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続~蟻を飼っている
前に、蘭の鉢に蟻が数匹だけ取り残されて暮らしていて、それが徐々に減っているという話を書いたことがある。冬の間、家の中に鉢を入れていたので、部屋を時々一匹の蟻がちょこちょこと動き回っていた。
なかなか感傷的な文章だ。
そんなわけで(どんなわけだ)、春になったので鉢を外へ出した。今年は蘭が異様にたくさん咲いた。実はいまも花芽を付けている。大丈夫かいな。
で、上の記事にも書いているのだが、とにかく蘭というのは、鉢の隅が好きで、ちょっとずつちょっとずつ端の方へ移動する。植物がどうやって移動するのか? と思われるかもしれないが、蘭はバルブという1つ1つ茎のようなものを伸ばし、それが毎年枯れては新しいバルブに生え替わる。その新しいバルブが端の方にできるのだ。左側に新しくできれば次の年には右側にできればいいのだが、そういうことはなく、左に移動を始めると、ひたすら左へ左へとバルブができていく。この蘭の鉢を最後に入れ替えたのはいつだろう? とにかく、めちゃめちゃ端に寄っていた。僕のベッドはダブルだが、ほとんど右端で寝ている。残りのスペースいらんのちゃうやろか。
てなわけで、今年は蘭の植え替えをしよう! 参考にしたのはこちらの動画。
蘭は土ではなく、水苔というものを使う。中南米産の天然の水苔を売っている。早速DIYへ行って、水苔を購入、植え替え開始。
ずぼっと鉢から水苔を抜く。すると、鉢底に黒い生き物がうごめいている。
蟻だ。
おお!! 生きていたか。
「うごめいている」と書いた。「蠢く」。
つまり、複数いるのだ。
と、さらに上の方に目をやると……。
!!!!
めっちゃいる。大量にいる。うじゃうじゃいる。
白いものをくわえたものもいる。幼虫だ。いきなり住み処をひっくり返されてあたふたしている。
と、一匹の、明らかに他とは違う、1.5cmくらいはあろうかというラスボス的蟻が登場。
★全然話は変わるけれど、「と」という”接続詞”を2回使用している。近すぎて不細工な気もするが、「と」以外でつなぐと変な感じがする。この点については髙谷由貴氏が2021年の日本文法学会の大会で発表されている。
女王蟻である。
女王蟻。このすべての蟻を産んだ、この巣の長。
感激的なデカさ。
ほとんどいなくなったと思っていた鉢の中では、静かに静かに、力強く蟻の社会が形成されていた。その数、ざっと数百匹から千匹くらいはいただろうか。
古くなった水苔を取り除き、そこにくっついてはぐれてしまった蟻たちを元に戻してやり、植え替え完了。彼女たち(蟻は基本すべて雌)の活動が蘭に悪影響を及ぼしていることはなさそうだし、むしろたくさん花が咲いたことは彼女たちの何らかの働きか? とも思うのだが、とにかく蟻は生きていた。
その後、外に出したあと、蟻の姿をほとんど見なくなった。よもや、ひっくり返したことでダメージを受けて死滅したか? と思っていたが、昨日あたりからちょこちょこと姿を見るようになった。ほ。
どうも、蘭の鉢だけでは手狭になったらしく、50cmくらい離れたところに置いてある、バジルの植木鉢に出入りするようになった。引っ越したというよりは、巣を拡げたようである。鉢の底から出入りしている。この冬にも蘭は室内に入れますよ? そのときには本当のはぐれ組ができてしまうが、それはまあ仕方ない。
今朝起きてみると、一匹の蟻が、梅の木から落ちたのだと思われる毛虫? 蛾の幼虫と思われるものを生きたまま引きずって巣へ持って行こうとしていた。毛虫も必死の抵抗を試みるが、蟻の執念はすさまじくて、なかなかの死闘である。しばらくすると、通りがかった別の蟻がヘルプに入り、勝敗は決したようである。巣まで運び込むところを見たかったのだが、きりがないのでやめた。
都会のマンションのベランダでも、このような豊かな(とは言えないまでも)生態系のようなものを垣間見ることができる。ほっておくと昆虫はどこからかやってきて、害虫も農薬を使わずに対処していると、その害虫の天敵がやってきて、また豊かになるのだそうな。
それにしても、あんなにたくさんの家族を養うにはいかにもベランダの世界は食糧不足に見える。けれど、何らかの方法で彼女たちは栄養を摂って繁栄している。人間の目に見えない世界があるのだろうね。
そういえば、この本、面白そうで買って置いてある。次はこれを読むとしよう。