【創作】首筋の匂いで脳が揺れる -1-
~パン屋で働いている女の子って1.5倍可愛く見えるのは僕だけでしょうか~
スーパーの中にあるパン屋さん。焼きたてパンが陳列されており、もちろん焼きたてのパンの香りもかぐわしい。
そんなパン屋さんから聞こえてきた「ありがとうございました~」の声。思わず足が止まる。パンを買うつもりはなかったけど、入ってみようかなという気持ちにさせた。この声の主、この女性はどんな女性なのだろうという好奇心とでもいうのか、気が付くとトレーとトングを手に取っていた。
スーパーに来たのは今日の昼飯調達のため。惣菜コーナーの大きめのおにぎりと激安プライベートブランドの麦茶を求めて、コンビニではなくスーパーに寄ったのだ。開店して間もないスーパーには人はまばらで、僕は一目散に惣菜コーナーに足を向けていた、はずなのだが・・・。
右手にトング左手にトレーを持ち、パンを物色しながらもレジをチラ見。レジには二人の女性。20代と30代かな?とは思うものの、女性の年齢を推察するのは難しい。私服ならまだなんとなくわかるかもしれないが、彼女達はパン屋のユニフォーム姿である。そう、みんな同じ格好なのだ。そこから個性を探るのはよっぽど女慣れしているか、プロの人間観察マニアだけだろう。残念ながら、僕はそのどちらでもない。考えてもわからないのだから、取り合えず年齢は後回しにしよう。そうだよ、この際年齢なんてどうだっていいじゃないか。知りたいのはそこじゃないし、気になっているのはさっきの「声」なのだから。
声フェチ。そんな言葉があるが、他人に言わせると僕もその部類に当てはまるらしい。恋人を声で選んでいる自覚はないし、好きな声優がいるというわけでもない。だけど、気が付くと声に魅かれていることはある。それは男女問わずで、恋愛がどうのこうのとかもまったく関係なく、単純に「いい声だよね」と思うくらいのことで。とはいえ、声に足が止まるということは初めてのこと。僕のこの足を止めさせたその声の主とやらを是非ともこの目で拝みたいのだ。大したことない足、ではあるのだけどもうこうなったら自分の男としての才などおかまいなしで、本能がその声を欲してしまう。
惣菜パンを2つと菓子パンを1つトレーに乗せレジの列に並ぶ。
「お待ちのお客様こちらどうぞ」
あ、さっきの声の人。
「あ、はい」
一瞬止まってしまったけど、彼女の声に導かれてトレーを差し出す。が、え?なんか僕の顔を見て止まってる?え、知り合いでした?いや、知らないよぉ、初めましてですって。と、こちらもどうすればいいやら状態で沈黙を貫いていると、彼女は何もなかったかのようにレジを打ち、パンを袋に詰め始めた。なんだったのか気になるけど、
「どうしたんですか?僕の顔に何かついてましたか?ハハハ~」
などと爽やかに女性に話しかけられるスペックは持ち合わせていない。そんな爽やかナイスガイだったなら、もうとっくに彼女できてますよ。そんな僕の彼女いない話は置いておいて、なぜ彼女は一瞬時が止まったようなことになったのか。気のせいか何かに「はっ!」としたような表情でもあったような。でも、間違いなく今まで会ったことのない女性だし、その声を聞いたことがあるならば、決して忘れることはない。
「670円になります」
しまった、【なんでだろう脳内会議】をしていたらもうお会計の時ではないか。彼女の声をもっと聞いていたいのに、これでもうお別れではないか。
「あ、はい」
そういえばさっきから同じセリフしか言ってないな、僕。そう思った時、彼女がニコっと微笑んだ。心の声、聞こえちゃった?
「あーすみません、急いでお金出しますんで」
「いいえ、慌てないで大丈夫ですよ」
またとびきりのスマイル。勘違いしちゃうよ、これ。世の男どもはキミのスマイルで萌死しちゃいますよ。って、おいおい落ち着くんだ青年。これは営業スマイルだ、なにを中学生みたいな妄想させちゃってるんだよ。しっかりしろ、お客さんになら誰にでも向ける笑顔なんだから、絶対に勘違いなんかすんじゃねーぞ。
「あーちょうどありそうです。すみません時間かかっちゃって」
彼女はまたニコりと微笑み、僕が出した670円を受け取るとレシートとパンを渡してこう言った。
「お声が聞けて嬉しかったです。ありがとうございました」
え・・・。