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彼女のいとしき脳下垂体

 

 エイミは死んでいた。ぼくがこの部屋に入ったときから分かっていたことだ。
 大好きな彼女はいつものくつろぎソファで上下逆さになっていた。足は背もたれに、頭は床に。爪先にパンダスリッパが片方引っ掛かっていた。
 眉毛から上の部分は切り落とされて、ここからでも頭の中身がよく見える。
 エイミの中身はきれいに空っぽになっていた。
 
 ぼくの両眼からはらはらと熱いものが溢れ出す。頭の中で何かがぶつりと途切れたのが聞こえ、足が萎えて前のめりに突っ伏してしまう。かわいいピンク色のラグを両掌で掴んで嗚咽を漏らす。
 ああ、畜生。なんてことをするんだ。
 
 ぐちゃっ。
 ぼくの両眼を突き破って生え出すのは2本の棘だらけの触肢。
 だらだらと両眼窩から弱消化酵素液を滴らせ、伝達系が途切れかけた四肢で這いずるように彼女の側に躙り寄る。
 見開いたままの死体の眼、ぽっかり空いたまぬけな頭頂部。かわいそうに。
 右眼の触肢がエイミの顔を愛おしげに撫でる。もう一方の触肢が彼女の頭蓋の内にずるりと入り込む。
 エイミの中はまだ暖かい。落ち着く血の匂いがする。中身を蹂躙された気配がする。ぼくの擬体の口は堪えきれずにまた嗚咽した。

 食べてあげたかったのに。一番美味しいときに食べてあげたかったのに!
 きっと来週には食べ頃だったのに! まさかまるごと横取りされるなんて!

 ぼくの口はわあわあと嘆き、眼窩からはびしゃびしゃと液体が零れ落ちてエイミの顔を濡らす。触肢は未練がましく頭蓋の中をのたくっている。


 そして……ぼくは気づいた。
 彼女のいとしき脳下垂体が頭の中にそのまま残されていることに。
 それは、ぼくらにとって「あり得ざる」こと。生に対する冒涜とも言って良い。
 何故だ? その不可解さにぼくはしばらく硬直していた。

 ファンファンと言うサイレンの音を感知したのは階下にそれが到着してからのことだった。


【続く】
 

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