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フィア・ドット。

「さっさと吐いたらどうかだ!?」

 バーン!森刑事が取調室の机を叩いた。しかし机も向こうに座っている少年は怯むところか、泰然自若の様子。

 鍛え上げた体躯、傷だらけの双拳、肉食獣じみた凶暴な風貌。とても15歳の少年とは思えない。気押されかけた森刑事は己を鼓舞し、次の段階に移った。

「ほら、そろそろ腹が減ったろ?食えよ」

 森刑事はどんぶりを少年の前に置き、蓋を取った。きつね色に仕上げたトンカツと半熟の卵からだしの香りが混じった蒸気が立ち昇る。少年はしばらくカツ丼を見た後、手に取って、森刑事の顔面にぶちまけた。

「ぎゃあああ!」

 だしが染み込んだアツアツご飯が刑事の皮膚を苛める!つゆだくにしたのが仇となった!

「格闘家のおれにカツ丼だと?舐めやがって。おれの自白が欲しいならフライドチキンのキールの衣を剥いで熱湯に10秒浸してからキッチンペーパーでしっかり水を切ったやつ500g持ってくることだ!出直してこい!」
「ひひぃ」

 狼狽えて取り調べを退出した森刑事に、部下の慶一が自分の水筒から水をかけた。

「森さん大丈夫ですか!?救急車呼びます!?」
「いらんわ!はぁ、しかし俺も衰えたもんよ、あんな餓鬼に圧倒されるるとは……」
「なんか廊下がひどく濡れていますね、何があったんです?」
「おお、添脈君」

 新たに現れた添脈と呼ばれた刑事。乱れぬスーツ、三七分に整った黒髪、黒縁の眼鏡。一見どこにも居る中年サラリーマンの風貌だ。

「なるほど、取り調べに手こずっているようですね。良かったら私がやりましょうか?」
「い、いいのか?」
「安い御用です」

 添脈は取調室に入り、少年と目が合った。

「選手交代か?さっきのおっさんより弱っちいな」
「……」

 添脈はなにも言わず椅子に座り、バッグからタブレットと小型プロジェクターと取りだし、壁にタブレット画面を投影した。

「あぁ?何の真似だ?」

 少年を無視し、添脈はパネルを叩いて文字入力した。

こんにちは。あなたの名前を教えてください。

「うぐっ」

 脅しも温情も動じなかった少年は初めて動揺した。

(続く)


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