売り渡し承諾書を偽造する建築士
2007年のあたり、売主にくっついてる建築士のブローカーに『売渡承諾書』偽造されたことがある。
その物件(以下物件名称を『α』とする。)は地方の支店が取り扱っていた。 本店において『α』をK証券が販売するレジファンドに組み入れようと言う話が進み、資金デリバリーと契約決済スケジュールをフィックスすべく、買付証明書と売り渡し証明書を交換した。
お互い満足のゆく価格だった。 売主の建築士ブローカーは「8,000万円くらい利益が出る。」と言っていた。 そして、その売却益で、売主に販売用物件を建てさせるそうだ。 ブローカーから売証(売り渡し証明書)を受領した我々は、支店で祝杯をあげた。 上司は、私と二人で仕組むマジックをスナックのママに披露し上機嫌だった。
ところが売買契約の一週前に建築士ブローカーから『物件を売らない。』と支店あてに連絡が入った。 断りの理由が明確でなかった事もあり、他所から高い札が入った等の売り渋りだと思い(リーマン前は頻繁にそういう事があった。)、買い上がりも含めて説得するよう支店にお願いをした。
支店から再度連絡が入った時、状況が明らかになった。 建築士ブローカーは売主を施主として数年前に『α』を建てさせた。 そして現状の不動産相場上昇にあわせて売却しようと目論んだ。
建築士ブローカーは、建築時、施主に建築資金としてM銀行から10年固定のアパートローンを調達させていた。 この商品は10年固定と言う特性上、変動金利とスワップしており、期間内解約すると残期間の金利を違約金として支払わなければならないという。 その違約金はおよそ6,000万円。
『α』もともと売却できない物件だった。 建築士ブローカーは自らアレンジした固定ローンの内容を理解せず、情報を持ち回っていたのだ。ただ、そういった事情はありながらも、我々は売主から意思表示として売証を受領しているし、少なくとも利益が出るわけだから、売ってもらうよう直接交渉して来い、と指令が下った。上司と私は 灰色の心持ちで最前線への切符を再度予約した。
中部地方の新幹線停止駅から徒歩数分にある燃料販売会社が売主だった。 代表者はかなり年配の女性だった。 すでに本業は現状の顧客にだけ対応している状況で、賃貸収入がメインの収益だそうだ。 建築士ブローカーも同席した。
我々が説明を始めるより先に、売主が違約金のかかる取引はしたくないから、売る事はできない、と申し訳無さそうに言った。 本当に申し訳ないと感じている表情だった。 ただ、その話しぶりから不動産取引の商慣習や、法的な知識を持ち合わせているようには感じられなかった。
上司は売主に言った。 違約金支払い後でも利益がでると聞いている点、また事前に受領していた売証を提示し、『売却に同意していただいた旨を書面で受領している、法的な拘束力はないが道義的責任はあるわけだから誠意ある回答が欲しい。』と。
すると売主が『この書類初めて見た…。』と言い出した。
一瞬の空白が出来て誰も喋らなかった。 自分自身にこのような事が起こるとは想像していなかった。 ドラマで見るような緊迫した冷たい状況だと思っていたが、それよりも出来過ぎた現状に驚く気持ちのほうが大きかった。 そして「これはもう取引にならない」と脳の原始的な部分が、一抹の希望をもっていた私に断言していた。
『(売渡承諾書は)私が作成しました…。』 建築士のブローカーがボソッとつぶやいた事で交渉が終了し、 取引は未了で終了した。
この話は後日談がある。 上司と一緒にレジファンドのアセマネ会社担当者に鉛のような足取りで顛末の説明をしにいった。
電話1台のみ置かれた簡素な受付から、ドトールよりもチープな極小の会議室に通された。 担当者が来ると上司が立ち上がり、詫びの言葉を述べると同時にいきなり土下座した。
社会人生活10年を超えて、初めて仕事で土下座する人に出会った。 それがまさか自分自身の上司だとは想像していなかった。ただ、できれば事前に、土下座する事を打ち合わせして欲しかった。 私もあわてて立ち上がっており、上司は狭い室内で土下座した為、屈んだお尻の位置に扉が干渉して、俯瞰すると私の方に土下座したような格好になっていた。
私もこの突然の出来事に驚いたが、アセマネ会社の担当者は私以上に驚いていた。 (後日、改めて聞いた所、彼も土下座されるも初めてだった。) 結局、この土下座のおかげで話はこじれなかった。 ただし、それは土下座がもつ誠意ではなく、突風のようなアクションによって担当者の脳内を白紙にした為だった。
(Twitterに投稿した「売渡承諾書を偽造する建築士」を加筆修正したものです。