コールドタッチ
トウヤは5年ぶりに家に帰った。
「トウヤ、あんたどこ行ってたのよ!どっかで死んだかとっ」
「話は後で」
驚く母親をスルーし、自分の部屋に入って鍵を閉めた。5年間不在なのに部屋は清潔に保っている。母が息子の帰りを想って定期的に掃除してくれていただろう。
心の中で母に感謝しつつ、帰宅途中コンビニで買った唐揚げとアサヒスーパードライ生ジョッキ缶を机に置く。ジョッキ缶は冷蔵庫を離れて20分以上経っており、温度が上昇して爆発物と化している。
「ぬんっ」
トウヤは缶を握り、力を込めた。掌から放たれた冷気が缶を冷却させ、表面に薄い霜が走る。霜が空気中の水分に触れてさらに成長し、薄い氷が缶を覆う。
「いいぞ……あと少し……」
冷やしすぎでもよくない、狙いは最適温の4℃だ。トウヤは神経を尖らせて温度調整に集中した。
「今だっ」
蓋に指をかけて、引く。カコッ、シュー。圧縮されていた炭酸が解放されて泡が湧き出た。泡が勢いよく盛りあがり、今にも缶からこぼれそうだ。
「おお……おお……!」
表面張力が限界ぎギリギリなところで、泡の勢いが止まった。適量の泡を載せた理想的なアサヒスーパードライ生ジョッキが出来上がった。
「シャッッ!」
トウヤは感極まってガッツポースした。長年の夢《いつでもどこでも適温に冷やした生ジョッキ缶が飲める》がついに叶えたのだ。
(師匠、悪いけど俺はもうそちらに戻るつもりはない)
5年にわたる過酷な修行の日々が報われた。これからは理想な生ジョッキ缶を飲んで毎日ハッピーに過ごすんだ。トウヤは唐揚げを頬張り、缶に口をつけた。最高の晩酌が始まる、その時。
KABOOOM!窓ガラスが爆ぜ、炎が部屋になだれ込んだ。
同一時刻、北緯66.6°より北のグリーンランド奥地、青肌の偉丈夫、トウヤの師にして地球上最後の霜の巨人、クリオ=エャンは夜空に揺れ輝くオーロラを見上げて、呟いた。
「バカ弟子が、そう簡単に宿命から逃れられぬぞ」
(続く)