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どうしてモバイルオーダーは使われないのか?

この記事の3つのポイント

1.モバイルオーダーの普及を妨げる行動デザインの問題
店外での「トリガー」が不足しており、モバイルオーダーを事前に思い出させる工夫が必要。また、アプリを開く初期のアクションが手間に感じられ、店舗で列に並ぶ方が簡単に思えるという心理的なハードルがある。
2.店頭注文が提供する独自の体験価値
店員とのコミュニケーションや人間味のあるサービスが、店頭注文の魅力の一部として機能しており、モバイルオーダーではそのような温かさが欠けてしまうことが課題。
3.店舗体験への影響と課題
モバイルオーダーによって、列の待ち時間が見えにくくなる、店員と客の関係性が変化する、商品が雑然と棚に並ぶなど、店舗体験全体に影響を与える可能性がある。

絶対「便利」なはずなのに、、、

仕事終わりにスタバで列に並んでコーヒーを頼む私。モバイルオーダーが便利だとは思っているのに、気づけばまた列に並んでいました。

スターバックスのモバイルオーダー使用率は30%を超えているというデータもある中、なぜ私を含め多くの人はそれを使わずに店頭で注文するのでしょうか?

今回はモバイルオーダーが主流にならない理由について、デザイン面の問題点と店舗体験への影響という2つの観点から考えてみたいと思います。
(今回想定するのはスタバやマクドナルドなどのレジがメインの店舗で使われるモバイルオーダーです。)

モバイルオーダーとは

モバイルオーダーではアプリで商品を注文し、指定された時間に店舗で受け取ることができます。主なメリットは以下の通り。

  • 時間の節約:あらかじめ注文を済ませることで、店舗での待ち時間を短縮できる。

  • 身体的にラク:列に並ばず席に座りながらゆっくり注文できる。店舗によっては席まで届けてもらえる。

  • カスタマイズしやすい:店頭で伝えづらいカスタマイズも気軽にできる。

やはりとても便利に感じるモバイルオーダー。
ではなぜ多くの人はそれを選ばずに列に並んでしまうのでしょうか?

行動デザイン的な問題

私たちは店舗を訪れるたびに、店頭で注文するかモバイルオーダーを使うか無意識のうちにどちらかを選択しています。

行動科学では、行動を引き起こすためには「トリガー」「行動障壁」「モチベーション」の3つが重要とされています(フォッグ行動モデル)。ここからそれぞれの観点でモバイルオーダーの課題を見ていきましょう。


フォッグ行動モデル

店外のトリガーがない

トリガーとは、行動を引き起こすためのきっかけやサインです。店頭注文の場合はレジと列がトリガーになります。

モバイルオーダーも席のQRや入り口付近の案内でトリガーはあるので、店内で思い出す分には十分と感じます。

しかし店外でモバイルオーダーを思い出させてくれるトリガーはありません。事前に注文することで店内での待ち時間を減らせるのがモバイルオーダーのメリットと考えると、ここに問題と機会があると感じます。

〜解決方針〜
ユーザーが店舗に向かう前に自然にモバイルオーダーを思い出させる仕組みをデザインすることが求められます。以下に解決方針を考えてみました。

1. ユーザーの行動や意図を予測して先回りする方針
位置情報や過去の利用履歴に基づいてユーザーが訪れる可能性が高いタイミングを予測し、事前にモバイルオーダーを促す。
たとえば、ジオフェンシングを使って店舗の近くに来た際に通知を送ったり、過去によく利用する時間帯にリマインダーを送ったりすることで自然なタイミングで利用を促します。

2. 公共の場や移動中の時間を活用する方針
公共交通機関や駅、オフィスビルなどユーザーがモバイルオーダーを利用するのに適した場所や状況を利用して、事前注文のトリガーを提供します。
たとえば、電車広告やデジタルサイネージを使って「今から注文を済ませて、駅近くのお店で列に並ばず受け取れます」といったメッセージを表示することで、移動中に事前注文を意識させることができます。


最初のアクションのハードルが高い

行動障壁とは、行動を実行する際に必要なスキル・手間を指します。

店頭での注文は「列に並ぶ」という単純なアクションから始まります。一度列に並んでしまえば注文までの流れが自然に進むため、ストレスがありません。

一方、モバイルオーダーは「アプリを開く」だけ。これが実は簡単そうで面倒臭い。スマホを取り出し、ロックを解除し、アプリを探して開く、もしくはQRコードを読み取るという一連の動作は思っている以上に手間なんです。

(このような「スモールステップ」を意識する考えは「さよなら、インタフェース-脱「画面」の思考法」が参考になります)

サンクコスト」という心理学の概念でも説明できますが、人は一度始めた行動を中断したくない傾向があります。最初のステップが容易であればそのままスムーズに注文を完了することが期待できるため、この最初のアクションの手軽さの差が大きな課題と言えるでしょう。

(ちなみに、2024年7月からアプリや会員登録が不要でQRを読み込めばモバイルオーダーを利用できるようになっているみたいです。アプリを入れるという行動障壁がなくなっているのは大きいですね。)

〜解決方針〜
モバイルオーダーのハードルを下げるには、最初のアクションを簡単にし、ユーザーがストレスなく利用できる仕組みが必要です。以下の2つの方針が考えられます。

1. 注文までのステップを最小限にする
オーダーまでの操作をシンプルにします。
例えば、アプリに「お気に入り」や「前回と同じ注文」のショートカットを導入し、アプリを開いてすぐに注文できる仕組みを作る。また、ロック画面やウィジェットから直接注文画面に飛べるようにするなど、アクションのステップ数を減らすことが重要です。

2. 音声アシスタントや通知で注文を簡略化する
音声アシスタントやプッシュ通知を活用し、ユーザーが直接アプリを開かなくても注文を完了できる仕組みを提供します。例えば、Google AssistantやSiriに「スタバでコーヒーを注文して」と声をかけるだけで注文が完了する機能を導入したり、プッシュ通知で「今すぐ前回の【商品名】を注文しますか?」と促し、ワンタップで注文を済ませるような工夫が考えられます。

店頭注文でしか得られない報酬

行動を起こすための「モチベーション」とは、その行動によって得られる動機・報酬です。スターバックスでコーヒーを注文する際のモチベーションは、もちろん「美味しいコーヒーを飲むこと」です。

しかし、それだけではありません。店頭で注文する際には、店員とのコミュニケーションが、実は大きなモチベーションになっているのではないでしょうか?
これはコンセプトにもよるかと思いますが、特にスターバックスでは重要な要素になっていると思います。

簡単な挨拶や、場合によってはちょっとした雑談がユーザーにとってポジティブな体験となり、スターバックスの「サードプレイス」というコンセプトを支えているのです。このような人と人とのつながりや温かさは、店頭注文の隠れた魅力です。

一方でモバイルオーダーの場合、得られる報酬は異なります。モバイルオーダーの主な報酬は、「時間の節約」や「列に並ぶストレスの回避」です。

しかし現状では、この報酬が必ずしも十分に満たされていないことがあります。店内での受け取りに時間がかかる場合や、商品を棚に取りに行く必要があることで、実際の「時間の節約」、「列に並ぶストレスの回避」がそれほど大きく感じられないことがあるのです。

さらに、モバイルオーダーではコミュニケーションが少ない点も課題です。受け取りの際店員と簡単なやりとりがある場合もありますが、店頭注文に比べると非常に限られています。モバイルオーダーでは店頭注文で感じられる「つながり」や「温かさ」という報酬が欠けてしまうのです。

そのため、現状ではモバイルオーダーより店頭注文の方が魅力的に感じられることが多いと考えられます。

〜解決方針〜
モバイルオーダーを使うことで、店頭注文に近い満足感を得つつ、特有の利便性を最大化するための方針を以下にまとめました。

1. 「いつもので」体験の強化
常連の「いつもので」という体験が誰でもできるのがモバイルオーダーならではの魅力になると思っています。
ワンタップで過去の注文・カスタマイズを簡単に再現できる「いつもので」ボタンや、過去の注文パターンをもとに、特定の時間や曜日に「いつものカフェラテを注文しますか?」といった案内を用意するなど。

2. マイクロコピー、インタラクションによる温かみのある体験
UXライティングやアニメーションを工夫し、店員と会話しているかのような人間味を感じさせるコミュニケーションを構築します。
Crisp Salad Worksというサラダ屋さんのライティングが、本当にお店にいそうな店員と会話している感覚で素敵だなと感じ、ライティングの重要性を痛感しました。
また、やっぱりマイクロインタラクションに関してはduolingoが秀逸だなと思います。アプリケーション上で店舗のような温かみを感じさせるにはこうした細部へのこだわりが重要です。

3.ライブ感のある進捗可視化
Uber Eatsでドライバーが地図上を移動する様子が見えるように、ドリンクの作成がリアルタイムで進んでいることを感じさせることで、待ち時間を人間味のある楽しい体験に変えることができます。イラストやアニメーションはもちろん、バリスタが実際に作業している様子を、短い動画や写真でアプリ内に表示し、「豆を挽いています」といった工程をリアルタイムで見せることで、手作り感を演出するのも面白いかと思います。


CRISP SALAD WORKSのライティングは秀逸
duolingoの細かい動きは温かみを感じさせる



ここまでモバイルオーダーの行動デザイン的な問題を考えました。

解決策の方針はあるものの、やはりトリガーの問題などは解決しにくく、まだまだ課題は大きいと感じます。

モバイルオーダーはブランド価値にも影響する?

私はそれに加えて、店舗体験自体にも影響があるのではないかと思っています。3つの問題点を挙げてみました。

見えない列が体験を不透明にする

朝スタバでドリンクを買って行こうとしたけど、モバイルオーダーで思ったより待つかもしれない、と買うのをやめてコンビニに行った、という同僚がいました。

普通であれば、列の長さを見ておおよその待ち時間を見積もることができます。しかしモバイルオーダーがあることにより「列の外で待つ見えない客」が大量に発生します。私たちはそれが何人か想像もつきません。

Uberなどデリバリー注文もあるため、この不透明さは更に増しています。

このようにモバイルオーダーは店頭注文の体験にも思わぬ悪影響を与えているかもしれません。

店員と客の主従関係を助長しないか?

マクドナルドのモバイルオーダーでは、注文して席番号を入れると席まで店員が届けてくれます。「注文したものを持ってきてもらう」というのはレストランなどでは当たり前です。

しかし「持ってきてもらう」という行為は良くも悪くも店員と客の上下関係を形成すると思っています。このような関係性はマクドナルドやスタバにおいて最適なものなのでしょうか?

私は店員とフラットな関係性を築けるのがマクドナルドやスタバの魅力だと感じます。「持ってきてもらう」というレストラン的なサービスはその関係性を崩してしまう可能性があるのではないかと思います。

雑な店舗体験を生みかねない?

モバイルオーダーの商品が完成したけど受け取り手がおらず商品が棚に並んでいく光景をよく見かけるようになりました。

その雑多な光景は、店舗の景観を崩しているように感じます。

本来であれば店員から直接もらう商品も、棚に置いてあるものを取らなければなりません。

モバイルオーダーは店頭のオペレーションにノイズを生み、雑な店舗体験を生む可能性もあると思えます。

最後に

モバイルオーダーは確かに便利な一方で、現状のデザインや体験において解決すべき課題が多くあります。

トリガーの強化や、注文の手軽さの向上、そして店舗体験とのバランスを取りながら、モバイルオーダーの本来の利便性を最大限に引き出すことが求められます。

店舗体験としての独自の魅力を維持しつつ、モバイルオーダーがより自然に使われるようになる未来を期待しつつ、その一助になる機会があればなとも思っています。

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