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神保町で買ったゲームブックがめっちゃ本格派だった話

 

 上京してきて一年目の秋、初めて行った神保町の古書店街でこんな本を買った。小説とRPGが合体したいわゆる「ゲームブック」とよばれるジャンルの本だ。

 書店の棚のなかでもひときわ異彩を放つそいつを一目見た瞬間、「あ、こりゃ買うしかないな」と思った。値札を見たら定価の倍以上の値段が付いているし、メルカリで探してみたら1000円ぐらい安い値段で出品されているのを見つけた。でもそんなことは重要ではなかった。「神保町で本を買う」ことにこそ意義があると思ったからだ。

 そう意気込んで買った割に、僕はこの本を何か月も遊ばないで放置していた。チラッと読んだだけでもあまりに内容が骨太すぎて自分一人では手に余る、と感じてしまっていたからだった。面白そうだけどついつい尻込みしてしまう。そんな状態がしばらく続いていたが、年末年始に実家に帰った際に母、弟と協力して頑張ってプレイしてみたので、当時その様子を書き記しておいた文章を公開する。


付属品たち

 この本の大きな特徴の一つが、この付録たちだ。僕がこの本に対して尻込みしていた理由の一つもこれだ。
 こいつらが具体的にどういうものなのか、順番に説明していこう。



まずはこの正方形に折りたたまれた紙。この状態でだいたいEPレコードのジャケットぐらいのサイズだが、これは19世紀のロンドン市街の地図だ。


表紙にはホームズのありがたいお言葉が刻まれている。

で、これは事件前後の新聞記事のスクラップ。事件に関係あったりなかったりする雑多な内容の記事がたくさん収録されており、この中から解決の糸口になりそうな記事を自力で探す。


この赤い小冊子は19世紀ロンドンの住所録だ。ロンドンじゅうの様々な人物、施設の場所がアルファベット順に収録されており、ここに書かれた住所をもとにどのページを読むかを決めていくという、このゲームブックの進行には必要不可欠な最重要アイテムである。


意気込む母。

 これらのアイテムを机の上にならべて、さぁゲームスタートだ!

 この写真を見ればわかると思うが、地図がそこそこデカい。遊ぶためにはスペースにゆとりのある場所が必要だ。



弟は新聞担当。奥でテレビを見ているのは父。


母は住所録担当、という具合にそれぞれのメンバーの役割を決める(父は不参加)。

 まあ、この役割分担もけっこうすぐにどうでもよくなっていくんだけどね。


『10の怪事件』のタイトル通り、この本にはゲームシナリオが10本収録されているのだが、今回はそのうちの10本目、つまり最後の事件である『名画盗難事件』に挑戦する。
 
 なぜいきなり最後のシナリオから遊ぶことにしたのかというと、「たぶんみんな一本目から順番に挑戦して途中で挫折するだろうから、普段あまり遊ばれることがなさそうなやつからあえて攻めていこう」という母の判断があったからだ。挫折する前提。

 ゲームの流れを大まかに説明すると、まずそれぞれの章の冒頭でホームズの事務所に依頼人がやってきて、事件の概要が説明される。
 
 で、それが済んだらもう早速ロンドンの街に放り出されるので、プレイヤーはさきほどのアイテムたちを頼りに、自分の足で情報を集め、それを精査、整理していかなければならない。

 つまり、マジの犯罪捜査みたいなことを実際にやらされるのだ。


 まずは冒頭の概要説明で依頼人の口から出てきた人名、地名を住所録で調べ、該当するページをひたすら当たっていく。

住所録をあたる母。



 ふつうのゲームブックだとそれぞれのパラグラフ(文章のまとまり)は単純に番号で区切られているが、この本ではその区切りの単位が住所になっているのだ。で、それぞれのパラグラフには対応する住所を訪ねた時に起こる出来事(誰かに会って話を聞いたり、事件が新たな展開を見せたり)が記されており、プレイヤーは例の住所録(ときには地図も)を使ってどのパラグラフを読むか決めていくのだ。


調査の過程で得た情報は写真のように大きな紙に書き留めていく。今回は主に母の担当業務だ。


 例の住所録、さきにも書いた通りこれが無いと捜査を進めることができない超重要アイテムなのだがその割には結構な曲者である。

 なんてったってこの住所録、本当にただの住所録なのだ。ゲーム的に使いやすくデフォルメされているとかそういうことは一切なく、マジで雑多な住所がズラズラズラーっと書き連ねてある。当然、そのほとんどは事件に関係ない住所だ。しかも英語なので、お勉強があまり得意でない我々は終始余計な苦戦を強いられてしまう。


住所録で王立美術館(national gallery)の場所を見つけはしゃぐ一同。

 住所を調べるだけでも結構な作業感がある。たぶん、プレイ時間の2~3割、いや、もっとかな、とにかくそれぐらいの時間は住所録と格闘していたように思う。

 これ、ずっと見てると頭がクラクラしてくるんだよな。


こちらは新聞を調べる弟。

 こっちもまた事件とは直接関係ない記事が大半なのだが、なんの変哲もない記事のなかにときどき「道端で大道芸を披露した男、人だかりによって交通渋滞を引き起こした罪で逮捕」みたいなクセ強めの記事が混じっていたりして捜査が脇道に逸れかけたりする。


捜査の過程で得た情報を時系列順に書き出していく。 デカい紙が必須のゲームなのだ。


 開始からおよそ一時間が経過し、徐々にダメージが蓄積していくメンバーたち。

だんだん飽きてきている弟。

 「てめーら起きろ!」と母から喝を入れられる。


新聞の関係ないページを読み始める弟の図。

 今回参加した3人のなかで、母がいちばん真面目に取り組んでいた。


ロンドンにはワイン商がこんなにたくさんいるのか、と謎の関心を抱く一同。もちろん、捜査には一切関係ない。


 ときには関係者の証言があいまいだったりして、住所録だけでは次に調査すべき場所がわからなかったりする。そんな時は地図の出番だ。

「ブラックフライアーズ通りの近く倉庫」という証言を頼りに地図から住所を割り出す様子。


これがその証言。みんながみんな正確に住所番地を覚えているとは限らないのだ。


 事件に関係しているとみられる人物のもとを訪ねると、すでに焼死体になっていたりする。

どうやら、ひとあし遅かったようだ。


火災について報じた記事。

 口封じが目的の放火とみて間違いないだろう。たかが1枚の絵のためにここまでやるとは、そうとう凶悪な連中である。


 いわゆる物語の流れが書いてある普通のゲームブックとは違って、この本に書かれているのはあくまでも情報だけである。なので、止め時は完全にプレイヤーの判断にゆだねられている。
 
 今回のプレイ時間はおよそ3時間ほどであった。やや調査が甘いところもあったが、ぶっちゃけさっさと終わらせたかったので推理をまとめて答え合わせをする。

こんだけヒントが集まりゃ十分だろ、と改めて手がかりを整理する母。

 ネタバレになるので詳しくは書かないが、結論から言うと黒幕の正体と目的までは突き止めたものの、それ以外の部分の推理はすべて外していた。特に、無実の人物を寄ってたかって名画盗難の実行犯扱いしていたので、探偵としては完全に失格であった。

 あと、最初のほうで冗談のつもりで口にしてみんなでゲラゲラ笑っていた推理(これもネタバレになるので伏せるが、「乱歩だったらこれ犯人のトリックだよね~」みたいなの)が当たっていたのも地味にショックだった。



 事件の答え合わせは袋とじになっており、開けるのがもったいないので隙間から中を覗こうとしたら家族から「絵面が思春期」と爆笑された。確かになんかいかがわしい感じだ。答えを確認してるだけなのに。


袋とじを覗く様子、無駄に4枚も撮られてた。弟め。



 面白かったが、かなり疲れるゲームであった。真相が明らかにされた頃には、冬だったにもかかわらずみんなうっすら汗をかいていたほどだ。

今回のプレイで書いたメモ。カレンダー2枚分の大作となった。



 本作はゲームブックマニアの間では高く評価されているらしく、続編も出ているらしい。そのことを母に教えたら、ものすんごい真顔で「え、いいよ・・・・・・」と言われた。僕も同じ気持ちだった。

 しかし、まだこれと同等の怪事件が9件も残っている。名探偵ホームズの冒険は始まったばかりなので、またいつかいっしょに遊んでくれる人たちが見つかったらチャレンジしてみたい。かも。

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