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地位確認等請求事件


1 事案の概要

本件は,被告に定年再雇用(1年更新)をされた原告が,雇用契約を一度更新され,更新後の雇用期間中に被告から売上減少を理由に解雇を通知されたにもかかわらず,被告に期間満了による雇用契約終了であるかのような書面を作成された事案である。
原告は,①解雇無効を求めると共に,②雇用期間の満了に該当するとしても雇止めが無効であることを主張するものである。
また,予備的に,③仮に被告の主張のとおり実質的には合意退職であったとしても,原告の退職の意思表示は錯誤により無効であることを主張する。


3 事実経過

  1. 原告の入社から解雇通知までの経緯

ア 正社員としての就労
平成26年11月6日,原告は,被告に正社員として入社し,被告の工場で就労をしていた。
平成31年3月11日,原告は,60歳になったため定年退職をした。
イ 定年再雇用
平成31年2月20日,原告は,被告との間で,平成31年3月11日から令和2年3月10日までの1年間の期間の定めのある雇用契約を締結した(甲1~2)。
これは,被告の就業規則53条では,定年退職する労働者に対し,「退職日の翌日から再雇用し、満65歳まで再雇用社員(1年契約更新)として雇用する。」と定められており(甲3),同条に伴ういわゆる定年再雇用契約である。
そして,原告は,同条において満65歳までは再雇用がされると規定がされていることから,原告の雇用契約も原告が満65歳になるまでは更新がされると期待をしていたし,被告からこれに反する説明がされることもなかった。
ウ 雇用契約の更新
上記イの雇用契約の満了日である令和2年3月10日が経過した時点で,被告と原告との間で雇用契約に関するやり取りは特段されることなく,原告の就労は継続された。そのため,原告は,同日の経過をもって同一条件で雇用契約が更新されたものと認識をした。
エ 被告からの解雇通知
令和2年8月3日の朝,原告は,被告の専務から「話があるから社長室に来るように」と指示がされた。同日13時,原告が社長室に赴くと,被告の専務から,新型コロナウィルス感染症の影響で仕事が激減をしたことを理由に,原告を令和2年8月15日付で解雇する旨を口頭で告げられた。
オ 被告の原告退職処理について
その後,同月5日の13時までの間,原告は被告に勤務をし,同月15日までの間は有給休暇扱いとされ,同日付で原告は退職をさせられた。
原告は,上記エのとおりの経緯であったことから,整理解雇として扱われているものと認識をしていた。
しかし,同年9月15日,ハローワークの手続きにおいて,原告が雇用期間満了で退職をしたものと扱われていることが発覚した(甲4)。

  1. 原告と被告の交渉等の経過

原告は,被告に対し,労働基準局のあっせん申請や,労働組合からの団体交渉申入れを行い,その中で令和2年8月15日付の解雇が無効であることを主張してきた。
しかし,被告は,「8月3日以前から原告から「もういいです」という退社の意向が示されていてやり取りをしていく中で8月3日8月15日退職という話が決まってそれにそって8月15日を期限とする契約書を作ってそれは8月5日の段階ではないかと作って、そこに原告も署名した。」(甲9の1 団体交渉での被告代理人の発言)と主張をし,合意退職がされたことを前提に,実体に反して令和2年(2020年)3月10日付雇用契約書(甲5の2)をバックデートで作成したと主張をしていた。
なお,平成31年(2019年)2月21日付雇用契約書(甲5の1)については,団体交渉において,組合と被告代理人(00弁護士)との間で以下のとおりのやり取りがされており,被告代理人は平成31年(2019年)2月21日付雇用契約書(甲5の1)については2019年時点で作成されたものと発言をしていた(甲9の4)。
「組合
確認ですけどこの契約書は2通は8月3日同時に書かれたんですか?
00弁護士
2019年はその時ですね2020年は8月頃です。
組合
2019年2月20日の一番下のその他の※で但し書きがあるではないですか。最初から入っていたと言う事ですか?
00弁護士
もちろん」


4 本件解雇が無効であること

(1)解雇事由が存在しないこと

被告は,原告に対して解雇理由書等の書面で解雇事由を通知していない。
そのため,令和2年8月3日の社長室での専務の発言から,解雇事由を推察すると,被告は原告に対して売上減少に伴う整理解雇を行ったものと理解できる。
しかし,被告は,原告を解雇した令和2年中にも原告の代わりとなる者を雇用するために求人を出しており(甲6),公開された被告の財務情報(甲7~8)を確認しても原告を解雇した時期に売上が減少した事実は認められない。
また,整理解雇のために必要であるその他の要件(解雇回避の努力,人員選定の合理性及び解雇のために手続き・説明)が存在することを伺わせる事情は存在しない。

(2)本件解雇に「やむを得ない事由」は存在しないこと

労働契約法17条1項によれば,使用者は,期間の定めのある労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,その契約期間が満了するまでの間において,労働者を解雇することができないとされている。
ここでいう「やむを得ない事由」とは,「客観的に合理的」で「社会通念上相当である」と認められる事由(同法16条)よりも厳格に解されており,「当該契約期間は雇用するという約束であるにもかかわらず、期間満了を待つことなく直ちに雇用を修了せざるを得ない特別の重大な事由」というものとされている(菅野和夫「労働法(第12版)」343頁)。
本件では,上述のとおり,原告に対して口頭で売上が減少したという説明がされただけであり,かつ,人員削減が必要な程の売上減少という事実も実際には存在していない。
よって,本件解雇に「やむを得ない事由」が存在しないことは明白である。

(3)本件が雇止めではなく解雇であること

上述のとおり,被告は,原告との間で作成した雇用契約書(甲5の1~2)を根拠とし,本件が解雇ではなく雇用期間満了による雇用契約の終了であることを主張する。しかし,原告は甲5の1~2のいずれも作成をした事実はなく,これは被告が原告の就労時に作成をした署名を流用したものである。
現に,原告が健康保険組合から開示を受けた雇用契約書(甲1),年金機構から開示を受けた雇用契約書(甲2)は,いずれも平成31年2月20日付で作成をした雇用契約書1通のみであり,甲5の2のように令和2年3月10日付の雇用契約書はそもそも存在していない。
また,平成31年2月20日付の雇用契約書についても,原告が開示を受けた雇用契約書(甲1~2)と,被告が提示をした雇用契約書(甲5の1)を比較すると,後者には「その他」に雇用契約終了時に契約更新終了となるとの記載がされているが,原告はこのような記載を見たことがない。
そもそも,同一日付の雇用契約書が2通存在すること自体が不自然であり,健康保険組合や年金機構に提出がされていた雇用契約書のみが真正に作成された雇用契約書であって,甲5の1~2は被告が原告の署名を流用して作成したものとしか考えられない。
また,被告の主張によれば,甲5の1~2の雇用契約書は令和2年8月3日の面談時に原告に作成をさせたものであるとのことであり,この被告の主張に依拠したとしても,令和2年3月11日時点で原告の雇用契約は更新がされているのだから,事後的にこれを変更することはできない。


5 (予備的主張)雇止めが無効であること

仮に,被告の主張のとおり,本件が令和2年8月15日までの有期雇用契約であったとしても,就業規則53条において定年後再雇用については満65歳になるまで雇用が継続される旨の規定がされていること(甲3),定年再雇用時に被告から原告に対して同規定に反する説明等はされていないことからすると,原告は被告に対して「当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(労働契約法19条2号)。
そして,期間満了のわずか12日前である令和2年8月3日に,口頭で売上が減少をしていると説明をしただけの本件において,被告が原告の契約更新を拒絶する合理的な理由はなく,更新拒絶は社会通念上相当であるとは認められない。
よって,仮に被告の主張のとおり本件が契約期間満了に伴う雇止めであったとしても,原告に対する雇止めは無効である。


6 (予備的主張)退職の意思表示の錯誤無効

(1)被告は、労働審判において、①令和2年8月3日頃に原告から被告の専務(当時)に対して「もういいです。」と発言をし、②被告の専務(当時)がこれを原告の退職の意思表示と解釈をして、同日被告の代表取締役社長(当時)に伝え、③被告の代表取締役と原告の2人だけで面談をしてその場で退職の合意がされ、④後日人事担当の社員が退職届の提出ではなく雇用契約書のバックデートという手法を考えて原告に甲5の2の雇用契約書に署名押印をさせたという主張をした。
原告は①のような「もういいです。」という発言をそもそもしていないし、②面談は被告の専務(当時)と被告の代表取締役(社長)の2名との間で行われ、一方的に解雇であると告げられたのみであり、③退職の合意などしておらず、④甲5の2は偽造された書面であって原告が作成した書面ではないことは既に主張のとおりである。
しかし、仮に被告の主張のとおりであったとしても、被告の退職の意思表示は錯誤により無効である。
(2)まず、①「もういいです。」という発言だけをもって退職の意思表示がされたと解釈をすることはそもそも困難である。確かに、当時原告は、被告から従前扱っていなかった業務のマニュアル作成業務のみに従事をさせられ、被告の成果物に対して原告の代表取締役社長(当時)は執拗にこれを否定しつづけていた。原告自身は、従前被告で従事しいてた印刷業務であればその能力を活かして業務をすることができるのにもかかわらず、被告はマニュアル作成という原告には無理難題といえる業務のみに従事をさせ、原告を追い詰めていたため、原告が被告に精神的に追い詰められていたことは事実である。しかし、原告は妻の治療費等で生活費も含めて金銭が必要な状況にあり、仮にどれだけ追い詰められたとしても、被告を退職して給与所得を失うことを選択できるような経済状況にはなかった。また、「もういいです。」という文言と原告が無理難題を押し付けられ続けていたという状況からすると、単にその時点で従事しているマニュアル作成という業務から、原告自身が従事可能な業務への配置転換を希望しているものと考えるのが通常であり、いきなり退職の意思表示をしているなどと被告が判断できるようなレベルの発言ではない。なお、被告は、原告がかねてより「退職をして田舎(沖縄)で働きたい。」と雑談の中で発言をしていたということも主張をしているが、原告がそのような発言をした事実はないし、子や孫が東京に在住し、治療中の妻もいる状態で退職をして東京を離れることを計画するはずもない。仮に原告が酒の席等の雑談で「田舎にいずれ帰って働きたい。」という発言をしたとしても、単なる雑談の一つであって、これを根拠として「退職の意思表示があった。」などと主張をされることは許されない。
(3)次に、②実際に退職の合意をしたのは被告の代表取締役社長(当時)と原告の2人だけの状況であった点についてであるが、被告の代表取締役社長(当時)は既に亡くなっているため、実際に原告と被告の代表取締役社長(当時)との間でどのようなやり取りがされたか被告は確認できていないとのことである。被告の主張は、被告の専務(当時)が、この時に原告と被告の代表取締役(社長)との間で退職の合意が行われたのであろうという推測のもとで行われており、実際に退職の合意が行われたことを現認した人物からの聴取等を根拠とした主張はされていない。実際には、上述のとおり、(面談時の登場人物の数には争いがあるものの)被告の代表取締役社長(当時)から原告に対して一方的に解雇であると告げられたのみであるが、被告の主張を前提としても、原告と被告の間で退職の合意及びその前提となる協議や説明が十分にされたということが立証できる状況にはない。
(4)最後に、被告が主張の拠り所とする④バックデートで作成をされた雇用契約書(甲5の2)について主張をする。被告は、この雇用契約書が退職の合意を示す書面であると主張をしているが、原告にはこのような雇用契約書に署名押印をした覚えはなく、これは偽造をされたものであると主張をしている。そして、原告は自身が解雇をされたものと認識をし、退職直後から労基署や労働組合を通じた団体交渉を行っており、到底原告自身が申し出て退職の合意が行われたとは思えない状況が続いている。このような状況からすると、このバックデートで作成された雇用契約書(甲5の2)は、被告が原告に対してどのような意図で作成された書面なのか全く説明をせず、単に形式的に署名押印をするようにだけ求め、原告も書面の内容を何ら確認することなく署名押印をしてしまったものと推認できる。現に、被告の主張によれば、このバックデートで作成をされた雇用契約書(甲5の2)を作成させたのは被告の人事担当の社員であり、同社員は既に退職済みであるため、原告に対してどのような説明をしてこの雇用契約書を作成させたのか等の聴取ができていないとのことである。とすれば、仮に被告の主張のとおり原告がバックデートで作成された雇用契約書(甲5の2)に原告が署名押印をしていたとしても、原告はこれが退職の意思表示を基礎づける書証であるとの認識をしておらず、そもそもその内容を確認できていない状況で、被告から何らの説明もされずに署名押印をさせられたものであって、この雇用契約書自体が錯誤により無効である。
(5)以上より、仮に被告の主張のとおりであったとしても、原告の退職の意思表示は錯誤により無効である。




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