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君を想う(下)

 入院してから半月が経った。
 その間にも裕紀くんから何度も連絡があったけど、一度も電話は取らなかったし、メールも返さなかった。
 お母さんからは、実家に裕紀くんが来て私の居場所を教えてほしいと土下座までしていったことと、それでも両親が私の我儘を尊重してくれたことを聞いた。
 入院したことで張り詰めていた糸が切れたのか、この半月で私は一気に食欲が落ち、体重が落ちて、病人らしい病人になった。人ってこんなに短期間で弱れるものなのかといっそ感心した。
 裕紀くんと一緒にいた時は楽しかったなあ。
 体の調子が悪いのはよくあることだと放置してしまったことは私の落ち度だ。多少の痛みも、裕紀くんが心配してくれるのをよそに無視してしまった。今となっては後悔しかないけれど、どうしようもない。
「体調はねえ、よくはないかな」
「よくなるように努力しなさいよ」
「無茶言うなあ」
 親友から電話がきたのはそうして気持ちが弱ってきている時だった。
 家を出た前日付けで退職した私の元職場は、夕方の中高生が来る前の時間帯に交代でご飯休憩をとる。
「私の今日の晩ご飯は天ぷらそばよ。美味しそうでしょう」
「私はお粥だったよ」
「お粥、食べられたっけ」
「味覚が変わったのかなあ。最近は薄味で柔らかいものが美味しいの」
 どうでもいい話をしているだけで心が和らぐ。こういう時間を持てるのは本当にありがたいことだ。
「香保は……って、あ!」
 電話の向こうで親友が突然慌てた声を出して、少しの間ざわざわと人の話し声が聞こえた。
「どうしたの」
「……香保?」
 そして次に鮮明に聞こえた声は、一番聞きたくて、一番聞きたくない声だった。
「……裕紀くん?」
「香保、どこにいるの」
 ああ、降参だ。神様はどこまでも意地悪で、どこまでも愛おしい。
 裕紀くんと話をして、彼が仕事の帰りに毎日私の元職場に通っていたことを知った。
「もしかしたら香保が顔を出すかもしれないと思って。そうしたら香保の名前を呼んでる人がいたから思わず……」
 普段知らない人に声をかけたりしない彼が、電話中の女性に声をかけるほど切羽詰まっていたのだと知らされて、そんな場合でもないのに胸がときめいた。私は愛されていた。今でも、痛いほど愛されていた。
 この日は面会時間を過ぎていたから、翌日に会う約束をした。
「香保、逃げないでね」
「もう逃げないよ」
 翌日、裕紀くんが来るまでの間に詰所で無理を言ってお化粧をしてもらうことにした。「夫が来るので」と言ったら看護師さんたちはきゃあきゃあ言いながらも自分のお化粧道具を持ち出してくれた。
 朝ご飯の前にお化粧をしてもらったら、少し食欲が出て、お粥と煮魚を少し食べることができた。
 そうして面会時間になってすぐ、私服姿の裕紀くんが現れた。
「仕事はどうしたの」
「今日の僕は急に風邪を引いたんだ」
「そういうのをずる休みって言うのよ」
 二人でくすくす笑い合って、目が合うと、裕紀くんは急に真顔になって私の手に触れた。
「香保はずるい。全部自分で何とかしようとする」
 そして、初めて見せる複雑そうな表情で、以前より細くなった私の体を抱きしめた。
「頼むから、僕と一緒に生きるための努力をしてくれ」
 かすれた声で言う彼に、私は何度も何度も頷いた。
 その日一日、面会時間いっぱいまでこれまでのことやこれからのこと、いろんな話をした。お昼ご飯を持ってきてくれた看護助手さんに冷やかされたりもした。
 ご飯を食べている途中、あまりにも見つめてくるから「あなたの中では可愛いままの私でいたかったのに」とむくれて見せると、裕紀くんは「香保はいつだって世界で一番可愛い」と照れた表情で笑った。


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