屍人守
※この記事は逆噴射小説大賞に間に合わなかった800文字小説です。つらい。
カタン、キィ。カタン、キィ。
夏菜子が歪んだ乳母車を押していく。色褪せたサンダルをつっかけて。
真っ白いワンピースとささくれた麦わら帽子。
真昼の港通りに人影はなく、吹き抜ける潮風が夏菜子の長い髪を揺らす。
夏菜子はこの町の最後の住人だ。
「俺」はこの町の住人を墓に入るまで見守るもの。
だが、彼女らはどういうわけか、死んでも動き続けていた。
※※※※※
その日、太陽が二度瞬いた。
町全体が蛍光灯が切れかけたときのように二回真っ暗になって、直ぐ戻った。
たったそれだけでこの町には動く死体しか居なくなってしまった。
※※※※※
キィ、カタン。カタン。キィ、キィ、ギィ。
あちこち歪んだ乳母車は押されるたび苦しげに音を立てる。
乳母車の赤ん坊は数年前居なくなった。以来ずっと夏菜子は空の乳母車を押している。
なぜ俺はそれを不条理だと考えるのか。死体が押す乳母車に死体が乗っていようが、空っぽだろうが関係なかろうに――
――タァン。
思考を遮ったのは銃声だった。
夏菜子が倒れている。俺は慌てて映像記録を巻き戻し、夏菜子の肩が弾けるのを確認した。干からびた茶褐色の肉が飛び散る。冷えたアスファルトに倒れ伏す映像とリアルタイムが重なる。
前方に居るのは大仰な防護服を着込み、ライフルを構えた2人。
「……肩に命中。ああ、まだ動きますね」
「ちゃんと狙い給え。足だ。そして捕獲」
「了解」
夏菜子の右膝が弾けた。
俺は絶叫する。
町の生きているスピーカー全てからサイレンが流れた。
「なんだ? どうした?」
「まだ生きている住民が?」
防護服どもは周りを見渡している。
『こんにちは、こちらは××町役場です。この町は特別福祉実験地域に当たり、町外の方は身分証明が必要です。恐れ入りますが巡視ドローンに国民管理番号を提示願います』
俺はドローンからサイレンを最大音量で流しながら精一杯威圧的に誰何した。
【続く】