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No.9|COVID-19と都市の密度

1.CHPCレポート「ニューヨーク市における密度とCOVID-19」

 ニューヨーク市の住宅やプランニング方針に関わる研究・教育に取り組む非営利団体Citizens Housing & Planning Council(CHPC)が「ニューヨーク市における密度とCOVID-19(Density & COVID-19 in NYC)」というレポートを出している。COVID-19のホットスポットになってしまったニューヨーク市を巡っては、その高い密度が問題だと短絡的に指摘する発言が見られるが、その「密度」について丁寧に分析・考察し、未解明の課題を整理したものである。レポートは、次の事実の提示から始まる。

・世界の多くの高密度都市(村山注:ここで言う密度とは居住人口の密度、東京も含む)のCOVID-19感染者数・死亡者数はニューヨーク市のそれと比べて圧倒的に少ない。また、人口当たりの感染者数・死亡者数を見ると、ニューヨーク市よりも多い田舎の地域がある。
・ニューヨーク市の周りの5つの郡の居住人口密度はニューヨーク市のそれよりもだいぶ低いが、人口当たりの感染者数はニューヨーク市のそれよりも高い。
・ニューヨーク市内でも居住人口密度と感染者数は比例の関係にない。

 このレポートで最も注目すべきなのは「密度とは何か」を分かりやすく解説した4ページ目である。「密度」には4つの側面があり、それぞれの高低とCOVID-19感染拡大の関係を分析した上で感染拡大防止策を考える必要があることを再認識させてくれる。

(1)居住人口密度(Residential Population Density):都市計画や様々な政策を検討するためによく使用される単位面積当たりに居住する人口
(2)内部居住密度(Internal Residential Density):ある住宅に定員を超過して多くの人々が居住する状況
(3)施設居住密度(Institutional Settings Density):ホームレス・シェルター、刑務所、老人ホームなど共用の空間や施設に多くの人々が集住する状況
(4)公共空間・職場密度(Public Spaces & Workplace Density):多くの人々が共用空間で働いたり、スーパーマーケット、地下鉄車両、ジム、礼拝所などの公共空間を共用する状況

 このうちの「(1)居住人口密度」について分析・考察したのがこのレポートで、その結果の概要は冒頭で紹介した通りである。ニューヨーク市内については、8ページ目の図2・図3の通り、Zip Code(郵便番号)単位で居住人口密度とCOVID-19感染者数が集計・提示されている。これを見ると、居住人口密度が高い地区で感染者数が多く居住人口密度が低い地区で感染者数が少ないのではなく、居住人口密度が低くても感染者数が多い地区が存在することが分かる。

 実は研究室の有志で、これに似たような分析を東京の一都三県を対象に進めているが、COVID-19感染者数については居住地ベースの自治体単位のデータしか入手できておらず、また、ニューヨーク市に比べれば格段に感染者数が少ないので、なかなか考察が進まない。このレポートの6ページ目に、ニューヨーク市と他のグローバル都市(ソウル、香港、サンフランシスコ)の居住人口密度とCOVID-19感染者数の比較表があるが、東京についても、一応、データをまとめておきたいと思っている。

 「(2)内部居住密度」は、住宅内の"overcrowding(密集・過密)"の問題だが、そのような住宅の割合とCOVID-19感染者数の間には弱い正の相関関係があるようである。「(3)施設居住密度」については、断片的な感染事例のデータが掲載されている。「(4)公共空間・職場密度」についてはなかなかデータがないとのこと。

 このレポートから分かるのは、COVID-19拡大感染の原因は単純な「(1)居住人口密度」ではないこと、その他3つの「密度」についてはデータが限られているので不明なこと。また、東京でなぜ感染者数が少ないのかの説明も期待されていることが分かった。これについては、当然、都市の物的環境の問題だけではないので、様々な分野の専門家との議論が必要だ。

2.「密度」から身の回りのことを改めて考える

 上記のレポートにある「密度」の4つの側面は、身の回りのことを考える際の分かりやすい枠組みだと思う。私自身、「(1)居住人口密度」の高い東京都中野区の密集市街地内にある築15年ほどの賃貸タウンハウスに住んでいるが、家の南側に道路と河川のオープンスペースがあるせいか、日照や通風もよく、家とその周辺の環境にはあまり問題を感じていない。もちろん、密集市街地かつ河川沿いということで、災害危険度は低くないが、それなりの対策が施されている。また、念のため書いておくが「(2)内部居住密度」の問題もない。

 今回のCOVID-19感染拡大に伴う自宅中心の生活で気になったのは、いずれも「(4)公共空間」におけるフィジカル・ディスタンスの確保に関わることで、日常生活で使う商店街やスーパーマーケットのヒトとモノの密度が高いこと、家の前の道路が散歩やジョギングをする人で混雑したこと(ちょうど天気が良い季節だったこともあるだろう)、公園も混雑したことである。私自身、3月下旬から公共交通機関には乗らず、すっかり徒歩・自転車・(たまに自動車)生活になり、駅前の居酒屋やレストランには行かず、毎日家で家族と食事をしているが、これも高密度なあるいは混雑した「(4)公共空間」を避けた結果である。経済回復のためにも「(4)公共空間」の高密度や混雑を解消することが望ましいが、平面的な空間に余裕のない低層高密の市街地だとなかなか難しい。(逆に、高層高密・低建蔽率のタワーマンションの街あるいはもっと密度の低い集合住宅地の暮らしについても実感を聞いてみたい。私からすると、少なくとも屋外の公共空間は広々としていて羨ましい。)いずれにせよ、身近な生活環境とその再生を考える良い機会となっている。個人的には、適度なフィジカル・ディスタンスを確保しながら集まることができる拠点的空間(駅を中心とする複合市街地)、自宅中心の生活で健康を維持するための快適な道路・公園のネットワークなどができると、生活の質が格段に上がりそうである。

 関連して、国土交通省が「新型コロナウイルス感染症の影響に対応するための沿道飲食店等の路上利用に伴う道路占用の取扱いについて」を発表した。この辺は泉山先生が詳しい。この取り扱いは、とても良いことだが、道路幅員が狭い密集市街地内の商店街でどこまでできるかはチャレンジだと思う。また、ソトノバ・ラジオでもお話したが、最近、都内の自転車レーンの整備が進んでいて、これも、いろいろと課題はあるものの、良い傾向だと思う。

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 一方、私の職場である大学は、「(4)公共空間・職場密度」と(厳密には居住ではないが)「(3)施設居住密度」が問題になる。大学の活動制限指針のレベルは少しずつ下がっていくが、しばらくはオンライン授業が続き、研究室が使用している各部屋の定員も25%から50%で運用する。フィールド調査も各種要件を満たすものでないと認められない。

 私自身の今の職場は、寝室の角に整備したワークスペースである。徐々に研究室に行ける状況になってきたので、利用時間は少しは減ると思うが、COVID-19パンデミック前のようにノート型Mac1つで自宅内ノマドワークをするわけには行かず、「暫定利用」として認めてもらったワークスペースは、なし崩し的に「恒久利用」となるか、リビングルームに移転するかのどちらかだと思う。趣味の自転車の置き場のこともあるので、書斎が持てるもっと広い家に引っ越すことも時々考えるが、子どもたちの学校のことを考えると同じ地区内で探すことになり、となるとアフォーダブルではない。やはり、もともと今の時期に引っ越すことは想定していないので、COVID-19パンデミックを契機に簡単に居住地を変えることはできない。ということで、今の家でDIYリフォーム(と言っても賃貸なので派手にはできない)を楽しむこととしている。ただ、子どもたちが独立して次の住まいを考えるときには、今回の経験やWith/Post COVID-19の社会環境変化が大きく影響するように思う。

3.ローカル経済の再生

 COVID-19パンデミックで大きな負の影響を受けてしまったのが、飲食店や各種サービスを中心とするローカル経済である。私も自宅中心の生活だが、あまりローカル経済に貢献できていない。一昨日、以前EcoDistricts Summitでお会いしたAdam Beck氏(現在はExecutive Director, Smart Cities Council Australia New Zealand)によるRob Bennett氏(CEO, EcoDistricts、ポートランド在住)へのインタビュー動画を視聴した。テーマはCOVID-19パンデミックからの経済回復。地区(District/Neighborhood)からの視点がBennett氏らしい。

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 お話を聞いて、私なりに整理したポイントは次の通り。
・パンデミックの影響には地区間の格差があり、これには人種差別や貧困の問題も深く関係している。COVID-19感染者のデータはZip Code(郵便番号)単位で存在し、これを分析することができる。
・ポートランドは、高密度なニューヨークとは異なり、中密度であることで良かった面がある。
・人々は感染症を避けるために密度の低い郊外に移住するとの見方があるが、人間は社会的なつながり、リアルなコミュケーション、様々な資本の集積、活気を求める動物なので、そう単純ではない。そもそも、世界を見渡せば、密度の高い都市でもCOVID-19感染拡大をコントロールできているところもあるので、COVID-19感染拡大と都市の密度の関係については分析が必要。
・ディスタンシングのため、歩道を拡幅したり自転車レーンを設置したりする取り組みが進んでいる。10年前はパークレットが流行ったが、これが歩道拡幅につながっている。緑道を整備する動きもある。
・パンデミックからの経済回復では、ローカル・ビジネスの再生が重要。幸いポートランドはローカル経済が強く、今は人々は旅行に使っていたお金をローカル経済に回すことができる。
・より思慮深く、親切に、謙虚に、協働的に。

4.おわりに

 With/Post COVID-19の都市について議論する機会が増えてきたが、都市の「密度」については、CHPCレポートが分かりやすく解説しているように「密度」の様々な側面を見る必要がある。短絡的に居住人口密度が高い都市を批判するのではなく、人間は集まることを求める動物であることを前提に、COVID-19やこれから発生するかも知れない別の感染症の感染拡大を防ぐためのフィジカル・ディスタンスの確保に取り組み、それを支える建物や公共空間のリ・デザインを行うことが短期的には求められるし、既にその動きがある。中長期的には、人々のライフスタイルやワークスタイルがCOVID-19パンデミックを契機に本来求めていた方向に変化している部分もあり(在宅勤務、オンライン会議、満員電車の回避、家族との時間の増大など)、これは居住地の選択や日常生活空間さらには都市・国土構造への要求にも多少なりとも影響を及ぼすので、それを的確に捉え、対応する必要があるように思う。もちろん、COVID-19以外の様々な課題やリスク、技術開発等にも気を配りながら。

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