穴馬ペカンガース①

「流石にこれは完全に死んでいるよな?」
『生命活動は停止しているが、邪眼の呪力がまた働いてるかもしれない。用心しろよ』
「ああ」

ペルセウスはポーチからキビシス繊維のバッグを取り出す。飼い犬の糞を拾うようにバッグ越しでアナゴーゴンの頭を掴み、裏返しながら中に入れたあと、半神の膂力でバッグの口を固く結んだ。これでもう呪力が外に漏れてる恐れがなくなった。

「ふぅ……」

一息つくペルセウス。吐息でバイザーの裏が曇った。

『あとはこれを持って帰ればミッション完了だな。また少し早いけど、おめでとう、ペルセウス!若き英雄の誕生だぜ!』
「あっ、ああ。ありがとう」

ペルセウスは少し照れくさそうであった。

「礼を言いたいのは俺の方だ。神々あんたを含めた装備がなければ、俺はここまで来れなった。俺の生身ではアナゴーゴンと戦うところか、水中で自由に動くことすらできない……」
『そう謙虚すんな。確かにオレたちゃは高性能だが、所詮道具でしかない。道具は使われてこそ価値がある。オレらを見事に使いこなして見事にアナゴーゴンを屠って。英雄に相応しい勇気と技量を示した。だから胸を張っていいぞ!』
「そうか......ああ、そうだな!」

アナゴーゴンの頭を持って帰れば、自分が魚髪妖女を討伐した英雄として名が上がり、島の人々は態度を改め、母親もやっと島主のセクハラから解放されるだろう。そして己の冒険譚が詩歌となって酒場で唄われ、人形劇になって祭りで上演する……ペルセウスの頭は輝かしい未来のヴィジョンでいっぱいになった。

『ヘイボーイ!なにニヤついてやがるんだい!家に帰るまでが遠足だぜ!気を引き締めていけよ!』
「うん?ああ、そうだな。よしっ」

ここまで経路を記録した3Dマップをバイザーに表示させ、ペルセウスが帰路につく。その去っていく背中を何者かが恨めしげに見つめていた

((Yrrrr……アテナのイヌめ、これで終わったと思うなよ!))

それはアナゴーゴンの頭に無数に生えている髪アナゴ、その中の一匹だった。アナゴーゴンは首が切断される直前に一部の自我を髪アナゴに転移し、パージすることで完全消滅を免れたのだ。

しかしこの状態も長く続かない。一部だけでも、アナゴーゴンのデータ量は髪アナゴの脳にとってあまりに膨大すぎた。あと数分で肉体と自我のバランすが崩れてエラーを引きおこすだろう。

もはや退路はない。アナゴーゴンは全てを最後の魔法にかけた。

((皆の者、宴の時間ダ!))

アナゴーゴンの呼びかけに応じて、周りからウナギ、アナゴ、ウツボ、フクロウウナギ、ホウライウミヘビ(魚類)など、様々なイールが集まった。

((ワタシの血肉を皆に分けるゾ!遠慮なく喰エ!))

それを聞いたイールたちが一瞬の躊躇もなく、口を開いてアナゴーゴンの首なし死体にかぶりついた。ウツボが食い破った腹の傷口にウナギとアナゴが体をねじりこんで内臓を引きずり出す。ホウライウミヘビは身体に回転をかけて肉を引きちぎる。噛む力が乏しいフクロウウナギは大きい口を開きながら泳いでおこぼれを拾うほかなかった。

無数のイールが死体に群がり、死肉を貪る。遠目で見るとまるで神々が誕生する前の太古の海に生息する不定形の生物のようであった。

((楽しんでいるようでなにより……では見返りを頂こうとかしらネ!))

アナゴーゴンは理由もなく自分の肉体を差し出すわけがない。ボグン!ボグン!死肉を食べたイールは体が膨らんで破裂し、その体組織がアナゴーゴンの死体に取りこまれる。チョウチンアンコウのオスがメスの一部になるように。

イールのアナゴーゴンの細胞が混ざり合い、再構築する。ソレが産まれた。

画像1

「ぶるぁぁぁぁぁ……」

母譲りの産声。馬のような頭部とアナゴのような滑らかな皮膚を備えている。まさに穴馬であった。

((嗚呼、なんて雄々しい……))

アナゴーゴンは呟いた。彼女の意識はもう消えかけている。

((さあゆきなさい、我が子ヨ……アテナに、ポセイドンに目にものを見せて……))

「ぶるあああ!」

穴馬は口を開いて母をかみ砕き、その意志を継いだ。

(続く)

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