熊と闘う話について
熊と闘う話について
知っている人は知っていますが、悪魔は熊と素手で闘って生き残る方法を研究しています。
最初からブッ飛んだことを言っていると思われるし、
「人が熊に勝てるわけねーじゃん」
と言う人もかなりの数いると思います。
このことについて、なかなかいろいろ考えることがあったので、文章にまとめてみようと思ったしだい。
それでは、悪魔が思う熊と闘うにまつわるあれやこれやのはじまりです。
まず最初に、熊と人が闘ったら絶対に勝てないのか? ここから書こうと思います。
熊 VS 人間。
当然、試合なんかではありません。路上というか……、獣道上でのノールールデスマッチです。なんでもありの無差別級対決。しかも、審判なんかもいないし、セコンドもいません。しかも、相手は野生100%の猛獣。
「勝てるわけねーじゃん」
と言いたくなる気持ちもわかりはしますが……
勝てるわけねーじゃんというのは間違っています。
過去の記録を振り返ってみればすぐわかることですが、熊VS人間で人間側勝利。KOもタップアウトもさせられませんが、結果的に熊逃走、という事例はすぐにみつかります。
「熊 勝つ」
これで検索してみてください。過去の事例が簡単に出てきます。中学生の女の子が、キックでヒグマを逃走させた事例すらあります。
「ハイ、論破」
と言いたいところですが、ここで終わったらつまらないですし、ひろゆきの真似は恐ろしくセンスがない。
私が着目するのは、ちょっと調べれば熊 VS 人間で人間側勝利という事例が過去にいくつもあるにも関わらず、
「人が熊に勝てるわけねーじゃん」
となぜ人は安易に言うのか? という点です。
どうしてだと思います?
確かに勝ち目は薄いですよ。私はかなり研究しましたが、
「じゃあ、悪魔。熊と素手でやってみろよ!」
と言われたら、ファイトマネーの額による。と言いますね。
つまりそれは、絶対勝てないというわけではない。ハイリスクに見合う金額を積まれれば、やってもいい。ということです。
だって絶対勝てないわけではないのです。過去に人が熊に勝利した事例は確かにあるのですから。ただし、勝ち目はとても薄い。天文学的なファイトマネーを出してくれないと、とてもじゃないがやる気にならない。そういうことです。
誰だって熊と闘えと言われたら、嫌どころかカンベンしてほしいでしょう。私だって嫌です。勝ち目は相当薄いですからね。
だけど
「人が熊に勝てるわけねーじゃん」
と言い切ることはできないのは確かですよね?
いかがですか? どう思われます? 人が実際に熊に勝った事例がある。動画だってネットにあります。事実、人が熊に勝ったことはあるし、それは可能性として実在するのです。この文章を読んでいる君は、どう思います?
「人が熊に勝てるわけねーじゃん」
と君は簡単に言い切れますか?
私は言い切れないと思います。
それなのに、安易に熊に勝てるわけねーじゃん、と言う人がいるのはなぜなのでしょうか?
この疑問に私はいろいろな要素があるし、裏があるなと感じました。なので、熊と闘う方法とあわせて、熊に勝てるわけがないと言う人の心理について考えるようになったのです。
推測・1
「思い込み」
単純に思ったのは、
「絶対に勝てないと思い込んでいる」
ということ。
格闘に関するとある分野では、格付け、という言葉があります。自分より強い存在を格上と呼んだりしますよね。あれです。
試合はあるのですけど、試合は結果がわからないものなのですけど、格上には絶対勝てない、という暗黙の決まりがあります。(どこの分野か君はわかったかな?笑)
この暗黙のルールに染まり切っていると、
「格上である熊に勝てるわけねーじゃん」
と安易に言ってしまうのかな。なんて悪魔は思います。
あえて別の書き方をすると常識にとらわれている。ちょっと誤解をまねくかもしれないので、ちゃんと説明します。
常識というか、実際には思い込みなのですけど、あえて常識という言葉を使いたいと思ったしだい。
文明社会に生きるひ弱な人間 VS 野生の猛獣。そりゃあ人間が勝てるわけないだろう。という一般的な人が簡単にたどりつく、いわゆる常識というやつです。
常識というものは、時に思い込みであったりします。
例えばですけど、かつては大部分の人にとって、地球は平面であることが常識だった。と言えばわかりやすいでしょうか。
あらゆる物は地面に落ちます。日常的にそれは体験することです。だから、球体の表面にあらゆるものが落ちるという現象は、想像することが難しい。だから、地球は平面だと思い込む。そしてそれが大多数の人によって支持されることで、集団的な思い込み、時に常識と呼ばれるものになっていくのです。そして人は一度思い込むとなかなかそこから脱出することはできません。自分の思い込みの範囲の中でだけ、すべてを認識するようになってしまう。
熊に人が勝てるわけがない。そういう観念にとらわれた状態にあるのではないかな。と悪魔は思います。
推測・2
「簡単なマウンティング」
格闘技の世界では有名な、マウントポジションという位置関係があります。相手の上に馬乗りになり、自身の両足の間に下になった相手の身体があり、圧倒的に優位な位置から相手を攻撃できる。それが格闘技で言うマウントポジションです。
「熊に勝てるわけねーじゃん」
この言葉は、めちゃくちゃ簡単に社会的なマウントポジションを取ることができる発言なのではないかな? なんてマウントポジションがあまり好きではない悪魔は考えます。
単純に考えて、素手で熊に勝てる方法を考える人と、熊に素手で勝てるわけがないと思う人の数を数えたら、圧倒的に勝てないと思う派が多いですよね。
「熊に勝てるわけねーじゃん」
この一言は簡単に、自分が圧倒的な多数派であり、悪魔がほとんどいない少数派の偏った意見の存在という位置関係を生みだすことができる。その圧倒的な関係性を生み出したくて、熊に勝てるわけねーじゃんと言うんじゃないかな? なんて悪魔は思います。
この圧倒的な立ち位置というのが好きな人って多いよなぁ。と悪魔は思うことが多いです。
問答無用。一方的に相手をやっつける。そういうのが好きな人っていますよね。そういう人は、熊の強さにのっかって、一方的に悪魔を攻撃する圧倒的に優位な立ち位置が好きなのかなぁ。なんて悪魔は思ったり。
簡単に言って、以上のふたつが悪魔が考える、安易に熊に勝てるわけねーじゃん、と言ってしまう理由です。
さてここからは、熊に勝てるわけねーじゃんと言う人に、悪魔が思うことでも書こうかなと。
「熊に勝てるわけねーじゃん」
と言うそこのアンタ。じゃあ、熊に出会って襲われたらどうするの? 黙って殴られますか? 熊によっては食ってきますよ、生きたまま。黙って生きたまま食われますか? と悪魔は言いたいですね。
どんなことでも万が一はあり得ます。森のくまさんに遭遇しないようにするのが一番ですけど、熊に絶対に出会わないと確信できることなんてないです。熊が街なかにも出てくることすら現実にあるわけで。
「熊に勝てるわけねーじゃん」
と言う人は、万が一熊に出会ってしまったらどうするのだろうねぇ? なんて悪魔は思ってしまいます。
熊に勝てるわけねーじゃんと、いかにも頭が良さそうに言いますけど、現実的に熊と遭遇した時に、アンタ何かできますか? ということですね。それは本当にかしこいの? 現実を想定しているの? なんて。
まあ、悪魔は性格が悪いですので、思うことはいっぱいあるわけです。
そんな性格の悪い悪魔が、今回はよく言われる言葉について思ったことを書いてみた。そういうわけです。
いかがでしたか? 悪魔が思うことはこんなことです。熊と闘う方法を考える。それにまつわるちょっとした話。面白く思っていただけたら幸いです。
え? なんで悪魔はマウントポジションがあまり好きではないかって?
例えばですけど、人が熊にマウントポジションをとったところで、勝てるわけではないからです。圧倒的な力と体格の差があった場合、マウントポジションは優位を約束してくれる位置関係ではないのです。
実際、過去の事例で人が熊にマウントポジションをとって、つまりは熊に馬乗りになった状態で勝利した事例を悪魔は知りません。
なので、悪魔はマウントポジションを最初から狙わない。という闘い方をします。
え? それはどんな闘い方なんだって?
詳細については……。悪魔秘密。つまり内緒です笑
それでは、今回はこのへんで。
またね。また話そ。