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Forever as a child
そこは、祈りをとらう森。
数日前、僕は街の片隅にひっそりと佇む一軒家を訪れた。当たると評判の占い師が、そこに住んでいるという。占いなんか信じない、なんて言ってる場合じゃなかった。
とにかく僕は、親友を見つけたかった。ある日突然いなくなったあいつは、とても慎重な奴で。こんな風に消えてしまうような人間じゃない。そのはずだ、きっとなにかに巻き込まれてしまったんだ。
「それで、そのお友だちを探したい、と」
「はい」
とにかく、ゆっくりとした場所だった。占い師なんて他に知らないけれど、あんなに動きのない人は初めてだった。確かに存在して目の前で喋っているのに、まるで人形のようにじっとそこにいる。
いつまでもいたいような、今すぐにでも抜け出したいような、不思議な場所。
「森へ行きなさい」
「…どこの?」
「すぐに分かる。家に帰って身を清めるの。今夜眠りについたら、明らかになる」
要領の得ない会話、だけどそれが答えならばと藁にもすがる思いで足早に帰路に着く。
十五歳になったあいつは、ずっと暗い顔で過ごしていた。心配になって声をかけても、どこか上の空。毎週のように冒険だと出かけていたのも、急にぱたりとやめてしまった。きっとこうやって大人になっていくんだなんて、僕まで寂しい気持ちになったりして。
あと数ヵ月すれば、僕も十五歳。すぐに追い付くんだ。そう思ってあいつの背中を眺めていた。
「僕は、追いかけてばかりだな」
数ヵ月後の僕の誕生日に、親友は消えた。もう二度と追い付けないかもしれない、そんな恐怖を感じながら、でも僕は必死にあいつを追いかけた。
心当たりは全部探した。生まれて初めての絶望感は僕を締め付けて苦しくさせ、とうとう僕は足を止めた。
そうしてたどり着いたのが、あの占い師だった。
「身を清める…日本酒はなんだか酔いそうだし、塩にしよう」
粗塩を入れた風呂につかると、なんだか引き締まる感覚がある。縁のないことだと思っていたあれこれが、今の現実だ。親友は消えた、それが僕の前からだけであることを、切に願う。どこかであの憂鬱そうな顔を引っ提げているのなら、怒ってやらなくちゃ。
風呂から上がって眠りにつくとき、いつもと違ってふわふわした。あぁ、なにも考えられない。そう思ったとき、意識は離れていった。
「…なんだろう」
夢を見ていた、それがなんの夢だったかは思い出せないけど。体が動く。それは自分の意思ではなく、衝動だった。
「行かなくちゃ」
まるで、なにかに導かれるように歩く。知らない場所を、迷いのない足がひたすら動く。少し恐ろしく感じた。自分が、自分じゃないみたいだ。
そしてその森は、急に目の前に現れた。ここが目的地だと、なぜかそう確信していた僕は、ゆっくりと森に入る。
暗くも怖くもなく、むしろ明るく朝露でキラキラと光る木々がとてもきれいで、いつまでも眺めていたいような囚われた気持ちになる。あいつがここにいるのなら、帰りたくなくなるのも分かるかもしれない。
「やあ」
なんの前触れもなく現れた少年は、そう僕らと歳が変わらないように見えた。にっこり笑ってこちらに近づく少年に、少し怖くなる。害はない、大丈夫だ。そう言い聞かせるが、体の奥に芽生えた恐怖は消えなかった。
「君も迷子かい?」
「いや、人を探していて…」
「そう。見つかるといいね」
「あぁ、ありがとう」
あまりに自然に去って行く背中を慌てて振り返ると、その少年はもういなかった。迷子という言葉は、少年のことなのか、それとも僕の親友のことか。
そこで初めて、この森が怖いと思った。人が消える森。そんなことあるはずがないと、でも足はすくんでしまう。止まった体を動かしたのは、親友との幼い約束だった。
“ずっと友だちでいよう”
そうだ、僕はその約束を守りたいんだ。破られることはないと思っていたものは、思いの外もろくて。だけど、諦めはしない。諦めなければ、きっと守られるはずなんだ。
足を進める。もう、怖くはなかった。思い出したんだ、親友が消えたときの決心と覚悟。
僕は、僕の親友を迎えに来たんだ、ここに。
「元気そうだね」
再会した親友は、なんだかとても晴れやかだった。どんな思いで僕がここまで来たのかと、腹立たしくなるくらいに。
「なにしてるんだよ、お前…」
「ごめん。でも、信じてた」
“大人になりたくない”
僕の誕生日の前日、月のない夜にそう願ってしまったそうだ。それからずっと、この森にいた。僕が出会った少年にも会っていて、誰かに迎えにきてもらうといいよと言われたそうだ。ただ、そう言われたところで、自分には誰にも伝えるすべがない。
ただただ、僕を信じていたんだと言った親友は、もう憂鬱には囚われていない。
「お前と一緒に大人になりたい」
「当たり前だろ、約束したじゃないか」
一緒に森を抜ける。
「ここは、祈りをとらう森」
はっきりと聞こえたその声は、大人になることを選んだ僕らを拒絶しているようだった。
振り返ると、少年がたたずんでいる。微かに動いた口は“よかったね”と、そう象ったように見えた。
了