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朝まで君と話がしたい 【Inverted Angel】感想


Talking 君の話を聞かせて
夜明けよ まだ待ってくれ
ダービーフィズの炭酸が抜けていく

Talking / KANA-BOON



 Inverted Angelというゲームの話をしよう。



あなたの恋人を名乗る知らない女性。でも、ただのストーカーにしては色々なことを知りすぎている。 あなたが入力した推理が"だいたいのニュアンス"で判定されるKawaii Future Mysteryです。インターフォン越しに話を合わせながら、あなたの考える彼女の正体に辿り着きましょう。

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 なんだか体がかったるいなか、鬼チャイムを鳴らされまくりインターホンに応答する「あなた」。そこには、君の彼女を自称するゆめかわ系女子が映っていた…。
 これは、彼女との会話を通して疑問に思ったことや知りたいことを質問で投げかけつつ、自分の考えを整理して自分と彼女の関係を推理していくアドベンチャーゲームだ。



オッ!やべえ女だ!


 女の子がのっけからアクセル全開で突っ込んでくるので これだけ聞くと「この子は誰!?誰なの!?怖いよぉ!!!」と取り乱してしまうだろうがこのゲームにはさらに興味深いポイントがある。あなたもあなた自身のことがよくわかっていないのだ。彼女もファンキーでエキセントリックだが、記憶がすっ飛んでいるあたりあなたも大概ヌケてる人物らしい。そういうわけで何かを知っているらしい彼女といったんは話を合わせつつ、相手だけでなく自分の事情も探っていこう。

 このゲームでは要所要所で問いかけが発生し、自分の気になった単語や状況をキーボードで打ち込むことで候補のなかから「なんとなくこれかな」とあなたの方針を解釈してくれる。あとあと重要なワードを問われたりするので、読み返せるように「これは……」と思ったらメモをとったりスクリーンショットを撮ったり話をよく聞いておくといい。あまりにも前の話は消えてしまうがある程度はバックログでも遡れる。
 きみの方針や返答次第では女の子も自分の身の上をもっと話してくれるかもしれない。一見まごうことなき地雷だが彼女にも何か事情があるかもしれないぞ。ジンオウガになりかけているとか。

 まあ、このゲームを紹介するとなるとこんなところだろう。あまり深い情報や先入観を与えて体験を損ないたくない。あなたのふとした疑問からあれよあれよとゴロゴロ話が転がっていく面白いゲームなのでぜひ自分でやってみてくれ。



 さて、ここから先はネタバレがあるので遊んだ後に気が向いたら来てほしい。
 まだプレイしてないなら彼女と会って楽しくお話してくることをおすすめする。こんなところでむくつけき独身男の仏頂面眺めてるより、砂糖菓子みたいに華やかな彼女と会って話したほうがよい。












Over View


 す、すごいゲームを遊んでしまった~~~~~~~~~!!!!


 このゲーム自体、noteでフォローしている人の記事などでどうやら面白いらしいと聞き及んでおり、そういった信頼できる情報筋からの保証を受けていたので自分で遊ぶのが楽しみだった。

 実際に遊んで…う~ん、想像以上だった……。いろんな感情を味わった、というか、「一杯食わされる」という経験をわんこそばみたいに4~5回ホイホイおかわり入れられるようなゲームだったと思う。
 カワイイフューチャーミステリーとの触れ込み通り確かにミステリだなと思う。情報を互いに与えては与えられとゲームとの双方向の対話を通して自分に推理させ、さらに推理の結果に応じて姿を変える可塑性に富んだストーリーを手探りで進む感触は新鮮だった。

 強いて言えば、自分の行動で全てが変わるThe Stanley Parableだとか、自分で言葉を打ち込むGlareシリーズ、捜査の方向性でまるきりシナリオの表情が違う流行り神シリーズといった先駆者もいないことはないのだが、これらのアドベンチャーゲームが持っていた要素をすべて同時に兼ね備えつつとっちらからずにまとめ上げたことで新しいゲーム体験になっていたのは白眉だ。
 従来のADVでありがちな目に見える選択肢を少なめにしてテキストボックスを活用することで、極力自分で進む先を考えさせ、プレイヤーの腕でボートを漕ぎ出す設計になっていたのも本当に面白かった。まったく新しい筋肉を使っているような感覚であったと思う。
 a37先生のキャラデザインは可愛らしく、儚げでいてどこか毒も持っておりプレイヤーを惹きつけてやまない。作中のBGMも場面に合った非常にしっくりくるもので、しかもライターのSCIKA氏が作っているとのことで音楽もでき文も書けるという多才ぶりが羨ましい。激しく嫉妬します(富野由悠季)


 まあ正直面白すぎてすでに評判もいいし、感想もたくさん出てきているので「おれがいまさら書いても他の人とカブるだけなのでは…」と思うのだが、自分なりに遊んだときの感情や気づきの過程をずっと忘れたくないので今回筆を執った。もし誰かの感想と重なってしまっていたら笑って見逃してほしい。



First Role : Chocolate Hideout


 恋人と自称するも、自分の行動を監視しているなどあからさまに不審なところのある女の子。かわいいことにはかわいいが、どう考えても頭から信用してはならないし、まず疑ってかかるべきだろう。甘い甘い言葉は、こちらを誘う毒餌かもしれない……





しかしおれは 頭がデンジだった。


 自分に好意を向けてくる好みのタイプの異性に対し、壊滅的にアホであった。バカヤロー……!恋人って言ってるんだからおれの恋人なんだろ…っ…!そんなっ…人のことなんでも疑っちゃいけねえよ…!!
 とりあえず平静を保ち、「たぶん知っている誰かではあって冗談で恋人と言ってるのかも」と考えることにしたが、彼女を疑うつもりがなさすぎて親切にもゲーム側から違和感を覚えておくように促されやっと我に返る有り様。
 こうして振り返ると危機感がなさすぎる。むかしから胡散臭い宗教の勧誘に「記事のネタになりそう!」と興味本位でついて行った結果、まあまあ怖い目にあったりなど自分でもバカだなと思う瞬間があったが、悪癖がまったく治っていないことを自覚した。好奇心は猫を殺すと言うが、たぶんこのままだとおれはいずれ デートした女に爆殺される。

 そうだな、違和感……。違和感覚えておこう。確かにおかしいところあるもんな……。一回コンビニに買い出しに行ってもらって考えを整理するのか。主人公なかなか冴えてるな。

 いや、この女の子、おれのために買い出しに行ってくれるのか……?そんなに疑いもなく…すんなり……?




えっ おれのコト すんげェ好きじゃん…!!


 もうなんか、アホすぎてWASDのうちASDのキーキャップが外れてどっかに吹っ飛んだ人みたいな前向きっぷりで彼女の行動を受け止めていた。ついでに頭のネジも外れているので、彼女が手ぶらでドアの前にいたことなど気づいてすらいない。

 彼女が好みのド直球だったのがいけない。おれは二次元の好みとして形而上のよくわからん話を滔々としてくる文系の暗い女とか独特の不思議な雰囲気がある女が好きなのだが、三次元では意志が強く 生活能力のしっかりした自立した人が好みだったりする。その両方を二枚抜きしてくるのがいけない。
 おそらく本を読むのが好きなのだろう、さまざまな知識を披露しつつも、趣味の世界に没頭するだけでなく美容院に行くなど対外的な身だしなみにも気を払えるところに感心してしまう。コンビニに買い出しに行くときも、病人に必要なものがスパッと出てくるあたり浮世離れしていない常識的な価値観が醸成されていることが窺える。う~ん、好きだ……。

 自分でも変なツボだと思うが、なにぶん自分がだらしない暮らしぶりなので異性の気の利いたところを見ると憧れを感じてしまう。もし「食洗機にお皿を入れる前に固まった米粒を軽く落としている」とか「自分で将来を考えて資産運用している」とかのマメなエピソードが開示されていたら、おれはデンジを通り越して危うくアナスイになるところだった。


一周目の推理

 さて、おれのクソザコ恋愛観については適当にゴミ捨て場に放り投げてバナナジュースで煮込んでもらうとして、一周目は自分の記憶についてどうしても気になったためそこから追及することにした。

 おれはいわゆる「記憶があいまいなタイプ」の信頼できない語り手の線から疑い始めた。多少頭がハッキリしているならまだしも、自分のことすらおぼつかない人間が相手の言う事を疑っていてはたぶんどこにもたどり着かんだろうという印象がおれには強かった。敵も知らず己も知らないので百戦どころか足元が危うい。前後不覚の病人よりコンビニに買い出し行く程度にはおつむとあんよがしっかりしている女性の話のほうが、怪しいとはいえナンボか地に足ついてるだろうと考えたわけである。

 彼女がただのストーカーにしては自分しか知らないことを知りすぎている、という点もおれの仮説を後押しした。教えてないことを相手が知っているなら、教えた事自体を忘れたのだろうという見方である。また、これについては後述するが、彼女の話に対してことさらに否定に入らない傾聴の姿勢で向き合っていたこともこのルートに入った一因だろう。


 このあたりで結論を決める直前に検索ボックスが出てくるのは、本当に巧みな設計だなと思った。
 このルートを進んだ時点ですでに読者諸氏はわかっているだろうが、おれはここでまんまと主人公の罹患しているとおぼしきウイルスを検索し、果たしてそこに答えがあり「ここに気づいた自分はなかなか鋭いな!」と思いさえした。ヒトは提示された答えよりも自分で調べて掴んだ答えを選びたがるものだ。得てして周到に掴まされていることに気づきもしない。
 ウイルスはあなたと一緒にいられるから羨ましいね、なんて話を振ってここへと誘導してきた他でもない彼女自身が「自分が思っていることは思わされているのかもしれないよ」と丁寧に教えてくれているのだが…

 このゲームでは彼女に思考を誘導されながらお話を楽しむのが正解なのでこれでいいのだが、やはり「絶対症状でググるな!」は真理だな…。現実で病気について調べるなら国と大学と病院のサイトだけ読むか、スッパリよしておくのが賢明だ。得られるものは100通りもの診断とひどい予後!


 ルートが確定してからの大詰めでさらにツイストしてくるのがたまらなく面白い。「記憶をなくした自分」に対して「記憶をなくさせたのは誰で、それはなぜなのか?」という次のテーマをぶつけ、さらにミスリードを誘う材料を開示する。

 部屋においてある作文用紙がホコリを被っているということから、あからさまにこの証拠品がひっかけであり今のものではないのにはすぐ気づいた。ここからDV彼女の存在へと繋げ、目の前の彼女ちゃんとの誤認(そしてバッドエンドへの発展)、「なぜ彼女が自分を忘れさせたのか」へと接続させていったのは非常に美しいシナリオだと思う。
 これまでは「彼女の主張を信じるか信じないか」という自分を守る意味合いでドアを開けるかどうか考えていたところ、180度転換して「猜疑心に負けて刺しに行くのか」と、彼女を守るかどうかの文脈で”ドアを開けますか?”と問うてくるのも舌を巻く。



Showdown

 いよいよ物語も佳境。彼女との舌戦は避けられぬものとなり、自分と相手の関係を言い当てる大舞台に立つこととなる。3ストライクでバッターアウトの正念場だ。おれはロジンバッグをお手玉し、言葉のバットを握りしめて打席に入った。

 第一問の作文用紙がいま無関係であるということについては、ホコリというわかりやすいヒントがあったのでイージーだった。
 …まあ、いくらトラウマでもそんな昔のオンナとの禍々しい思い出を今の彼女に見えるリビングに置いとくなよとは思うが…。おれがもし女の子の立場で付き合ってる彼氏の部屋にこんな一生一緒エンゲージリング級の呪物が置いてあったら 冷静に今後の将来設計を再検討する。

 別の意味で危ない配球だったが、ボール球をしっかり見極めて、彼女からの第二球を待ち構える。




コッ… コラ~~~~~~~~!!!!!!


 おれは存外ロマンティックな男なので、経口感染という条件から「先にミラウイルスにかかっていた彼女が快癒したのち、まだ保菌していたときにうっかりKiss…❤でもしちゃったのかな?テレテレ」とか思っていたし、実際あの回答で通ったのでドキドキしていたところ だいぶ恐ろしいスピードのビーンボールが飛んできて おれの顔面にめり込んだ。

 まあ、その……世の中広いので、一部のヤバい人が体液・粉砕した毛髪や爪など 勢い余って手作りのチョコに異物混入させることも、ないことはない……と思うが、ウイルス検体入れちゃいましたはだいぶ迫力がある。チクワにキュウリ入れるのとはワケ違うんだぞ。
 それはもうヤンデレを超えてバイオテロの枠じゃないかな…。ワイは可愛い古書店の店長とかカフェのバリスタとか「わたし気になります!」が口癖の女子高生と過ごすちょっと甘酸っぱい日常ミステリかと思ってたのに 現場ついたら自宅の階段の段数を暗記してるイカれたおっさんが声かけてきたんですが…ってくらいのジャンル変更で いきなり緊張感が漂い始めたで……!



 とはいえ、彼女の見せた乙女心は可愛らしかった。
 ミラウイルスの感染で彼女を忘れたことに関してストックホルム症候群の話を拾ってくるのもまた味がある。彼女がわざわざあのときあんな話をしたのは、なまじ主人公の生殺与奪を握ってしまっているせいで「本当の愛ではなくただの依存からくる一時的な好意を抱かれただけなんじゃないか」という不安があったわけだ。
 しかしミラウイルスで彼女を忘れたことでこの愛が本物であると証明され、複雑な心境ながら喜びをあらわにする。かわいいね



 すべての真相が明らかにされ、彼女の素性がわかったときは「やった!」と勝利を実感したと同時に自分を見透かされているようでゾクッとした。おれも彼女と同じく心理学を志していた時期があり、カウンセラーというワードが出てきたことで己の経歴をピタリと言い当てられたかのような冷や汗をかいた。まるでこのルートに入ることにある種の見えない意思や力が働いていたかのような符合で 驚きを感じざるを得ない。
 よく考えてみれば、ある種のミラーマッチであったような気もする。彼女の信条である「相手の考えを聞く」「自由意志を尊重する」といったスタンスは、まさしく傾聴の姿勢そのものだ。おれたちは互いに互いをカウンセリングしあっていたのかもしれない。

 ちなみに彼女が「カウンセラーとしては恋愛関係になるのはアカン」と言っていたのは思わず笑ってしまった。まさしくその通りで、精神科医や臨床心理士はクライアントの心の奥深くまで立ち入れるため、転移といって対象の恋愛感情を惹起してしまうことがある。治療の上で当然よくないので相手との距離を慎重に測らねばならない。それはクライアントを守るためでもあるし、相手に肩入れしすぎて自分が潰れてしまわないための方策でもある。カウンセラーであるがために相手の心に入り込めてしまった、ということも、彼女ちゃんが生活の介助の件とあわせて彼との関係に自信を持てなかった原因のひとつなのかもしれない。
 まあ、おれはそんなに気にする必要ないと思いますけどね。一途に彼を愛してるんだし…。歴史上にはクライアントの女性と何股も不倫してるヤバい精神科医とかいたんで全然マシだと思いますよ。ユングっていうおじさんなんですけど…。


 読み終わってみて本当に美しいエンディングだったと思う。彼女ちゃんの人間性がステキだというほかにも、プレイヤーが感じた「なぜ」への答え合わせも丁寧で、投げたボールにしっかりと応答があった。

 こんなにキレイな終わり方なので、きっと素晴らしい日々が続いていくに違いない。
 ……彼女ちゃんは明日ミラウイルスの症状が治癒し彼が記憶を取り戻したら錯乱するのではと不安をこぼしていたり、何故かペットボトルが開栓されていたり、彼女の言葉である「ゆっくりお話しようよ、昨日よりも明後日のことを」は明日が飛んでいて まるで過去を消して将来を良くするためならいっとき明日を犠牲にしても構わない と言っているような気がするが、まあ大丈夫だろう。


 ……大丈夫だよな?




真夜中の俺ちゃん彼女ちゃん

 そんなわけでおれの一回目のエンディングはChocolate Hideoutだった。思ったよりもジットリと紙幅を割き彼女ちゃんへの思いを綴ってしまったため、ここからの珍道中は各エンディングの特に気に入ったところに感想を添えつつダイジェストでお送りする。


Fool on the Sugar Board

おっしゃるとおりです

 Chocolate Hideoutと同じく、自分の記憶が定かではないという点からわりとこの分岐は簡単に思いついた。しかし交換殺人のトリックにまでは思い至らず、最後の最後に度肝を抜かれた良質ミステリでもある。

 このルートにおいて、主人公は呆れるほどのカス男であり、おれも見ていて「ここまでくるともう才能なんじゃないか」と思えたほどであった。一周回って清々しいほどヒモとタラシの天才と言えよう。酒で失敗したり浮気によって生死の境を駆けずり回る情けなさはCatherineのヴィンセントを思い出す。緊張感がありつつも、うだつの上がらないダメ男ぶりが非常に笑えるシナリオだった。
 こんな女の敵との会話はふつうの女性であれば5フレームで打ち切って刺したくなるところであろうが、合鍵を使うのはいったん保留しつつ、プレイヤーが何をしでかしたか思い至るまで待ってくれるあたりに彼女ちゃんの誠実さが垣間見える。他人の話をよく聞いて尊重する姿勢はどのルートでも共通しており、彼女ちゃんの地の性格がいいことを思わせる。

 恋愛観クソザコのアホすぎたせいでおれにとっては本作がほとんど恋愛ゲームに見えていたので、このルートを通じて彼女ちゃんと恋人ではない / ならないという世界もあることに気づき始めたのは、このゲーム全体の狙いを考えるきっかけとなったようにも思う。


 エンディングでは主人公の女癖が少しだけ直っているように見えて微笑ましかった。女性のあしらい方としては「お土産ありがとう!」とだけ媚びへつらってご機嫌をとれば良いのだが、主人公はうっかり口を滑らせてそのへんで買えることを言ってしまう。それがむしろ彼女との間に打算がなくなり本音で喋っている、おれにはそんなふうにも見えた。


Invalid Angel

 次に辿り着いたエンディング。

 一部のこじらせた文芸部員たちからたぶんゲームが始まる前から予想され、そして待ち望まれていただろうエンディング。見事に期待に答えてくれたので嬉しかった。狂うほどに相手から求められるというのは恋人冥利に尽きるとも言える。
 誰とは言わないが、とあるポニーテールの女の子に軟禁されたり壮大な痴話喧嘩をして別れた経験があるので……確かにChocolate Hideoutに出てきたような元カノがいたといえばいたことになるかもしれない。

 ファンサービス的なエンディングとも言えるが、彼女がその気になればこのゲームの根幹を揺るがすこともできるし、プレイヤーが画面の向こうに存在することも理解している、という重要なヒントでもある。つまり、彼女はそのつもりがないので滅多に振るわないが 絶大な力を持っているし、プレイヤーが何度もこのゲームをプレイしていることも認知しているということであり、別ルートの言葉を借りるなら ボードを挟んでプレイヤーと向かい合って座っている対等な指し手だということを示唆している。


Higher Girl Pudding

 カス男ふたたび!

 信頼できない語り手の線を第一に疑ってはいたが、次いで「自分が彼女の言う恋人ではない」「彼女が部屋を間違えたかなんかしている」という往年のアンジャッシュ状態ではないのかとも思っていたので、この落とし所はたぶんあり得るなと思っていたルートだった。カラッと笑えるシナリオで読後感も良い。そういえばアンジャッシュも片方が女性関係でカs……やめよっかこの話!

 FORCE ACCEPTという演出もまたこのゲームの深層を見せるヒントで興味深かった。
 そもそもこのルートにはいくつも明示的な矛盾や無理があり、気づかないふりもできないほどの論理の破綻がある。しかしプレイヤーあなたはそれを強制的に思い込みで上書き実行することができる…という点が尋常ではなく、印象に残る。彼女もふつうではないが、たぶんプレイヤーもふつうではない。
 また、プレイヤーの視点が「住人」から離れることで、このゲームでは必ずしもプレイヤーは特定の誰かに固定されておらず、彼女との関係は恋人に限らず、なおかつ性別も自由……と、いわばアバターを操っている立場だということがよくわかる。

 彼女の言葉もいまこうして見返してみると「ちょっとくらい黒い言葉があっても」という言葉になかなか思うところがある。そうだね。ちょっとくらい濁ったって幸せになれないわけではないんだよ。


刺されんで済んだことに感謝しなはれや!

 別の時空のどっかのアホが刺されかねなかったことを考えると、だいぶ温情のある刑罰である。彼女さんおれが機転きかせてインターホンに出てやったことによくよく感謝するんだな…。
 彼女と自分が何者かが変化する演出と併せて、カスタードプリンの花言葉はノベルゲーム史上に残すべき粋な台詞だと思う。


Scarlet Icecream

ホ…ホギャ……

 非常にハイレベルなサイコスリラーへと発展するルート。一見彼女ちゃん危うしと思いかけるも最後にどんでん返しがあり両者堂々と渡り合う。主人公がハンニバルだと思ったらヒロインもミザリーだったぞ……みたいな頂上決戦が始まり飽きさせない。
 主人公の共感能力の欠如が著しく、「腕さえあればテニスはできるだろう」と絶妙にナナメ45度に外した配慮がいかにもソシオパスらしい。


それはそうなんだけどさ

 「彼女はもしや自分が培養した細胞から誕生したクローン人間なのでは?」など思いついた展開を片っ端から打ち込んでみたがここでかなり行き詰まり、ついには「コンビニの代金払ってねえな…」とかポンコツなことしか言えなくなってきたので非常に悔しいがヒントを検索した(あんまり体験を損なわないように、段階的に手がかりが見られる攻略サイトがあって助かった)。これは完全におれが悪いのだが、自分の頭の中に彼女ちゃんに対する強烈な先入観が居座っており、視野が狭まっているのだと思う。
 確かに言われてみれば彼女ちゃんが煮込みバウムクーヘンを食べているとは誰も立証していないし観測していないので、そこをプレイヤーが解釈する余地はある。

 このルートの彼女ちゃんはパクストン・フェッテル並に倫理観がブッ壊れているのだが、そうはいっても友達を大切に思う気持ちなども察せられ、かなり常識と非常識の間で綱渡りをしていたような印象を受ける。もし研究者先生が培養だけで済ませていたら、常識のたがが外れることなく彼女ちゃんも程々のところで手を打っていたかもしれない。


 化けの皮が剥がれ始めた彼女ちゃんのインモラルなメッセージはなかなかのものがある。逸脱した欲望が混じり合い混線する狂気。彼女にとって恋することは、相手の細胞の核まで味を知ること…。

 食べちゃいたいほど愛してる、ってのは今聞くと笑えない冗談だが、あながちない話でもないかもしれない。
 「人間の脳みそはそれぞれ部位ごとに機能を担当している」という考え方を脳機能局在論というんだが、食欲と性欲はおなじ視床下部がつかさどるとされ、欲求の発生元が非常に近い。また脳から送られた信号が神経で混線するといった現象もしばしば医学誌で発表されており、「性的興奮でなぜかくしゃみが出る」などと身体が命令を取り違えることなどもあったりする。案外おれたちも一歩間違えれば欲望がこじれて、彼女ちゃんのようになることもなくはないのかも…。


ヒョエ~~~~~~~~ッ!!!

 エンディングは彼女ちゃんの凄まじい電波っぷりが炸裂。その人たぶんもう二度とご飯食べられない健康状態じゃないかなという気はするが…。

 でも、主人公がしたことってまったくもってこういうことなんだよな…とも思わせる。主人公が”テニスができるように配慮した”とうそぶきながら女の子の足を切ったとき、相手のことを見ているようで全く見ていなかったし、思いやるようなポーズで明後日の方向に目を逸らしつつ相手を傷つけている。自分は配慮したんだから相手は困らないはずだ!と言い訳をして自分のやったことを直視せず、現実の女の子が泣いていてもそれは無いものとして、どこまでも都合の良い幻覚を見ているわけだ。
 つまり彼女ちゃんもまた ちょっと傷つけちゃったけど、料理を作ってあげたから帳消しだよね!くらいに思っているのだろう。「手はテニスに支障があるから足にしてあげたし困らないよね?」と同じ理屈で「お腹を刺して少し齧りついたけどそれくらいじゃ死なないでしょ?」とエゴを押し付けて料理を作り置きしているわけで ふたりはよくよく似た者同士なんだなと思う。

 あとは……拡大解釈かもしれないけど、ひとりだけ今こうしてこの付箋の内容を観測できる人がいるので、もしかしたらその人にもお料理を食べて自分の奥の奥まで覗いてほしくて書いているのかもしれませんね。

 ……私は遠慮しておきます。


Cheesecake Hallucination

ん、そうですね

 どのルートも面白いけどChocolate Hideoutに並びツートップで好きなお話。
 違う地図を見ている、つまり自分と相手が持っている情報はおそらく正確だが、なにかが原因で噛み合っていない。その原因は何?という決定的な手がかりへのたどり着き方や演出が秀逸で唸る。

 このゲームでは特定ルートに入るためには他のルートへの分岐となる彼女の言葉の矛盾や情報を意図的に見落とす必要があり、若干キレイに片付かない部分が残るのだが(たとえばChocolateルートだと彼女が手ぶらなことに気づかない等)、このルートに関しては彼女のおかしな点が「タイムスリップ酔い」ということである程度解消できるのがスマートだ。彼女の記憶が現在と未来でちょっとあいまいになっているので…とすんなり呑むことができ 論理的にもひときわ美しいシナリオだと思う。


 カットインの演出もアツい。いままでどのルートでも受動的に彼女ちゃんから距離を詰められる一方だったプレイヤーが「君の話をしたい」と積極的にアプローチする。恋人を自称し得体の知れない妄想じみた未来の話する女性と関わるのは 客観的に見るとなかなかに怖さがあるのだが、この子にも事情があるのだろうと勇気を出して踏み込んで行く。
 このルートの主人公くんが誰彼構わず助けてしまいがちなお人好し、という設定ともよく馴染む。よく話して相手の行く先を親身に聞いてくれるこの人なら、たぶん違う地図読んでてもおなじファミレスで落ち合える。こんな優しい人と出会ってしまったらどうしようもないくらい恋してしまうだろうし、どんな手を使ってでも助けたいと思う彼女ちゃんの気持ちがよくわかる。負荷領域のデジャヴで岡部の旅路を知ったクリスティーナも内心こんなんだったんだろうな……。


そうだぞ!!!(多次元観測者)

 いつものごとくサスペンスにややジャンルが飛びつつも馴れ初めを話してくれる彼女ちゃん。ここも好きなシーン。
 彼女ちゃんはどのルートでも毎回恋人を主張してくるのだが「どうして主人公が好きなのか」という馴れ初めについては意外と深く話してこなかったり、あるいは完全に彼女しか理解できない電波ゆんゆんな方向に行ってしまうので、めずらしく直球にラブコメしており甘酸っぱい。
 苦しい環境と戦ってアルバイトを始め、自分の手で未来を切り開こうとするなど やっぱこの子どのルートでも自立心あんだよな…と感心する。恋が原動力とはいえ、体型が気になってきたらストイックに運動にも打ち込むなど自己管理能力も高い。ここ読んでると「財布のヒモ握って❤」「おれのあすけんになって❤」とキショいファンサうちわを掲げたくなるので 大変よくない。


 ここからさらに宙返りしてくるのがInverted Angelの面白いところ。「現在の彼女ちゃんがふたり存在してしまう」というSF的な指摘から「殺して成り代わる」とスリラーに移行しかけるが、今の君をも守りたいと決定的な殺し文句で彼女を救う。そして彼女ちゃんが現在の世界で「現在の彼女ちゃん」として振る舞うのはどのみち難しいと引き止める。その結果、彼女ちゃんは自分の嘘を明かしてこれまでの前提を棄却する……。


 それもそれで美しい終わりなのだが……。おれは読んでいて「あ、プランBに入ったな」と思った。

 たぶんこれ、額面通りにお話を受け取ると彼女ちゃんがストーカーだったって話に不時着した不完全燃焼の決着に見えるんだが、プレイヤーは彼女の聡明さをよく知ってるので「この子がこんな急な方針転換するか?」と引っかかるはず。彼女ちゃんが先に語った馴れ初めの完成度に対し、後に語ったストーリーのほうが雑でいかにも今作ったインスタントな感じがするのも気になる。
 ここで彼女ちゃん視点で損得を考えると路線変更した理由も大方の予想がつく。彼女ちゃんの最終目標は「恋人を守ること」であって、今すぐに彼と恋人になる必要はない(これはチャレンジ目標程度だ)。自分が未来人だという前提では殺人という倫理的障害が出てくることに気がついたので、ここで真実をゴリ押しするよりいったん持論を引っ込めて 彼とのコネクションをキープしたほうが賢い。「急場しのぎとして頭のおかしいストーカーのフリをし、なんとしてでも懐に潜り込んで彼を来たるべきXデーから守る」あたりのロジックで瞬時に計画を切り替えた、と考えられる。
 彼女が未来人なら、すでに自分が灰になって無惨な死を迎えるリスクを承知でここに来ているわけで 愛する人のためマジに何でもするだろうということを考えると、本当の気持ちを隠して適当なカバーストーリーを騙る程度は造作もあるまい。


 エンディングのセリフも彼女ちゃんが「嘘を信じさせるコツ」といった言い回しで彼女ちゃんの出自がそっくり丸ごと本当の話だった(=未来人である)可能性も留保している。
 さらに踏み込んでメタ読みをすると、このゲームのルール・法則としてプレイヤーが認知したり言葉にした概念は現実のものとなるため、彼女ちゃんは自身の未来人であるという可能性を閉ざさないために わざと「どうだろう?未来人の可能性もあるかもね?」と玉虫色のヒントを言葉にして認識させているのかもしれない。
 思慮深くムダなことをあまりしない彼女ちゃんがそんなことをわざわざしてくるということは、おそらくそうする必要がある立場、ということだろう。


 最後の最後まで未来人と狂人のどちらにでもとれる、本当に面白いエンディングだった。
 ただ、彼女ちゃんが本当に未来人であって、ストーカーという嘘をとっさについただけだとする説を採用すると…このあと解決しなければいけない問題が出てくるのだが………。エンディングのあと、ポケットにメッセージを入れるなんてかたちで これからも関係が続くことを予感させながら、彼女はひとりでフラフラとどこへ行ったのだろう?
 いや、家に帰っただけだよな。なんせ、あれは全部ただの狂言で 彼女ちゃんはただのストーカーなんだからさ……




”させない”?
私は漫画本の悪役とは違う
妨害される可能性を考えず 私が計画を話すと思うか?
35分前に起動したよ

オジマンディアス / WATCHMEN



Rusty Caramel Cage

あんさんも(各ルートで)大概やで

 彼女ちゃんの異常性がもっとも色濃く、しかし筋道立てて滔々と染み込むように聞かせてくるシナリオ。エンディングを迎えるまではずっと冷静に情熱的であり、狂気と論理は両立しうるのだなと思わせる。
 現代ではいくらか薄くなったものの、まだまだ残る性差別にも絡むお話で、こういった旧弊がしぶとくこびりつく田舎に住むおれは腕を組んでジッと話を聞いていた。


 彼女ちゃんが一見きままに生きている主人公に憧れる理由も、わからなくはない。おれも小さな社会に抑圧され自由のきかない人生を送っていたことがあるので、いわゆるニーチェ的超人とか社会規範から逸脱した生き方に憧れたこともある。いつも教室の窓から空を見つめて空想していた世界から、もしそんな理想の人物が飛び出してきたとあれば……そりゃ、蜘蛛の糸に縋りたくもなるだろう。
 主人公と彼女ちゃんの動機の切迫度合いが起こした悲しいすれ違いだな、と思う。主人公は選択肢がたくさんある中、自由意志で凶行に及んでいる。スリルを味わいたくてやっているだけでとくに困ってもいないので、殺すにまで至らない。要は富豪のボンボンが金にあかせて人を使ってやる性格の悪い遊びのようなものだ。だが医学の道を閉ざされた彼女にとっては独自に実験を始めるための天から舞い降りた大チャンスであり、これを除いて救いはない。理解者を得たいという熱量が彼を上回るのは必然だったろうし、飢えた猛獣となってしまったのも無理はない。


おれもルークアイランドで人身売買されかけたときとか
モンタナでカルトと戦ったりしたときに激しく覚えがある

 あのエンディングには気圧されたが、このルートにおいて彼女ちゃんはかなり核心というか…ゲームシステムの根幹にも関わる話をしており、意義深い時間を過ごした。
 彼女ちゃんの人生を邪魔し、歪めてきたいわゆる”べき論”はこのゲームの枠組みにも通じる話で、まさにプレイヤーが「そうであるべき」と思った筋書きに彼女ちゃんが当てはめられているという言及でもある。「彼女ちゃんは自分を愛している」というプレイヤーの思い込みがあれば、役柄に縛り付けられ、果たしてその通りになっていってしまう。「この子ぜってぇおれのコト好きじゃん…!」とか勘違いしていたどこかのアホに よく聞かせるべき会話かもしれない。
 このゲームの構造自体が彼女ちゃんに推察というかたちでレッテルを貼っていくものである以上、どのプレイヤーにとっても確実に他人事ではない話題となる。狙いの付け方というか、トラップを踏ませるような置き方が上手い。

 「自分はおそらく彼女に理想を押し付け続けている。彼女は果たして何になりたかったのか?」というこのゲームの本質を考えさせ、トゥルーエンド前の最後にこのルートに突入できたことは とてもよかったなと思った。


Inverted Angel

 ふたりの旅路の終着点。これまでの時間が濃密で長かったような、あるいは楽しくて一瞬のように短かった気もする。

 ここまでの話を聞いていると自然に思い浮かぶワードを打ち込むと入ることができるルートで、粋な演出だった。おれとしては「特定のなにかになってほしい」というより、君のなりたいなにかになるための手助けをしたい、という気持ちで打ち込んだような気がする。

 たくさんの思い出を振り返り、何者でもない「  てんし」ちゃんとの会話ができて、感慨深かった。


 こういった第四の壁を登場人物が認識しているゲームでは、なにかと「よそ者のオマエがオラたちの村を台無しにしただ!」と因習おじさんみたいなことを言ってくることが多く、まあプレイヤーのコンプ癖やセーブアンドロードの暴力性を議題にしたいのはわかるしエンタメとしては面白いが……おれはゲームを愛するつもりで接しているので だんだん「じゃあなんでおれに遊ばせたんだ…?」といった気持ちになることがしばしばある。
 違う世界の相手と話し合って互いに互いを知り合ったとき、敵対感情だけが生まれるわけではないはずだ。憎しみ合い殺し合うこともあるけれど、愛し合ったり、ずっと未来永劫一緒にいたいと思ったり、大切に思うからこそ元の世界に返してやりたいと思ったり、あるいはいい思い出だったねなんて振り返ることもある。

 彼女はそれを言葉にして伝えてくれたので、とても嬉しかった。
 おれも楽しかったし、きみも楽しかったんだな。遊びゲームってやっぱりさ、自分だけじゃなくて相手も幸せで お互いに楽しいのがサイコーでしょう?


 例のテキストボックスに関する言及は避けるとして、最後の窓が割れたときは本当に感動した。ジョハリの窓が砕けたな、と思った。

 人はみな、様々な自分を持っている。隠していて自分だけしか知らない自分、自分には見えていない外側からの自分。あるいは誰も知らない奥底に眠る自分もいる。窓を閉じたり開いたり、カーテンを下ろしたりしていくつもの領域に自分を抱えている。
 だが、もし自分と相手を隔てるそんな窓が砕け散るなんてことがあったら……もう、閉じるもなにもない。もはや隠したくても隠すことができず、とめどなく理解できてしまうだろう。信頼し合いながらも理屈をこねて一歩踏み込めず、尻込みして最後の壁に阻まれているふたりにそれが起きたなら、とても素敵なことじゃないか?


 人と人は究極的には他人でしかなく、自分の事情しか知らず、どこまでも平行線だ。天使ちゃんは天使ちゃんのままで、おれはおれのままで線を引いていく。だが地球を一周するほど引っ張れば、夕焼けと朝焼けのように 二回くらいは交わることだってあるかもしれない。
 この人と見る朝焼けは、たぶん一生のうちで一番綺麗かもしれないな。




"自分は何者で 彼女は誰なのか?"

 各ルートの感想は一旦書き終わったので、自分が思ったことをいくつか書く。

 プレイ中に何度も問いかけられては答えを探すことになる命題。これについてはプレイヤーそれぞれの解釈の余地があるので、絶対にこうだという答えはない。むしろ明らかにしないほうが夢があって良いかもしれない。別に皆さんの想像を否定するわけではないことを強調しておく。
 そのうえで、おれが思いついた推論を書きつけておこう。

 彼女ちゃんもそれとなく教えてくれるしプレイを繰り返すことによりわかることだが、このゲームにおいてプレイヤーは「思考に輪郭を与える」……すなわち自分の解釈によって世界を書き換えることができる いわば現実改変能力者とも言える存在だと明らかになってくる。自分自身も例外ではなく「自分の具合が悪くてもう動けなくなってしまうのでは」「自分はここに住んでいる住人本人ではないのでは」と思えば 果たしてその通りになる。
 一方で、Invalid Angelエンドで明らかになることだが彼女ちゃんもただのいたいけな女の子というわけではなく、このゲーム全体に作用しうる絶大な権限を持っている。ああやっていつでもボードをひっくり返すことができるが、彼女ちゃんの気分と匙加減しだいでお喋りをしていられるというわけだ。
 とはいえ彼女ちゃんもプレイヤーのすべてを操縦できるわけではなく、いきなり突拍子もないことを言い出して暴れ出せばそれを静観せざるを得なかったりもする。パワーバランスとしてはふたりとも拮抗しているか、若干彼女ちゃんが勝っているかと見ることができるだろう。

 プレイ当時のおれは「あんたが言い出したんやろ!恋人だと認めろ!」とヘソを曲げた彼女ちゃんにポカポカとボコられたあたりでやっとこのゲームの本質に気づき始めたが、本作は彼女ちゃんと恋をするだけのゲームではなく、いわば絶大な力を持ったふたりが世界を振り回しながら関係するゲームというわけだ。
 陰と陽。ハーマン・スミスとクン・ラン。ギガロマニアックスとギガロマニアックス。伊邪那岐と伊邪那美がインターホンの天岩戸越しにイチャコラしているようなものだ。


頭の中のフィクションが だんだん現実に姿を変えてゆくよ
赤いライトが照らす
いま目の前のノンフィクションが 眼鏡越しに僕を捉えている

Talking / KANA-BOON


 推論で組み立てられた世界はプレイヤーおれと彼女ちゃんの言葉によってアウトラインを生成され現実として生まれ落ち、そして生まれた現実からフィードバックを受けてふたりがさらに関係を創造する。むろんプレイヤーおれはそんなことを知らないので、彼女ちゃんが手を取ってリードしながら、国生みのステップを踏んでいく。
 あるときはミステリー、あるときはサイコスリラー、あるときはサイエンスフィクション。ふたりにとってはただのおままごとやごっこ遊びだが、人物や施設がニョキニョキ生えたり引っ込んだりと やっていることはほとんど創世みたいなもんでなかなかのスケールがある。

 神…というのは言いすぎかも知れないが、人知を超越した上位者ふたりが談笑しながらボードを広げたり、探索者のキャラシを気分で変えてみたり、ルールブックを変えてみたりする。それがこのゲームなんじゃないか、とおれは思う。


 …ちなみに改めて言っておくが、これは特に考察とかではなく幻覚じみた感想なので鵜呑みにしないでほしい。無論、アップデートでさらなるヒントが与えられるかもしれないし、まったく違う真相が明かされるかもしれない。あるいはわからないかも。透明なものは透明なままにしておく、というのも粋だ。
 「物語の展開予想をやられると漫画家が続きを描きにくくなる」なんて俗に言われるが、おれはライターのSCIKAさんにそういうことをしたくないので適当に妄言として流しておいてくれ。


彼女ちゃんについて思ったこと

 このゲームはほぼ彼女ちゃんとの会話一本で成り立っているようなものなので、そりゃあ魅力があって当然なのだが、果てしなくすごい人物造型だったなと思う。

 まず、何をおいても情報操作の天才だなとおれは思った。自分がどういう人物像だと思われているか、どういう情報を相手に握らせたいかを完璧にコントロールしている。その結果、各シナリオでおれたちプレイヤーは思考を誘導され続ける。なおかつ、弁論術にも長けていて、彼女ちゃんは長い話や難解な話をしてくるがプレイヤーがそれに飽きることはない。
 物を知っていたり頭が良いだけの衒学的な人間はいくらでもいる。しかし彼女ちゃんはそれらの道具をどう扱うか、という手技が尋常でない。


 校長先生の話がなぜつまらないか 考えてみたことはあるだろうか?

 校長先生はすごい人だ。たぶん教養もある。そんな校長先生の話がつまらないのはなぜだろう?起伏や刺激がないからだ。
 手で掬った水が指の間から滴り落ちるように、人間には常に減り続ける集中力のゲージが存在する。相手に話を聞かせるにはそれを常に補充してやる必要があり、たとえば疑問を投げかけてみたり話を飛躍させたり、変な行動を起こしてみたりわざと喜怒哀楽を揺り動かす言葉をかけてみると興味関心が続く。
 教頭先生にハリセンでシバかせたり「今朝、卵を割ったら黄身が3個出てきました」とかマクラをつければ、たとえタネ本からのコピペ話でも生徒たちは俄然食いついて聞くようになる。


 彼女ちゃんはこれを 計算して最適なタイミングで行っている とおれは思っている。
 もちろん素の性格でおっちょこちょいなところもあるのだろうが、意図的にヤンデレ構文をまくし立てたり、怖い演出をしてみたり、あらゆる手を使ってプレイヤーを揺り動かす。
 難しくて高次な話を聞かせるために、ときに奇矯な行動でおどけてみせたり相手の理解を待ったりと神がかった話術を見せている。スティール・パンサーのサッチェルが「この光ってる機械なんだと思う?」とか言ってるのと同じだ。たぶん彼女ちゃんは知っているし理解しているが、プレイヤーと楽しくお話するのが目的なので 聞いてもらうために間抜けなフリができる。
 彼女ちゃんが劇中で「相手がミスしたと思ったときはわざとそうしたのかもしれない」というようなことを言うがまったくそのとおりで、彼女ちゃんがコケたように見えたときは だいたい見せたい光景へと導くパンくずを撒いている。

 だから、彼女ちゃんは腹を割って話してくれるInverted Angelまではなかなか底が見えない。すべての行動を意図して行っており、実際の自分よりふわふわした軽くて接しやすい姿を演出し、アンコウのチョウチンのごとく目の前に振っている。
 彼女ちゃんにバウムテストを仕掛けたら写実的で立派な屋久杉の絵でも寄越してくるだろうし、「もっと痩せてる子を期待した?」なんて冗談でも飛ばしてくるだろう。彼女ちゃんが友好的な人物であることに感謝したいところだ。まかりまちがってもカラス銀行の裏カジノとかでは 絶対に会いたくない。


 そして同時に、愛がどこまでも深い人物だなとも思う。

 当初、ラトゥールのアクターネットワークを知らなかったので、えらくギブソンの生態心理学的な話をしてんな……と思ったのだが、考えている内容がだいたい合っていてよかった。彼女ちゃんは文化人類学の地図を見てスイーツの食べ歩きをしており、おれは社会心理学の地図を見てハイキングしているうちに お団子が有名な麓のお茶屋さんで行き合ったというような格好だ。


 この話をしてくる通り、彼女ちゃんは互いの関係を重要視している。いや、互いの関係がどうであろうが変化しないなにかを見出そうとしている……と表現したほうが 正確かもしれない。それゆえに様々な関係性を創出して立ち位置を変えたりするし、どの関係においてもプレイヤーの人格や考え方を尊重してくれる。人はみななにかの影響を受けていて本当は意思なんてないのかもと言いつつも、寄せては返す波の中で磨かれた漂流ガラスのように 何があっても変わらず核となって胸の奥にひときわ光るその人らしさ……攻殻機動隊の言葉を借りるなら Ghostがあることを期待しているのだと思う。


 彼女ちゃんは「昨日より明後日のことを」などとこぼす通り、即物的な成果を求めず、長期的な視座で生きている気配がある。

 「恋愛感情なんてのはいっときの気の迷い、精神病の一種」とは涼宮ハルヒの言だが、確かに正常な判断が下せる状態ではないという意味では なかなか言えてる話である。恋とは必ず飽きる一過性のもので、花火のように一瞬燃え上がって狂い、終わっていく。
 天使ちゃんとなってからの彼女ちゃんが「たまに恋人と呼ばれるのは嬉しかった」としつつも、互いの関係を必ずしも恋愛に限定しないのは そのあたりに理由があるのだと思う。

 恋愛はいつか終わり、夫婦は倦怠期に入る。だが恋愛に限定せず、もっと広く関係するという目で見ればどうだろう。憎悪や偏執、親のカタキなんて関係も含んでいけば、それは命続く限り、それどころか死んだ後だって関係が途絶えないかもしれない。腐れ縁も縁のうち。まさにその通り、ちょうどさっきお互いに執着しあったり殺し合ってみたりもしたわけだ。
 天使ちゃんはおそらく、千年でも一万年でもこの先ずっとつながっていたいという感情からそうしているのだと思う。このスケールの大きい、海のような感情をどう表現すべきかおれは知らないので本来「  」とでもしておくべきだが、まあ仮に愛情と宛てておくことにする。
 おれは定命の人間のスケールでしかものを考えられないドアホなので、「ありがとう」と「大好きだ」という言葉くらいしか返せないのだが…


それは心臓を 刹那に揺らすもの
追いかけた途端に 見失っちゃうの
きっと永遠が どっかにあるんだと
明後日を探し回るのも 悪くはないでしょう

感電 / 米津玄師



楽しかった!

 ここまで無数の言葉を並べてきたが、とどのつまり、これに尽きる。

 あなたはあなたで良いし、わたしはわたしで良い。プレイヤーを尊重してくれて、こちらもキャラクターを尊重したくなる、礼儀正しく素敵なゲームだった。
 ゲームのキャラクターではHotline MiamiのJacketやDDLCのMonika、ウーマンコミュニケーションのさっちんあたりが狂おしいほど好きなのだが、心の壁にグーパンで穴をブチ開けて ここに彼女ちゃんが入ってきた気がする。

 おれはすでに現時点でも満足しているのだが、エンディングもまだ追加予定ということでとても楽しみにしている。(まあでも色々大変だと思うのであんまり急がないでほしいというか、ゆっくり待つつもりでいる)

 百年先も覚えていたい、そんなゲームだと思う。いまは遊び終わってひととき別れるけれど、そのうちまた会うことにもなるだろう。


 また会う日まで さよーならまたいつか!



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