No.3|持続可能な都市の形態
No.2を書いた後、もっと都市計画分野に踏み込むべきだったと思い、続きを書くこととしました。
1.分野融合型アプローチ
私が2014年4月に現職に就いて「環境負荷低減・減災に向けた都市計画、計画策定技法(方法と技術)」を研究テーマに掲げるようになったのは、前職が名古屋大学大学院環境学研究科(以下、名大環境学)(1)にあったことが大きい。2006年10月に都市計画担当の教員として着任したのは建築学コースであったが、この建築学コースは、名大環境学にある3つの専攻の1つである都市環境学専攻に属していた。2001年に創設された名大環境学は、理学・工学・人文社会科学の3領域が集結する文理融合型の研究科で、異なる領域・専門分野を連携するために「持続性学」と「安全・安心学」の連携プロジェクトを推進していた。私自身、前者についてはグローバルCOEプログラム「地球学から基礎・臨床環境学への展開」に協力教員として、後者については「減災連携研究センター」に兼任教員として参加していた。今でも時々思い出すのが、研究科の分野融合型チームで上海交通大学に行き研究交流した際に、私の前に発表した環境政策の先生のスライドに、気候変動の緩和策・適応策の検討が一番遅れているのが都市計画分野だということが書いてあったので、私の発表を始める際には「そのうまく行っていない都市計画の話題を提供します」と言って笑いをとったことである。環境学の中での都市計画を考えるようになった。
その前に、東大都市工で博士課程を修了した直後の2年半は、21世紀COEプログラム「都市空間の持続再生学の創出」(2)の特任研究員だったことも重要である。同プログラムは、都市工学・社会基盤学・建築学の建設系3専攻が連携して、「環境やリスクマネジメントに関する技術」、「歴史的文化的資産を含む既存構造物の地域性を考慮した保全・継承・再生・再利用に関する技術」、「多様な主体による個々の都市空間形成行為を調整し統合するコミュニケーションや合意形成・計画策定・空間管理に関する技術」の進化・統合化を目指すもので、そのセンターの英語名称は、"Center for Sustainable Urban Regeneration"であった。このセンターの中心であった都市工は、東京をはじめとする大都市圏で人口・経済が急激に成長し、様々な都市問題・環境問題が発生した1962年に創設され、その後、都市計画・都市環境工学の分野で貢献してきた。「都市空間の持続再生学の創出」は、世界的には人口が爆発する一方、日本を含む先進国では人口減少や高齢化が進むという状況の中で、都市空間の形成や再生に関わる方法や技術を検討するチャレンジングな取り組みであった。
2.持続可能な開発を目指す世界の動き
ついでに遡ると、私が最初に地球環境問題を意識したのは、1990年頃、当時通っていた米国の公立中学校の授業の発表で、雑誌Popular Science(3)の地球温暖化に関する記事を扱ったのがきっかけである。詳細は忘れたが、地球温暖化(温室効果)のメカニズムやアリゾナの砂漠に建設された地球環境を再現した実験施設"Biosphere"(4)の紹介が掲載されていたと記憶している。後から考えると、その少し前の1987年に国連のブルントラント委員会において、将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく現在世代のニーズを満たす「持続可能な開発」が提唱され、環境保全と経済成長の両立に向けた取り組みが世界的に始まった時期であった。その後、だいぶ飛ぶが、大学に入学すると、教養学部の講義のいくつかで地球環境問題が取り上げられて、改めて興味を持った。その後、総長になられた小宮宏教授の図書「地球温暖化問題に答える」に沿った講義もあったように思うが、実はそれよりも別の図書「理系のためのサバイバル英語入門―勝ち抜くための科学英語上達法」のとても楽しい講義の印象が強い。私が学部学生だった1990年代(後半)には、国連の国際会議やサミットで持続可能な開発に関する議論が展開され、2000年にはそれが「ミレニアム開発目標(MDGs)」としてまとめられた。この辺から持続性の環境的側面・経済的側面に加え、社会的側面さらには持続可能な開発を進めるガバナンスの重要性が強調されてきたように思う。このMDGsが2015年のSDGsにつながる。
3.持続可能な都市の形態の探究
こうした持続可能な開発に関する世界的な動き、より具体的には、気候変動緩和策と大気汚染対策としての自動車から公共交通へのシフト(移動に伴うエネルギー消費・CO2・NOx、SOxを減らす)、土地・水資源その他自然環境を守るための都市成長管理を展開するために、都市計画分野の専門家は「持続可能な都市形態(Sustainable Urban Form)」を探究してきた。当然、環境的側面のみならず社会的・経済的側面の持続性も合わせて検討してきた。現在、日本の多くの都市で目標とされている「コンパクトシティ」あるいは「コンパクト・プラス・ネットワーク」型都市構造について、私は、こうした「持続可能な都市形態」を探究する世界的な動きに日本特有の事情が加わって、途中で大きな目標を忘れてしまったのではないかと思っている。
日本では、持続可能な開発をめぐる課題の中でも、特に人口と経済の縮小、超高齢化、財政難が大きい。そのため、公共施設(ハコモノ)や都市基盤(インフラ)の再編・適正規模化も含め、投資の選択と集中を行うことが重視され、市街地(市街化区域)内の拠点及びその周辺に都市機能や居住を誘導する「コンパクト・プラス・ネットワーク」型都市構造を目指すのが一般的になった。欧米都市と比べれば、日本の少なくとも政令指定都市以上の大都市はコンパクトで、公共交通ネットワークが整備され、省エネなので、それをなるべく維持するにはどうしたら良いかという議論になったのかも知れない。いずれにせよ、SDGsのように幅広い目標はあまり意識されていない。突発的ショックに対するレジリエンシーについては、多くの自治体が災害危険度が高い地域にも居住誘導区域を設定していることが問題になり、軌道修正が行われている。
いわゆる「コンパクトシティ」が指す具体的な都市形態(urban form)については、原則や特徴はあっても定義はない。英国のKatie Williamsらは、著書"Achieving Sustainable Urban Form"(E&FN Spon,2000年)において、持続可能な都市形態は、多様な形態でのコンパクトさ、用途の複合、相互に連結された街路配置等の特徴を有し、それらは強力な公共交通ネットワーク、環境コントロール、高い水準の都市マネジメントによって支えられると分析している。さらに、各都市で目指すべき都市形態を描く際には、多様な形態の様々な長所・短所を理解した上で議論し、意思決定する高度な過程が必要であると述べている。そもそも「コンパクトシティ」という言葉がこれほど使用されているのは日本くらいで、多くの国では「持続可能な都市形態」やそれに類似する言葉が使用されている。なお、ドイツの建築家トマス・ジーバーツは、「田園地域の海に群島のように浮かぶ多数の都市」の現状(居住地が拡散してしまったドイツやその他の国々の都市圏の現状)を踏まえて"Zwischenstadt(間にある都市)"(5)のコンセプトを出しているが、ここでは割愛する。
「都市計画研究ノートNo.1」を読んで下さった恩師の大方潤一郎先生から「都市構造を変える原動力となる交通革命」についてコメントを頂いた。20世紀終盤から21世紀にかけて検討された「持続可能な都市形態」のキー・コンセプトは、自動車依存型の都市構造から脱却して公共交通システムでつながれた適正密度・規模の居住生活圏を形成することであった。長い歴史の中で見ると、19世紀には鉄道革命により都市構造が形成され、20世紀には自動車革命で分散型の都市構造ができたが、それでは様々な環境問題が発生してしまったので、再び公共交通指向型の都市構造を目指すようになった。そして今、公共交通の車内、建物のエレベーターや階段室の中のCOVID-19感染防止が難しいことが分かってきた。テレワークが進むと同時に、都市内の中距離移動が自転車や将来は小型自動運転車になると、今の都市構造では道路容量が足りず(もし鉄道が完全になくなれば鉄道用地は使える?)、都市機能を分散させたり、市街地の密度を平準化したりする必要が出てくるかも知れない。ロスアンゼルスの都市構造はどうか。というやりとりをした。
4.地区および都市の持続性評価
近年、世界各国で新市街地の開発や既成市街地の再生に関わる計画を持続可能性の各視点から評価する取り組みがなされており、その中心的役割を果たす持続性評価ツールの開発・適用が盛んになっている。日本のCASBEE-街区や米国のLEED for Neighborhood Developmentもこうしたツールの1つである。人口減少・超高齢社会の日本の都市では、既成市街地の再生を通じて、その持続性を高めることが要請されており、その実現のためには、持続性の環境的側面のみならず、社会的側面や経済的側面も含めた総合的な持続性評価が必要である。2016年夏に、米国のLEED for Neighborhood Developmentの共同開発者であり、2007年以降、世界中の200を超えるLEED-ND認証のレビューを指揮してきたEliot Allen氏(コンサルタント会社Criterion Planners)をはじめ、この分野の実務家・研究者とともに、都市持続性評価ツールの実務と研究に関する最新情報を共有し、日本の既成市街地における都市持続性評価ツールの適用可能性について議論するワークショップを開催したことがある(6)。
私自身、地区の持続性評価及びそれに基づく認証制度については、現在は広島大学で准教授を務めるAyyoob Sharifi氏の博士研究指導を通じて、関心を持つようになった。Sharifi and Murayama(2013)(7)は、ヨーロッパ、米国、オーストラリア、日本で適用されている代表的な地区(neighborhood)の持続性評価ツールを、持続性の対象範囲、前提条件、地域適応性、点数化と重み付け、参加、報告、適用可能性という視点から批判的に比較分析したものである。その結果、これらのツールは、いずれも、ボランティア・ベースで実践されているもので、行政制度化はされておらず、また、持続可能性の社会的、経済的、制度的側面を取り扱うことに必ずしもうまく対応できていないことが明らかになった。重み付け、点数化、順位付けにあいまいさと欠点があること、多くの評価ツールは地域への適応と参加の仕組みがないこと、適応可能性についてはより広いプランニングの枠組みに埋め込まれている評価ツールのみがうまく対応していることを示した。「批判的レビュー」の論文なのでこのような書き方になってしまうが、こうした地区スケールの持続性評価・認証制度は、主にマーケティング目的でなるべく高い点数を取得しようとする開発・計画主体に対して計画内容の規範を提示して誘導するもので、都市の物的環境の形成に大きな影響力を持つので、より良いものへと改善したいという思いがある。また、最近は、米国のポートランドで始まったEcoDistricts(8)など、地区スケールの持続性評価・認証制度の中でも、新市街地や大規模再開発ではなく、多主体参加による既成市街地の漸進的な再生を対象とするものに期待し、研究を進めている。
ところで、都市は多数の地区で構成されているものの、持続性の高い地区が集まったからと言って必ずしも持続性の高い都市ができるわけではない(部分最適の総和が全体最適であるとは限らない)。よって、都市スケールの持続性評価も重要である。船本・真鍋・村山・大方(2018)(9)は、世界の6つの都市スケールの持続性評価ツールを実態評価ツール、実態・施策評価ツール、計画評価ツールの3つに分類した上で、それらの比較分析をしている。「都市計画研究ノートNo.2」で書いた「統合的空間計画」とそれに基づく施策、その結果として形成される都市の物的環境は、こうした都市スケールの持続性評価ツールで評価されると分かりやすいと思うが、そもそも何をもって持続性が高いとするかを公開の場で検討し、それを評価項目の設定や重み付けに反映することがまずは必要である。計画策定と持続性評価は表裏一体なのである。
となると、マルチスケールの計画策定と持続性評価を一体的に扱うシステムの開発が重要になり、そこで最近取り組んでいるのが都市システムデザインという手法である。これについては次号以降に。
参考ウェブサイト等
(1) 名古屋大学大学院環境学研究科
https://www.env.nagoya-u.ac.jp
(2) 東京大学21世紀COEプログラム「都市空間の持続再生学の創出」
https://www.u-tokyo.ac.jp/coe/21coe/list22_j.html
(3) Popular Science
https://www.popsci.com
(4) Biosphere 2: Scientific Research Facility
https://www.britannica.com/topic/Biosphere-2
(5) 「間にある都市」の思想:拡散する生活域のデザイン(紹介)
https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/D_00041.html
(6) 都市持続性評価の実務と研究に関するワークショップ
http://up.t.u-tokyo.ac.jp/%7eevent/urban-sustainability-assessment/
(7) A critical review of seven selected neighborhood sustainability assessment tools
https://doi.org/10.1016/j.eiar.2012.06.006
(8) EcoDistricts | Neighborhoods for All
https://ecodistricts.org
(9) 都市スケール持続可能性評価ツールの比較分析
https://doi.org/10.11361/journalcpij.53.1117