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AGE OF POSTUNAGI

 成田空港第一ターミナル。10分前に到着したブラジリア国際空港からの便を降りた旅客で入国審査ゲートが賑わっている。

 その中、JAPANESE ONLY(日本人のみ)の自動ゲートに並んでいる一人の少女がいた。浅黒い肌、後ろに束ねた黒髪。高い頬骨と鼻梁、広い鼻翼。アジアンに似ているがどこが違う容貌。無地の白いTシャツにデニムパンチといった素朴の服装がかえって前腕と首周りを這うヘビのようなタトゥー、まるでウナギの群れに一匹のハモが混ざったように目だっている、

 どうせ列が短いから訳も分からず紛れ込んだ外国人だろうと思った誘導員が、彼女に話しかけた。

「Sorry miss, but those gate can only be use by who have the Japanese passport……あっ」

 誘導員が言葉が塞がった。女はポケットから、表紙がマグロの赤身のように赤いパスポートを取り出し、指で菊の模様をタンタンと叩いた。

「失礼しました。お帰りなさいませ」

 誘導員が礼をし、己の考え方に恥った。稀なケースではあるが、日本人に見えないからって、日本人ではないとは限らないと反省した。

 しかし今回彼は間違っていなかった。自動審査ゲートに入った少女はパスポートを開いた。身分事項のページに名前がUCHIDA SACHIOと書いてあり、写真に至っては少し太った中年男性のものだった。少女はパスポートをスキャナーに当てた。

『次は顔認証です。顔写真を撮影します』と縦長のモニターが表示し、顔認証を始めた。その時、サチオの身体に刻まれたタトゥーがわずかに発光した。少女は帯電した指で審査マシンに当てた。

ピロリントン!軽快なメロディが鳴った。『審査完了。忘れ物ご注意ください』とモニターが表示した。サチオはパスポートをポケットに詰めて階段を降りた。

2018年7月20日、日本最後のニホンウナギが絶滅した。
総理大臣官邸のトチの木の応接室でミシュラン3つ星レストラン、ウナギ専門店ウロボロスのシェフを務めるスティーブン・松田によって捌かれ、焼き上がっていく映像が国内外のメディアによって世界中に中継された。飴色に焼き上げた垂涎させる蒲焼きを、総理とゲストとして招かれた孤児院の子供たちが笑いながらそれを食べた。ウナギへの感謝と、ひとつの種を滅亡させた人間の罪、責任と道徳などなど意味ありげなスピーチを披露し、蛇魚ノカミ天に登レシの儀の円満を宣言した。
そりて同日23時、官邸の地下シェルターで、スティーブン・松田と最後のウナギを手塩にかけて育てた大塚ふるもと養鰻場のオーナー古元寿郎が宣言通りに最後のウナギを絶命させた罪を償うべく切腹し、フランスから呼び戻した柳生一族の末裔(当人の要望に沿って名前は伏せておく)によって介錯された。このことについて各メディアはあまり取り上げなかった。もっと大変なことがあったからだ。官邸から1kmしか離れていない日比谷公園はまさに混沌のよう様相を呈していた。
後に”日比谷公園の戦い”と呼ばれるこの事件は警察、自衛隊合計63人、環境テロリスト”オーシャン・クラフター”72人、民間人97人もの死者が出た。負傷者は500人以上及んだという。オーシャン・クラフター日本支部長であるアーサー・イカリは右足、左腕が切断された状態で発見され、病院に運ばれ一命とりとめた。今は重要参考人兼人質として海から遠く離れた富良野アサイラムで収監されている。
銛で漁船を沈めるほどの身体強度を擁するアーサー氏が重傷を負わせたのは鎧を纏った騎士姿の者たちだと複数名の生存者が言及したが、現場のあらゆるカメラが彼らを姿を収められなかったため今や都市伝説として語りづかれている。

 到着ロビーに出たサチオはエレベーターに乗り、4階のショップ・レストランエリアに上がった。目的地はすぐ見つけた。太字毛筆ではい、どらぁと書いた看板、エイビス・コアポレーション直営のハイドラ専門店なのだ。

日本ウナギの絶滅で日本のウナギ産業チェーンもまた絶滅寸前であったが、それを救ったのは、多国籍バイオテクノロジー会社、アイビス・コアポレーション(Aibys Cooperation)のハイドラであった。
ハイドラとは、アイビス・コアポレーション(以降はACと略称する)が独自開発した、完全培養バイオ生物である。外見はウナギとほとんど変わらないが、栄養吸収率がよく、わずかなエサで短時間に脂の乗った風味溢れた魚肉が仕上がる。
伝統を重んじるウナギ専門店は最初、横文字であるハイドラに抵抗感があったものの、それを実食したら、皆が驚き、ハイドラこそがウナギ産業を救うメシアであることを悟った。ACはハイドラのシラスを全国の養鰻に出荷し、産業チェーンはかつての大漁時期の栄光を取り戻した、のように見えた。
ハイドラの正体、繫殖方法は最大級企業秘密として厳重に守られている。

「お待たせしました。ハイドラ重です。山椒とワサビと一緒に飯挙がってください」

 ウェイトレスのともえはハイドラ重、ワサビの小皿、市販山椒の缶、味噌汁が載せたトレイを置いた。空港で働く彼女は外国人と意思疎通できるほどの英語力を身に着けているが、あえて使わなかった。ここで六月ほど勤めてきた経験から、日本語でも何となく通じるとわかったからだ。

 はハイドラ重の蓋を開けた途端、たれと脂の香りが水蒸気と共に昇って、ミチオの顔を燻った。ミチオは顔をしかめ、食事を楽しむには程遠い肅殺とした表情で箸を持ち、あめ色に焼き上がたハイドラを切り分けて、摘まみ上げて口に運んだ。

 二度、三度の咀嚼で、ミチオは口の中の物を重箱に吐き戻した。雑に口を拭き、立ち上がる。彼女の目は何かを確信した神色を帯びていた。

「あっ、お客様!お料理がお口に合いませんでいたか!?」

 ウェイトレスののともえが急いで駆け付けるが、ミチオははい、どらぁのパンプレット一枚を取り、素早く歩き去った。会計は注文した際に支払い済だった。

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 同時刻、富良野アサイラム。

「なぁ、こいつはやばいテロリストだろう?なぜこいつの世話を必要があるんだ?放っておいて腐らせればいいのに」
「同感だが、そうもいかない。人権というのがあってな。それを最低限に守らないと施設がやっていけねえんだ。我慢なさい。あと一週間CIAに引く渡すんだからよ」
「でもさ、オーシャン・クラスターはアメリカの企業と結託しているって聞いたぜ?この海賊野郎をそのまま返すって本当にいいのかよ」
「知らんな。少なくとも俺はもうこのデッカイベイビーをひっくり返ったりオムツを変えたりしたくねえのは本音さ」
「そらそうわな。オラァアーサー君!聞いたか?もう少しでおさらばだぜ!君のうんこにまみれたケツを拭かなくていい、こちろらせいぜいするわ!」

「うみ……」片手片足を失い、覇気が抜けたアーサー・イカリが呟き、虚ろの目で天井を見つめていた。

「そればかりだね君は。でも残念、富良野は海から60km離れてるぜ!お友達を呼ぶには遠すぎる……」

 KA-BOOOOOM!!!

「オワッ!?」「なんだ!?」

 ブガー!ブガー!ブガー!アサイラム内にサイレンが響き渡った。ウォールが何かの爆発によって破壊されたのだ!

 アサイラムを囲むのラベンダー畑で、艶やかな黒髪をオールバックにまとめた美形な男性が使用済みのRPG-7の銃身を捨てた。

「全く、出来損ないの兄でこっちが苦労するな」男はそういい、背中に背負っていたトライデントに持ち変えた。その背後に、ハープーンガンや銛、ダイビングナイフを持った者たちが次々とラベンダー畑から姿を現した。

「兄弟姉妹たち!突撃だ!アーサー・イカリを救出せよ!」首領格の男、オーシャン・クラスターオーストラリア支部長のオーム・カルイが率先にトライデントを構えて、突っ込んでいった。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 同時刻、秩父山中。

 金髪で、顔立ちが明らかに日本人と異なった青年が二本の剣を差した墓の前に跪き、手を合わせていた。

「ヴェロニアの命日は今日だったか」成年の後ろに、厳めしい顔つきの男が言った。

「マスター・ベオウセス……自分の慢心でした」成年は悲痛そうに言った。「アーサー・イカリ……少し強いだけの人間だと思って、油断しました。そのせいでヴェロニアが……」

 彼らはイルイト教団の騎士。イールこそがエデンのヘビであり、人間を堕落へと誘う元凶だと信ずる一派。

「それを言うなら、アーサーの実力を見誤った吾輩の責任だ、お主が思い詰まることはない」
「しかし!」
「おぬしとヴェロニアは、同志以上の感情で結ばれていたことは知っておる」
「なっ……おきづきでしたか」
「吾輩だけではない、長老も知っておった」
「……そうでしたか」

 青年の心に、恥と悲しみの感情が同時に沸き上がった。

「ヴェロニアの犠牲で、我が目的が果たした。日本のあらゆる川にはもう、イールが回遊することがない。イルイトの悲願、その内に一つが達成した」ベオウセスは成年の肩を叩いた。「今度は、ヴェロニアの弔い合戦といこうではないか」
「なんと。次の作戦が始まるというのですか!?」
「その通りだ。横須賀にあるアイビス・コアポレーション社屋に襲撃をかけるぞ」

(続きはいつかの土用の丑の日に)

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