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辛い麺メント④ 紅油皮蛋麺 #ppslgr

「おいM・Jさんやーい。起きろーい」
「ふがっ」

 俺は助手席にいるいびきをかいた男の肩を揺らして彼を起こした。M・Jはパっと目を開き、困惑したように周りを見たあと、盛大に欠伸した。

「ぬわおぉぉぉ〜んんんん……まぶし……もう着いたの?」
「そうだぜスリーピンビューティー」

 市中心から車で高速を走って30分。二人は今日スリー・ヴァリーディストリクトにやってきた。三っつの渓流が合流するためかつては水運の重鎮だったが、開発により水量が下がり、舟が運航できなくなったため一度は没落したが、再開発計画で大学が建てられた。さらに鉄道を建てる計画を聞きつけて建築会社が次々と殺到し、大学周辺にタワマンの群れが生えた。古風で猥雑さのあるオールドタウンと整然としたニュータウン。対象的になっているが今のところは階級抗争がなく、極めて平和といえよう。名産品はクロワッサン。

「で、今度の店にどこにあるん?」
「あそこだな」

 駐車場を出てすぐ目当ての店がそこにあった。

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「うみ……じぃ……」
「海爺(ハイイェー)乾麺と読むんだよ」
「ハイエエエエ!?ハイイェー?ハイイェーナンデ!?」

 急性ニンジャヘッズ発作だ!奇声をあげたM・Jは目で『ノッテ来いよ!』と挑戦的に語りかけている。いいぜ、そっちがその気なら。

「ハイヤーッ!俺のカンフー・カラテを喰らえ!ハイヤーッ!」
「イヤーッ!イヤーッ!クレイン・キック!」

 30代の二人が店前で怪鳥音あげながらファイティングポースを取ったりした。周囲から痛い視線を感じる。

「……やめよ」「うん」

 逃げるように入店した。

「で、色んな麺がありそうだけどどれにする?」
「同僚の話によるとここは皮蛋を使った乾麺が有名らしい。あっ、皮蛋は大丈夫?」
「あまり食べないけど多分大丈夫」
「Ok。じゃあこの紅油皮蛋麺 、大の二つでいいね?」
「ああ、頼む」

 メニュー紙を店員に渡したあと、俺は冷蔵庫から前菜を選んで持ち帰った。

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「なんだ?その白い麺みたいなやつ?」とM・J
「これか?これが干絲(ガンスー)っていうんだ。豆腐を糸状に切ったやつ。こっちでは超定番の冷菜だ」
「豆腐だと?ほえーここまで細く刻むとはすごい手間だな」
「食ってみろよ。スゲエ美味いぞ」
「どれどれ……ずるっ……おっこれは!?」

 M・Jは驚き、目を見開いた。

「うめぇ!豆腐だからすぐ砕けると思ったら予想以上に歯ごたえがあってびっくり!調味は薄い塩味だが決して淡泊ではなく、セロリーとニンジンの甘みが豆腐の麺に染み込んでいる。新大陸を発見した気分だ!」
「だろぉ?これが大好きで一人で一皿食べてしまう」
「ズルズルーッ!ズルズルーッ!」
「おい待て俺がまた一口も食ってねえぞ!」

 と騒いでいる間に、麺が運ばれてきた。

「皮蛋麺と冷菜一つで150元です」
「謝謝」

 この店は料理が出されたあと店員に金を渡すシステムだった。

「M・J、金は先に払っといたぞ」
「ありがとう。にしても凄まじいね……これ」

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 なるほど、刻んだ皮蛋とミンチ肉を混ぜて作った具と意麺(イーメン。広東の平らな麺)を組み合わせたか。外見を俺からみてもゲロっぽいし美しく盛り付けたラーメンなどに慣れた日本人にはちょっとキツイか。

「俺も同僚に勧められただけど実食はこれが初だよね。M・J、無理しなくていいぞ」
「いや、食べる」彼はそう言い、麺碗に箸を突っ込んで、混ぜ始めた。「おれの辛い麺・ドーに退転の二文字はない。出された麺を食べすにリタイアなどもってのほかだ」

 完全に辛い麺求道者の目になっている。漫画だったら背中から赤いオーラが溢れるところだろう。

「フッ、さすがだ」

 麺と具が絡めてミチ……ミチ……の粘っこい音を立てている。汁が少ない分完全に混ぜ合わせるのが少々難しい。

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 出来た。見た目はさらに度し難くなった。

「これぐらいでいいか。では頂きましょう」
「行くぜ」

 麺をつまみ、口に入れる。あむむ……もにゅ……人生初の皮蛋麺だ。味はどうなんだ?

「うおっ、これ……!」
「濃厚ォ!」

 具を絡めた麺が舌に触れた途端、卵黄の濃ゆい風味が広がった。皮蛋の癖のある味は辛いミンチ肉で中和され、円やかな味に仕上がっている。もちもちとした意麺とぷりぷりの卵白で食感もまた楽しい。

「なるほど。これの平な麺のおかげで卵黄がたっぷろ絡められるってわけか!考えた人は天才だな」
「気に入ってくれてよかったぜM・J」
「しかし肝心の辛さがちょっと物足りないな」
「たしかに。これぐらいは我々にとって辛くないに等しい。どこか辣油とか辛子が……あったよ」

 レジの近くに辣油らしき赤い液体が入った瓶が置いてあった。その蓋には「很辣」と書いてある。超辛いの意味だ。早速拝借する。

「激辛って書いてあるよ。ひと匙入れて様子見するか。M・Jはどうする?」
「同じく。腹を壊したくないってね」
「OK」

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 とりあえずこれぐらいにした。(『おいおいこれ混ぜる前の状態じゃないか?因果関係はどうなってんだ?』のツッコミは受付けない)もし足りなかったらまた追加すればいい。再び麺を攪拌し、辛さを再分配。今度はどうだ?

「がっ」「うっ」

 下に触れた瞬間が円やかだが、数秒後辛さが赤い津波の如く味覚神経を席巻する!

「ほっほー!激辛かァ!なるほどな!ゲッホ!」
「コフッ。俺は一匙でいいかも。これ以上やると食道が焼ける」
「同感だ」

 辛さで汗を流しながら、俺たちは自分の麺を平らげた。

「いや~よかった。最初はケデモノだと思ったが全然いけたわ。豆腐の麺と皮蛋面、世界にはまた見ぬ麺がたくさんあるんだな。辣油もすごくいい。今日は驚きがたくさんよな!」
「ところで、皮蛋はどうやって作ったか知ってる?」
「考えたこともなかったね。教えて」
「鴨の卵をね、馬尿に漬けるんだよ」
「えっ」M・Jの表情が固まった。「まじ?」
「うん。ウソ。あれは都市伝説だ」
「……A・K、次回日本に来たら鮒ずしをご馳走してあげよう」
「ほんとう?スシは大好物だぜ!」
「ああ、楽しみにしていてくれ」

(辛い麺メント④ 終わり)

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