言葉
定時は18:00、退社時間は22:00 。
そんなことはよくあることだ。業務内容によって仕事の波が激しいからだ。ただ、半分は好きなことだし、残り半分は適当に流してるため。ストレスも少ない。自分に合った仕事ではあると思う。
普段は編集や執筆、撮影と言ったクリエイティブ領域や、ディレクションの仕事をしている。
文字や文章に触れたり、一緒にお仕事をするおじちゃんたちがよく言っていることがある。
言葉は人生の断片だ
何を大層なことを言ってるんだ!と思ったそこの君、一旦文句を言わずに聞いてほしい。
文章とは言葉の集合体であって、
言葉とは知識である。
知識とはその人の経験してきた人生である。
浅い文章を書く人に触れてみれば、やはり中身の薄い人間が多い。あまりにも話の引き出しがなかったり、上っ面で塗り固めたような人だったりと面白味がない。
自分の尺度で他人を測れるほどの人間ではないということも自覚している。
文章が上手いわけでもない人でもライターをやれているのだから、今ライター業界は飽和状態になっている。
よく考えてみれば、有名な記者やライターなど、言葉で魅せられる人や深いことを書ける人間はどこか変わっている。その人らが綴る言葉に魅力があるのは、大衆に媚びた言葉ではなく自分の中から絞り出したものだからだ。まずバックボーンが違いすぎる。
最近では、
言葉を大切に紡ぎます。
なんて書いてる人をSNSでよくみるがちゃんちゃら腹立つ。ポエマー気取りのクソ野郎どもが。
私めの口が悪いことはわかっております。今後とも、あいも変わらず仲良くして頂けますと幸いです。
だが言わせほしい。
君は普段の生活でそんな言葉を使うのか?取ってつけたような文章は本当に君自身の言葉なのか?
自分だって口語と文語では使い方が違うくらいは知っている。しかしそういう話ではない。
難しい言葉で塗り固めたところで己自身は変わらないし、一見意味のありそうな関係のない言葉をつらつらと並べたところでそれは文章として成り立たないのだ。言葉は自分の中に消化しないとならないんだよ。
ただ己の稚拙さを露呈してしまっているということに気付かず生きているのは、あまりに残酷すぎる。
上っ面だけの見栄を張った文章を見るたび、絵の具で濁ったバケツに浸かっている気分になる。胸糞が悪い。
そのようなことが近々で起こりすぎていてストレスが溜まる。自分の言葉に責任を持ってほしい。感覚のアップデートや校閲をするだけで言葉は簡単に研ぎ澄まされるはずだから。
嘘を塗り重ねたところで読み手は気付く。
それに気付かずに「いい〜」「ステキ〜」と、わかっていない人間から賞賛を受けて承認欲求を満たす人生なのであればそれでいい。
そのぬるま湯に浸かってふやけたまま溺れてしまえばいい。
結果それまでということだ。
直近に起きたいくつもの出来事のおかげで、ストレスを溜め込んだはけ口としてここを選んでしまったことは謝りたい。また、病んでいる時に創作意欲が上がるということも十分理解できた。
とにかく頭の中を整理できた。
これからは心穏やかに過ごしていきたい。
ばーかばーか
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