【剣闘日記】剣闘と獣闘
「ローマ……剣闘……血と砂血と砂血と砂血と砂……」
剣闘禁断症状で独りごちしながら、疲弊した体を引きずって、会社近くにある客足が少ないのに一向潰れないデパートに向っている。
今日含めてもう四日も剣闘していない。今日も明日の社内イベントで忙しかった。本来は直接電車に乗り帰宅するつもりだったが、会社のビルから出た途端コロッセオの幻覚と鬨の声が脳によぎり、剣闘衝動を呼び覚ました。
剣闘衝動とは?
剣闘渇望、剣闘欲とも呼ばれる。食欲、睡眠欲の次に重要な三大欲求の一つ。長い間剣闘していないアクズメはかなり危険な状態になり、通りすがりの金髪美女をグラディウスで17枚以上に割ったしまう。
闘技場に到着。むぅ、アイカツフレンズ台の両傍の獣闘場(ポケモントレッタ)に、凶悪そうな少女トレーナーが二人いるな。『いいポケモンが出ないと台叩き壊してやるぞ!』と言わんばかりの勢い「バーン!バーン!」とでボタンを叩いている、こわい。
今この時点で剣闘をやるべきか五秒ぐらい考えたあと、決断的に闘技場の前に座った。これも修行だ。チャンピオンたるもの、周囲からの騒乱を断ち、己と相手だけを見るべし。心のストラウベリーはおれに話しかた。
ーローマー
「ドゥーム、人間以外と戦った経験があるか?」
「ライオンとか?連中は群れないと狩りもできねえから一匹なら楽勝だせ」
「そうか、なら両足歩行するライノも余裕だな」
「ライノは観たことないけど、両足歩行するのか?」
ー現実ー
『セルフプロデュース、スタート!』
迷いもなくアイスブルーシリーズのAmorを刷り込む。最近はいつもこれだ。スぺシャツアピールのエンジェルアローは何となく剣闘的で気に入った。最後に王冠のアクセサリーをスキャンすればコーデは完成……
「シィィィィィーッ!」
どん!左の少女トレーナーはなぜか台にずつきを繰り出した!おれはびっくりしてカードを落としてしまった。ナンデ?頭突きナンデ?台をいたぶってもいいポケモンが出るとは限らないよ?わかっています?ていうか店員さん、こんな暴力行為は許されますか?あっ、見て見ぬ振りをしている。やはり未成年への法的処置は難しいかね……
「コラ!もう行くわよ。後ろ人が並んでいるから」
と保護者らしいお婆さんが少女に言った。これで少女も少しは気が落ち付くだろう……
「嫌ァァァァーッ!!!」
少女が双拳を高く掲げ、ポケモントレッタ筐体にハンマーパンチを繰り出した!パーン!筐体が振動!
(アイエエエエ……)
となりにいるおれがまた腰が抜そうになった。ストレス発散するため剣闘士に来たのに、逆にストレスが溜まって……いや命の危機に晒されているかもしれない。でもコインが投げ入れた以上、逃走が許されない。耐え抜くんだ、おれ!
ーローマー
「デェェェドゥドーン!」
「うおっ!?」
両足直立したライノとアリゲーターが融合したような動物は奇妙は叫び声を上げ、地面を強く踏んだ。その際に生じた振動が何らかの不思議な力によってドゥームの足もとに導かれ、彼女のバランスを崩して転ばせた。
「なんなんだコイツは……ライノじゃねえじゃねーかー!」
素早く立ち上がり、エンジュリーシュガーの装備を着用時のみ使用が許される大弓を持ち直し、怪物の追撃ストンピングを回避!
「今度こっちのターンだ!ノロマ!」
「デェェェドゥドーン!」
ー現実ー
「話聞かないと明日連れて来ないよ!」「ヌゥーッ!」
ポケモントレッタ筐体を恨めしくにらみながら祖母と手つないで離れていった。よかった、やっと落ち付いて剣闘できる。よく見ればまたセルフプロデュースも終わっていないじゃん。さっきのでき事が濃密すぎて脳内の剣闘小説が勝手に進むほど体感時間が長かった。赤いボタンをタップしセルフプロデュースを終わらせよう。これからは集中……ああん?
左のポケモントレッタ台の更に左のアイカツフレンズ台に謎の影が現れ、返金口を探っている。
(なっ)
影は黄色の制服っぽいポロシャツを着ている。歳は中坊か高校生ぐらい。近くの学生か?にしても流暢な動きを俺がプレイしている以外の台の返金口を指で探っている様子がおれに木の穴から蟻の卵を掻き出すアイアイを想起させた。
アイアイ少年は捜索を終え、何こともなく隣の獣闘場に座り、コインを入れた。おれは横目で彼を観察した。整えていない短髪、青春期男子特有の柔らかい髭、重量感のあるメガネ……こいつは中坊時代のおれに似ている。つまりナードだ。しかしさっきの行動があまりにも不審。まさかコインを返金口に残したまま台を去る者なんて今の時代にあり得ると思っているのか?
と思っている間に少年は更なる行動に出た。
コインを入れたアイアイ少年は台の前で姿勢を正すと、木人拳めいて両腕を流麗に動かして演武!パッパパッパーン!台に向けて左右掌打を繰り出し、最後に両掌を上下平行の打開掌打を決めた!一秒も足らずのでき事だった。
こ、この子、だだのナードではないッ!
自分の世界に浸かりきった、他人の目など気にせぬ極限戦士(フリーク)そのモノなのだ!
(アバーッ!)アイアイ少年の傍若無人っぷりに、昔の自分を思い出したアクズメのニューロンに損傷!
おお、マルス神よ……なぜ?
どうして私にこんな面白いもんを見せるんだ!剣闘小説が捗るだろ!
「きみ、何かすごいね」
おれは微笑みながら称賛とも皮肉とも捉えられる言葉を少年に投げた。少年はこっちを一瞥し、何も言わず自分の画面に向き直った。そうか、たんまりか。人見知りの部分も昔のおれにそっくりだな。
自分の画面では、DOOMは既にヨガボールを踏んで飛び上がり、カードを三連Go throughしてスーパーヒーロー着地を決めた。いよいよ剣闘が始まる。しかし元から疲弊していたニューロンが更にダメージを受けた今、ちゃんとタイミングよくボタンを押せるのか?
ーローマー
「ヌゥンンンン……!」
背中に大蛇めいた筋肉が浮かべ、張力120ポンドの巨大弓を構え、ドゥームは歯を食いしばり、顔を真っ赤にして太矢をつかえている。右腕は今にもはち切れそうに震えている。
まだだ、まだ引ける!引き切れないと後で後悔する!ストラウベリーの短期弓兵訓練コースで学んだ唯一のことだ。
ー現実ー
『TIME BONUS!ボタンを早く押してね!』
よし来い……ってコマンドは8個もあるんじゃないか!?こんなの初めて見たぞ!できる気がしないけど、恥をかかせたくない!ヤッタラァー!
→ ↑ ↑ ← ← ↑ ↑ ←
『アピール成功!エンジェルアロー!』
画面上DOOMは大弓をいっぱいに引き、バリスタばりの巨大矢を放った!ハートに命中!VERY GOOD判定!やったぜ!
ーローマー
「シーッ!」
パシューンッ、弦の緊張が解き、120ポンド張力を乗せた太矢が真っ直ぐ前方へ飛んでいき、怪物の頭部に命中!
「デェェェドゥドーン!?」
矢じりの分厚い頭蓋骨に当たって弾かれた。貫通は免れたものの、矢の衝撃で怪物は脳震盪が起こり、頭部の穴という穴から血が溢れ出る。今がチャンス!ドゥームは大弓を捨て、怪物の飛びかかった!
ー現実ー
『FEVER TIME!』
おお、これが噂のFEVER TIMEか、初めて見たぞ。とにかく連打すればいいんだな。カタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
ーローマー
「ウォォゴラィィアアアアーーー!!!」
連打!連打!連打!連打!ドゥームはなに振り構わずひたすら怪物を殴りつける!アドレナリンがもたらした怒りが心臓に燃料を注ぎ、次の攻撃に繋ぐ。肘打ちで怪物の歯が折れ、膝蹴りで犀角が砕かれた。
「デェェ……ドゥドー……ン」
ー現実ー
FEVER BONUS
+5000
決まった!
いやはや、よかった。最初は多分アピール失敗しちゃうだろうなと思ったが、予想以上に調子がよくて、旧カードでフィーバーまで出せたとは。今日はこれぐらいにしよう。カードを片付けながら隣のアイアイ少年を覗いて……自分のゲームに集中しているようだ。これで良し。いつかおじさんみたいに昔の自分を思い出して死にたくなる気持ちを味わうことになるだろうけど、今のきみは輝いているよ、がんばれ!ほら、さっきのおれと全く違って思考がポジティブになっている。これがアイカツ効果だ。
ーローマー
「うおおおおおおーー!!!」
切り下ろされた怪物の頭部を掲げて大叫びをあげるドゥーム。彼女の善戦を称え、観客席から小銭や花が投げ入れた。サービスの一環として、ドゥームは闘技場周囲を一回りして観衆に怪物の首をよく見せると、それを無造作に放り捨てて、ガードのと共に退場した。
「さすがだな。カントー地方からの珍獣も全く相手にならなかったとは」
「そう見えたか?あたしだって必死だったよ。一撃でも食らったらまずかったかもな。相手がノロマでよかったぜ」
ドゥームは装備を検点しながらさっきの試合を思い出す。
「罪のない動物を殺すのはやっぱ気味わりぃな……人間の方が何人やっても問題ないのによ」
しかし相手は絶滅危惧種であろうと、同じ闘技場に入れられたら、どっちが死ぬ、どっちが生きる。これが剣闘……ドゥームたちの日常である。
(終わり)
追記:
このあと同じ場所でアイアイ少年の姿を何度も確認できた、彼は剣闘もこなしていると判明した。後ろに並んでいない時は筐体の前に座って(プレイしていない)スマホを見ながらなんかうれしそうに独り言ちする(これはよくない)。イアホンを嵌めているが電話しているようには見えない、多分イマジナリーフレンドと話しているでしょう。ああわかるわ~おれも昔友達がいなくて……いや。この話題はよそう。
アイアイ少年が学校でいじめに遭わないようマルス神に願う。
なお、この記事の作成過程で実際の動物たちが怪我したことがありません。ご安心ください。