服
服は自分を表すためのものだと思っている。その言葉を聞いた時、なるほどなとしか思わなかったが、ふと反芻しているうちに、ああなるほどなに変わった。その言葉を聞いたのはデザインの専門学校で新しく出会った高校を卒業したばかりの18歳の男の子で、18歳にして自分の意思を明確に持ち、それを表現しているのでやっぱり東京はすごいと感じた。服を意思を持って着ることと変に周りの目を引いてモテようと安易に適当な流行に則って着ることでは全く意味が違うし、生き方そのものの芯があるか無いかのの違いでもあると思う。服に自分の意思を持って着ていることは、ファッションの着こなしどうのこうのなんかでなくて、もっと高度な人間の営みにも思えてくる。やってることがかっこいい。18歳。
ファッションというのは思考を示すものである。あるファッションが生まれる。するとそれらを外から見た人がかっこいいと思って、安易にまねをする。しかし、そこには何の尊敬も思考も存在しない。ただの安直なコピーである。ファッション雑誌で特集され、それを見た人が中途半端に取り入れ、街には誤ったコピーがはびこっている。もっと意思を持ち、こだわりを持ち、考え、生きるべきである。ユニクロは服について思考を停止した人向けにちょうどいい服を提供する会社だが、そういった甘やかすような会社が存在すると余計に生活者側の頭は思考を停止してしまい、考えることが無くなる。人間を構成する衣食住。それらを考え生活せずに甘ったれてどんな人生を送るのだろうか。プチプラなんて言葉が流行っているのはこの時代の浅はかな生活習慣を表す事例だと感じる。
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