No.1|COVID-19と都市計画研究
COVID-19感染拡大の影響を受け、大学のオンライン講義・演習の準備・実施や前例のない学会委員会の運営に追われた1ヶ月でした。オンラインで研究室会議や学部4年生対象の研究室説明会も行ってきたところですが、その中で、COVID-19感染拡大によって研究のテーマや研究の進め方がどう変わるのかといった質問が学生から出てくるのは当然です。整理された回答ができないので、その時点での考えを述べ、最後は「一緒に前向きに考えていこう」とお茶を濁してZoomミーティングを終了していました。実はそのことがずっと気になっていました。
研究の進め方については、現地調査、インタビュー、ワークショップ、図書館での図書の閲覧等の手段がしばらくは使えず、これをどこまでオンラインで補えるかが課題だと思います。これは、オンライン講義・演習と同様、走りながら考え、その中から新しい手法が発見できるかも知れません。実際、学部の都市工学演習では、現地調査ができないことの影響はあるものの、教員が思いつかなかったデジタル手法(アナログ手法を組み合わせたハイブリッド手法も含む)を学生がどんどん使い始め、部分的には従来以上の成果を出しているように思います。
研究のテーマについては、枠組みくらいは提示した方が良いと思い、私の混乱気味の頭の中と手書きメモの整理も兼ねて、ここにノートとしてまとめてみようと思います。結論から言うと、COVID-19世界的大流行(パンデミック)は、大震災のときと似ていて、平常時にはゆっくり進んでいた変化やよく見えていなかった問題が極端な形で現れるようなので、研究テーマ自体は大きく変わらないと思っています。ただ、都市のかたちは、社会経済システムの変化に応じて変わっていくあるいは積極的に変えていくべきなので、目指す方向性や評価の基準が変わってくると思います。逆に変わらないこと、変えてはいけないこともあるでしょう。以下に、もう少し具体的に書いていきたいと思います。
1.背景には地球規模の環境問題、さらには経済システムの問題がある
COVID-19は、2002年のSARSと同様、野生動物の体内にいたウイルスが起源で、人間には未知のウイルスが急に人間社会に侵入して広まる新興感染症の最先端だと言われている。新興感染症の多くは野生動物に由来すると言われているが、それがここ数十年で多発しているのは、人間が野生生物の住む環境を破壊し、野生動物の数を減らすとともに、人間が野生生物の環境に立ち入ることにより、野生生物体内のウイルスや細菌の病原体が新たな住みかとしての人間に広まっていることが理由だと考えられている(1)。なお、環境破壊の悪影響には、こうした新興感染症の他にも、地球規模の気候変動、資源枯渇、農林漁業基盤や地域コミュニティの破壊など様々な問題があることは言うまでもない。
環境破壊の原因は、世界的な人口爆発と短期的な利益やGDPのような合計経済指標が重視される経済システムであろう。環境を守るためにも、引き続き、都市の平面的な拡大は抑制すべきである。また、経済システムとしては、株主へのリターンが絶対視される「株主資本主義」のモデルから、従業員・顧客・環境・株主の4つのステークホルダーの間にあるトレードオフを調整する新しい「ステークホルダー資本主義」のモデルを求める動きが出ている(2)。都市計画分野におけるESG(環境・社会・ガバナンス)投資への期待の高まりも、この動きの一部である。
今回のCOVID-19への対応における根幹的問いは、気候変動への対応におけるそれと同じで「我々の文化は(経済的)利益の最大化ではなく(人々の)健康や幸福を選べるか」であり、多くの人々はそれに対して「はい」と回答していて、COVID-19への対応は気候変動への対応のリハーサル(予行練習)だという見方もある(3)。かなり緊張感のある予行練習だが。
2.環境と人間社会が共生するための都市の成長管理と都市構造
COVID-19感染拡大を受けて、密度が高い集約型の都市が問題視され、もっと密度が低い分散型の都市を目指すべきだという主張があるが(これは自動運転車の普及に関わる議論にも似ているが)、環境を守り、環境と人間社会が共生するためには、都市の平面的な拡大は望ましくない。他にも、水循環の健全化、生物多様性の確保、低炭素・脱炭素社会の実現、食糧の確保等の観点からも、都市の周りの森林や農地は保全すべきである。人口が爆発的に成長している世界の都市にとっては悩ましい都市成長管理の問題である。
日本の場合は、不幸中の幸いと言って良いかどうか分からないが、人口の縮小と経済の縮小が進んでいるので、東京一極集中問題を解消することができれば(COVID-19の影響で少しは解消するという希望的観測も)、都市(人が集まって住んでいる市街地)を平面的に拡大しなくても、市街地の密度を低くすることができるかも知れない。そうなると、最近多くの自治体が目指している、市街地(市街化区域)内の拠点及びその周辺に都市機能や居住を誘導する「コンパクト・プラス・ネットワーク」型都市構造には、慎重になるべきだと思う。集約型都市構造は、効率的な公共施設・サービスの提供や自動車に頼る必要がない市街地の整備(これは環境負荷の低減、超高齢社会への対応、社会的公正の確保につながる)、街なかライフスタイルの復活という面では優れていても、密度が高すぎるとCOVID-19等の感染拡大に寄与してしまう。そもそも拡大・拡散してしまった都市を集約型都市構造に再編することは難しく、約5年前に立地適正化計画制度ができたが、この短期間では効果が現れていなかった。都市によっては、一度掲げた「コンパクト・プラス・ネットワーク」型の都市像をこの機会に再考した方が良いのかも知れない。
3.メガシティ東京の問題
東京の場合(特に徒歩・自転車・公共交通で生活している地域の場合)、人々は緊急事態宣言で郊外から都心やその他の拠点へ、あるいは行楽地へ行けなくなると最低限の買い物や健康維持のためには外出するので、身近な生活圏内の商店街や公園がどうしても密集状態になってしまう。私もそうだが、完全自宅勤務(通勤なし・出張なし・学外の用事もなし)になると、居住地の中野区内からわざわざ新宿駅や東京駅の方面に行く必要はなく、徒歩・自転車圏内で生活することになる。もともと密集市街地だということもあるが(通勤や出張時の利便性、アフォーダビリティ、ライフスタイルを勘案して賃貸タウンハウスに住んでいる)、新宿駅周辺はガラガラでも生活圏内は人が密集している。私の場合、自宅勤務ができる職種なので、毎日職場に行く必要がなくなれば、空洞化が進行していて住居費が安い遠郊外の住宅地に住んでも不便はない(もちろん家族の意向や環境負荷の低減、求める生活の質との兼ね合いは課題)。その場合、残念ながら、東京-名古屋40分のスーパー・メガリージョンができても、東京と名古屋を頻繁に行き来する夢はなくなる。一方で、都心やその他の拠点に職場があり、かつ、自宅勤務できない職種もあることを忘れてはいけない。
いずれにせよ、日本の都市の場合、環境と人間社会の共生、水循環の健全化、生物多様性の確保、低炭素・脱炭素社会の実現、食糧の確保等のために都市の平面的な拡大を防止する努力は続けつつ(なかなか防止できないのが現状だが)、市街地内の密度配置やオープンスペースの配置については、大いに再考の余地がある。「どこにどのように住むのか?」(ちなみに、これは中止になった某学会大会で議論しようと思っていたテーマ)について、人々の選択が変われば、目指すべき都市構造も変わる。
4.市街地の密度と社会的格差、外出せざるを得ない様々な状況
市街地の密度については、物理的環境のみならず社会的環境にも深く踏み込んだ議論が必要である。表面的には密度の高い市街地でCOVID-19の感染拡大が進んでいて、それが集約型都市構造やニューアーバニズムを提唱するプランナーへの批判につながる。しかし、北米都市の記事(4)(5)を読むと、市街地の密度だけが問題なのではなく(むしろ、密度の高い市街地はこれまで人々の健康増進、寿命延長、交通事故削減、犯罪防止等に寄与してきたので肯定的に捉えている)、社会的格差の問題も大きいとの専門家の指摘がある。一般に、COVID-19感染のホットスポットは、自宅勤務ができるような職種・収入の人々が住んでいる高密度な都心高級マンションよりも、通勤しなければならない仕事(自宅勤務できない仕事)に就きかつ自動車ではなく公共交通で移動しなければならない人々が住むより低密度な市街地で発生する傾向があるとのことである。もともと、北米都市の研究には空間的に顕在化する社会的格差の問題を扱ったものが多いが、今回も例外ではない。
日本でも、こういった社会的格差は無視できなくなっているし、同じオフィスワーカーでも自宅勤務が進む会社とそうでない会社があり雇用形態にもよる。また、COVID-19対応の最前線で戦ってくださっている医療関係者の方々、私たちの生活を支える様々な社会インフラを止めずに動かしてくださっている方々、様々な対応に追われる行政の方々など、エッセンシャルワーカーも大勢いる。単純に市街地の密度だけでなく、外出せざるを得ない様々な状況を理解する必要がある。
5.市街地環境の改善と新しいライフスタイル・都市像
世界的にWithCOVID-19・PostCOVID-19時代の都市や都市計画のあり方に関する意見交換や、市街地環境の改善に向けた提案や取り組みが始まっている。中長期的には、人間の生存に必要な水・食糧・住まい・医療といったコアサービスへの公平なアクセス、安全・安心で快適な住まいや公共空間の提供、緑・水への統合的アプローチ(人々の健康の向上、水循環の健全化・雨水マネジメント、気候変動の緩和・適応戦略をサポートするグレイ・グリーン・ブルーインフラを統合したアプローチ)、都市・国土の一体的なプランニング、精度の高いデータの整備などが必要だと言われている(6)。
最後のデータ整備と関係するのが、現在進めている都市システムデザインの研究だ。都市の環境負荷低減・気候変動適応やスマート化の動きに対応するために、従来の都市デザインの方法とビッグデータ、AI、IoTを活用したデータ解析・シミュレーションの方法の融合を目指す。
公共空間については、既にタクティカル・アプローチが進んでいる。既成市街地に新たに公園を整備することは無理なので、COVID-19の影響により自動車交通量が減った道路に簡単に手を加え、健康維持や物理的距離(physical distance)確保のために需要が急に増えた歩行者・自転車のための空間を確保しようとする取り組みである(7)。より具体的には、道路の自動車通行禁止と歩行者・自転車への開放(全面または一部)、住宅地内道路の歩行者・自転車への開放(自動車は居住者のみ)、道路のシェア空間化、暫定的な自転車レーン、歩行者用信号の優先制御などがある。ニュージランド政府は、人々の物理的距離を確保するための暫定的な歩道拡幅や自転車レーン設置に手厚い補助を提供するとのことである(8)。
ミラノ市やパリ市は、ロックダウン終了後には自動車のための道路空間を歩行者や自転車のための空間に変える方針を発表している(9)(10)。それから、パリ市長はCOVID-19パンデミックの前に、徒歩または自転車で15分圏内に職場や買い物先も含め生活に必要なものがある「15分都市」構想を打ち出していた(11)。自動車への過度な依存による大気汚染や気候変動への対応として"Ecological Transformation of the City"と説明されていたが、身近な生活圏が重要となるWithCOVID-19・PostCOVID-19時代に相応しい都市像でもあると思う。ところで、名古屋市は、私も策定に参加した2011年の都市計画マスタープランで歩いて暮らせる「駅そば生活圏」のコンセプトを掲げており、目指すところは同じである。
公共交通指向型開発(TOD)の研究でも、新宿・渋谷といった巨大TODだけでなく、生活圏内のTODの重要性にも着目したい。必要な都市機能を備えるとともに、過密にならないようオープンスペースを配置し、周辺の住宅地からそこまでの街路環境やモビリティを考えなければならない。
昨年度から東京都のプロジェクトとして取り組んでいる「新しい『緑農住』まちづくり」の研究では、十分な都市基盤が整備されないまま成長時代に形成され、宅地と農地が混在しているスプロール地区を現代的に再評価し、縮退時代の新しい緑農住複合市街地の計画とデザインを検討している。WithCOVID-19・PostCOVID-19時代には、様々なエコロジカルサービスを有する都市農地の重要性がさらに高まると考えられるし、やはり、スプロール市街地が密集市街地になってしまうのでは困る。
最後に、エコディストリクトの研究は、こうした既成市街地の環境改善を多様な主体の参加の下で進める際の内容及びプロセスの枠組みを理解し、その適用を検討するものである。持続可能性の環境的側面を重視する初期の枠組みから、社会・経済的側面をも対象とするものへと進化し、PROTOCOL(共通言語/ガイドライン)も公開されており、汎用性が高いので注目している。
参考ウェブサイト
(1)毎小 ニュース 科学 ウイルス 人間が新たなすみかに? 野生動物がすむ環境を守ろう
https://mainichi.jp/articles/20200323/kei/00s/00s/016000c
(2)株主資本主義への反乱が始まった チャタムハウスのトップが説く、次のモデル(世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)での議論から)
https://globe.asahi.com/article/13070945
(3)COVID-19: Dress Rehearsal for the Climate Crisis
https://medium.com/@laura_10679/covid-19-dress-rehearsal-for-the-climate-crisis-ec4aae11c750
(4)Density Has Saved Lives in New York City - and Can Do So Again
https://www.citylab.com/perspective/2020/04/coronavirus-urban-density-nyc-safe-city-public-health/610471/
(5)'Idiocy of our current urban systems': inequality, not high-density cities, to blame for COVID-19's spread
https://www.cbc.ca/radio/spark/idiocy-of-our-current-urban-systems-inequality-not-high-density-cities-to-blame-for-covid-19-s-spread-1.5544528
(6)How Will COVID-19 Affect Urban Planning?
https://thecityfix.com/blog/will-covid-19-affect-urban-planning-rogier-van-den-berg/
(7)Let’s Not Overthink This: Opening Streets is Easy, Says Urban Planner Mike Lydon
https://usa.streetsblog.org/2020/04/16/lets-not-overthink-this-opening-streets-is-easy-says-urban-planner-mike-lydon/
(8)New Zealand to fund 'pop-up' bike lanes, sidewalk widening amid pandemic
https://www.smartcitiesdive.com/news/new-zealand-fund-tactical-urbanism-solutions-coronavirus-pandemic/
(9)Milan announces ambitious scheme to reduce car use after lockdown
https://www.theguardian.com/world/2020/apr/21/milan-seeks-to-prevent-post-crisis-return-of-traffic-pollution
(10)Paris To Create 650 Kilometers Of Post-Lockdown Cycleways
https://www.forbes.com/sites/carltonreid/2020/04/22/paris-to-create-650-kilometers-of-pop-up-corona-cycleways-for-post-lockdown-travel/
(11)Every Street In Paris To Be Cycle-Friendly By 2024, Promises Mayor
https://www.forbes.com/sites/carltonreid/2020/01/21/phasing-out-cars-key-to-paris-mayors-plans-for-15-minute-city/