ふたりはPre-cure ②
「ハァー!ハァー!フゥー……」横浜パシフィコまで走った俺はあの二人が追ってこなかったことを確認し、安堵の息を吐いた。何だったんだ一体、急に銃とか持ち出して、絶対やばいでしょう。
走ったせいで体が熱くなり、制汗剤を塗っておいたにも関わらずシャツが濡れた。うえ、最悪。せっかくクールに決まってきたのによ。俺はジャケットを脱ぎ、シュマグを解いて、涼しい海の風が服を乾かしてくれると願った。
「じむーくん?」「ふわぁ!?すっ、鈴さん⁉」「やはりじむーくんだ!おはよう、早かったね」
不意を突かれた。さっきのことで気が動揺して彼女がいることが全然気付かなかった。俺は慌ててジャケットに袖を通した。
「どうしたのそんなに汗がいて、走ってきたの?」「はい、駅でおかしな人に絡まれて……」「おかしな?へぇー、どんなの?聞かせて?」「それは……」
俺は鈴さんをジッくり観察した。今日は丸い襟のシャツの上にレザージャケット、下半身は膨らみのある短パン、それ以下の足は黒いタイツに覆われ、ヒールのあるショートブーツを履いている。女性のファッションが疎いが、これはかなりかわいい。さっきの中年白人男性たちの画像が薄れ、鈴さんの情報に上書きされていく。
「なにぼーとしてんのさ?私のこと見惚れた?」
「アッ、イヤ」その通りです。「僕は決して、鈴さんの足を見て邪な考えをしていたわけじゃ……!」
「いいよ、もっと見て」鈴さんはセクシーなポーズを取り足をアピールした。眼福。「見られるために着てきたんだから」ワオー。
「……写真、撮っていい?」「いいよ、一枚五万円ね」「たかっ!?」「ハハハ!」
高条鈴、高校時代に俺はが唯一まともに話せた女子だ。性格は活発で、成績はそこそこだが、スポーツ特にバスケットにおいてインターハイのスタメンに撰ばれるほどの実力者だ。もちろん彼氏持っていた。それに対して、俺は入学初日、自己紹介で「好きなMSはGMです」と言ってしまい、ナード兼フリークのラベルを貼られ以来、オタクの友人しかいなかった俺にとって、彼女は特別な存在であった。
「じむーくんも随分変わったね。卒業したあとまた身長が伸びた?」
「伸びなかったよ。多分細くなったからそんなふうに見えたじゃないかな」
「あっ本当だ。腰ほっそ!」
「毎日10キロのダンベル持って腹筋100回してるよ!」
実は毎日ではなく、二日に一回ぐらいだが、多少盛ってもバチに当たらないだろう。
「うおすげえじゃん!ちょっと触っていい」
「どうぞ」
オーケー、落ち着けよじむー。夢に見ていたボディタッチとはいえ、これは正常な男女の普通かつ健全なスキンシップだ。深い意味などない。気を引き締めろ!余計なこと考えるな!
「うっわすごい硬い!ゴリゴリしてる!」「んっ……!」
鈴さんの指腹を触れた途端、背中から電流が走り、脳を貫く!やべえ気持ちいいぞ。思わず声が出た。
「鍛えてるね!こんな腹筋があればモテモテなんでしょう?」
鈴さんはおれの腹を数回叩いて、そう言った。
「え、ええ。まあね」間違いなくモテるよ、ジムの野郎どもにね。おれは股間に血流が集まっていくのを感じて、やや前かがみ姿勢になった。
「どしたの?強く叩きすぎちゃった?」
「ハハッ、腹筋に力入れすぎてちょっとつってしまった……よし、もう大丈夫だよ」
「よかった、内臓破裂させたと思ったよ」
「「ハハハハ!」」
おれたちは学生時代に戻ったかのような、互いにからかいながら談笑した。青春……
プリッキュウゥゥーオッ!(90年代カートゥーン風のPre-cureのタイトルが回転して、光る!場面転換!)
「見ろよ、あの顔。相当浮かれてんぞ」
サングラスとレザージャケットで変装したクレイトンが観光客に紛れて、双眼鏡でじむーらの様子を覗いている。
「もっと食べなさい」「いや、悪いですよ!」
一方、ハンチング帽を被り、首にセーターを巻いたサミーは焼売を咀嚼しながらお土産屋のおばさんに月餅の試食品を薦められている。
「ターゲットはレストランに入ったぞ。ここで食事を取る気だ。よりによって『大盛唐』か、これはしばらく出ることがなさそうだ」
「どうする?僕たちも入るか」サミーは月餅の切れ端を口に入れ、クレイトンに尋ねた。
「いや、いくら日本人は白人の顔を分別できないとはいえ、距離が近いとバレるリスクが高い……あそこにしよう」
「あっ待って!おばさん、ありがとうね!」「また来てね、テディベアちゃん」
2人は大盛唐の斜め向かいにある『鳳記港式茶餐廳』に入った。「らっしぇー」持ち帰りコナーで、長身のコックがフックにぶら下がっていた飴色に焼けた鶏や鴨の丸焼きを手に持った大きな包丁でトン!トン!と迅速かつ精密に解体していく。
「油鶏(ヤオカイ)丸ごとの一つ、ご飯大盛りで」「肉とライスだけじゃバランス悪いよ。すみません、野菜炒めもください、大盛りで、あと菠蘿油も」
「かしこまりました~」
「これはかえってバランス悪いんじゃ……」
数分後。
「この鶏肉ウマーイ!」
「だろ?これは葱油で効いた鶏肉をまるごと蒸焼きしたやつだ。香港にいた頃は週に三回ぐらい食べてたよ」
二人は豪快にカットされた鶏肉にがぶりつき、繊維をちぎり、ご飯をかき込む!美味しいそうだね!でも観光楽しむのはいいけど本来の目的忘れてない?
「あと鴛鴦ミルクティー2つもお願い!」
Pre-cure! Two guys are Pre-cure(Pre-cure!)
Pre-cure! Two guys are Pre-cure(Pre-cure!)
(続く)