が一糸乱れぬ動きでチャーハン節を披露!そのリズムに合わせて炒飯神太郎は大きな鍋を振ります。
「噴ッ!哈ッ!噴ッ!哈ッ!」
鍋の中に大量の米が翻る。炊翁を倒したあと、彼の家の床下に貯蔵室が見つかり、そこに大量に貯め込んだ米俵や乾物などの食材を、炒飯神太郎は活用することにしました。
「そろそろだな」
「ああ」
チャーハンの完成が近づくにつれ、チャーハン節を踊っていない炒飯軍団員がソワソワし始めました。各々にお皿、桶、ボウルなどの容器を手に抱えて、来るべき時に備えています。
「出来たぞ!用意はいいか!?」
「「「おおー!」」」
主の呼びかけに応じて、炒飯軍団員が己が持っている容器を高く掲げました。
「では行くぞ!ハイ!」
炒飯神太郎はおたまでチャーハンを掬い、腕を振ってチャーハンを投出!投石機ごとく勢いで放たれたチャーハンは円形に保ったまま放物線を描いて軍団員の中に落ちていく!
「オレオレオレオレ!オレのチャーハンだ!」
「違う!ワシのだ!」
「私が頂きよーッ!」
ホームランボールを捕るべく死に物狂いになる野球観客のように、彼らもなたチャーハンをキャッチしようと必死なのです。ポトっ、とチャーハンが皿に着弾し、半円形のに整えた状態で盛り付けられました。
「うぅぅわぅふ~~~!!」
チャーハンをキャッチしたのは犬4号でした。彼は勝利の雄たけびを上げ、その場でチャーハンを貪り始めました。
「またまた行くぞ!ホレ!」
「よし今回は絶対とるぜ!」
「あわわ」
次々と投射されるチャーハン、チャーハンを求めて右往左往する人々、この行為は一体意味はあるのでしょうか?あります。炒飯神太郎にとって、自分が作ったチャーハンを追い求めて必死になる群衆を眺めるこそが最上の娯楽なのです。
やがてチャーハンが尽き、軍団員の70%にチャーハンがいき届けました。
「皆の者、祝勝チャーハンの味はいかがかね?」
と炒飯神太郎がたずねました。
「最高においしいです!」
「炒飯神太郎様の腕前はもちろん、勝利というスパイスが加味してぶっ飛びそうです!」
「あんたたち感想が浅いわよ!炒飯神太郎様、あなたが作ったチャーハンは天上の星のごとく地上に降り注ぎ、空気抵抗で燃ゆる隕石のごとくチャーハンが我が皿に堕ちましてはその過程で口に入れても火傷しない適温となり、春の日差しのごとく私が身も心も温まり……」
「うむ、満足できてなりよりだ」
炒飯神太郎はとりあえず満足げに頷きました。
「しかしどんな楽しい宴もいつか終わる。炊翁討伐が遂げた今、私は再び旅に出て、チャーハンの福音を広めなければならぬ」
「おお……!」
「何なる使命感……!」
「というわけで、しばしお別れだ。貴様たちと甘苦を共にしたことを光栄に思う」
「そんな!行ってしまうんですか!?」
「我々はこれからどうしろというのです?」
「心配なさるな。私がここに居なくとも、チャーネットが繋がっているかぎり、私は貴様たちと共にあるーーとその前に、屠韋汰天狗、前へ」
「ハッ」
青い羽毛の鳥人、屠韋汰天狗が前に進み、炒飯神太郎の前に立ちました。
「私に御用でしょうか?」
「ああ、しばらくじっとしていろ」
「はい?」
炒飯神太郎右手に炎を纏わせ、それを見て屠韋汰天狗は内心に不穏に思いつつも、チャーネット経由で刷り込まれた忠誠心が彼をじっとすることにしました。
「一瞬で終わる、我慢しろ」
「ぐわっ!?」
炒飯神太郎は燃える右手でチョップを繰り出し、屠韋汰天狗の胸にX字の焼痕を残しました。羽毛が黒く焼け焦げて、凄まじい熱が皮膚を通して体の芯まで苛めます。
「諸因をもって、貴様は今日からX《バツの字》天狗と名乗れ。この火傷は聖痕とでも思うといい」
「かはっ……ありがたき幸せっ!」
「では私はもう往く。達者でな」
そう言って炒飯神太郎は使われなかった米二俵を両肩に担いあげまたした。去る際に炒飯神太郎は憂える表情で振り返り、こう言いました、
「そして友よーーチャーハンを愛しても、チャーハンに頼りすぎるなかれ。さもないといつか血管が脂肪で塞がってまうだろう」
「嗚呼、炒飯神太郎様……」
「なんという有り難きお言葉……」
感極まって、涙を流す軍団員は少なくありませんでした。
「くっ……!じめじめなお別れはやめにしようぜ!我々は炒飯神太郎様とパラパラチャーハンを信仰する誇り高き炒飯軍団だ!最後は渾身のチャーハン節で炒飯神太郎様を送ろうではないか!」
「ああ、そうだな。そうしよう!」
「では行くぞーー1、2、3、4、アッHere we go!」
「「「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」」」
「「「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」」」
「「「チャーハン!チャーハン!」」」
「「「チャーハン!チャーハン!」」」
「「「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」」」
「「「ヨッコラーッ!ヨッコラーッ!」」」
「「「チャーハン!チャーハン!」」」
「「「チャーハン!チャーハン!」」」
チャーハン節は炒飯神太郎の姿が見えなくなるんで続きました。
(続く)
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