『大日本人』の松本人志
まっちゃんの問題がひとしきり話題になっている。
私はあの才能が業界から消えるのはとても寂しいと思っている一人ではあるが、文春の一連のキャンペーン記事を読みながら、
松本人志の初監督映画『大日本人』を思い出していた。
哀しい映画だった。
ギャグ映画ではあるのだけど、やぶれかぶれな終わり方といい、
おもしろうてやがて哀しき…というやつだった。
「獣」(じゅう)と呼ばれる謎の巨大生物と戦うことを宿命づけられた「大日本人」の末裔である主人公(まっちゃん)が、誰にも感謝されず、笑われながらも巨体に鞭打ってひたすら戦い続けるというお話。
「天才」と称揚され、「松本さん!」と後輩たちに持ち上げられ、巨大化した自尊心を持て余しながらもたった一人で孤独と戦う、まっちゃんの姿そのものだった。
まっちゃんの中にある孤独は、世界中の女と寝たところで癒されることはないだろう。
男ってどうしてセックスに癒しを求めるんだろう? 癒されると思ってるんだろう?
さみしいちんぽを優しく包んでくれるまんこがあれば安らかに眠れるとでも思ってるんだろうか。
まあ、女にもいるかそういう人は。
そんなの幻想なのにね。
まっちゃんが後輩たちに示したという、タレ(女性の事らしい)集めの指示書なるものには、
「ユニクロの女」
「マクドナルドの女」
「中学か高校の先生」
「茶髪はNG」
「モデルはNG」
「アパレルはNG」(※ユニクロはアパレルちゃうんかw)
、、、深いというか浅いというか、闇は確かに感じるけども。
それに従ってせっせと女の子集めてたという子分たちも哀しい…
そんなにまっちゃんが好きならお前らが抱かれろよ。
芸人の世界ってホモソーシャルを煮詰めて煮詰めてドロドロになったクソみたいな世界なんだろうな。
今朝テレビで、吉本の会長なる人物がまっちゃんについてコメントしているのを見て、嫌悪感しかなかった。
「ダウンタウンの育ての親」というテロップで紹介されたその人は何らや偉そうに語ってたけど、所詮、組織の人間でしょ。
吉本も最初は勇み足で「当該事実は一切なく」とかコメント出しちゃったけど、文春砲がいよいよ炸裂すると「やっぱコンプラ的にアレだよねー」みたいな手のひら返ししやがって。
そりゃ、吉本としてはいずれまっちゃんを訴えないといけない立場になるかもしれないんだから、擁護なんかできないだろうよ。
そもそも興行なんてヤクザな世界だし、芸人なんて美空ひばりに歌われた「越後獅子」みたいなもんで、事務所が守ってくれるはずもない事はまっちゃんだって分かってるだろうし。
それなのに「高校生の時から松本を見てきた」だの「兄貴と慕われていた」だの、高みから偉そうに良くコメントなんかできるもんだわ。
ジャニーズといい吉本といい、つくづく芸能事務所って前時代的だな。
コンプラ意識もクソもあったもんじゃないわ。
まっちゃんも、なんでもっと早くに「ごめんなさい」しなかったかなあ…。
女の子もそんな風に集めるんじゃなくて、もっと別のやり方があったんじゃないのかなあ。
たとえば、ビートたけしみたいに。
あの人は「純愛」の人でしょ。
その分、お金もかかるんだろうけど。
まっちゃんだってお金は持ってるんだし。
タクシー代5000円って、、、関西の芸人てやっぱケチなんかな…
残念でならない。
「大日本人」まっちゃんと、A〜H子さん(まだ増える?)、両者の心安からんことを。