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マネージャーになりたかった私

こんばんは、あきづきです。自分の仕事のキャリアを振り返ってみて、体に例えるとひざだったりかかとだったり、あちこちに絆創膏が貼ってあるのに気づきます。
先日書いた、ブラック会社に勤めていたことなんかも相当な古傷だし、

仕事以外に、面接という山に立ち向かった際にできた傷もけっこうあります。

なかでも、前回の転職では、世の条理みたいなものに気づけたので、今日はその話を書きたいと思います。はじめてエージェントという名の担当がついて紹介をしてもらう形で活動をしました。

気づけばプチ浦島太郎

私が、大好きな旅行の仕事を辞めようと思った理由。それは、その会社においてはキャリアアップのチャンスが少なかったこと。そして、他には行きたい旅行会社がなかったからです。

キャリアアップできない理由は能力というより、会社の組織構造的なところが大きかったので、最初のヒアリングの際に、エージェントさんに正直に、
「マネージャーになりたかったけど、今の会社では定年までに支店の支店長になるのも不可能だから別の道を探すことにした」ということを話しました。

「では、あきづきさんは、他のところでのマネジメント経験はありますか?」

「・・・ありません」

そう言うと、私とあまり年代の変わらなさそうなエージェントの男性から、
やや笑顔が消えて、

「いや、5年前に来て下さってたらね、かなりの件数をご紹介できたと思うですけど、
正直、今のあきづきさんの年齢だと、マネジメント経験のある人を求めている企業さんがほとんどなので、やや厳しいんですよね。あ、もちろん、不可能ってことじゃないです。ご紹介はさせていただきます」

マネジメント職でのキャリアを積みたくて転職を希望したのに、経験がないとそこに食い込むことができないとは・・・

これが、私の直面した厳しいジレンマでした。

そして、自分が「転職しようかな、どうしようかな」とのんきに一定の場所で揺れ動いていた数年が、すごいスピードで自分の市場価値を下げていっていたことに初めて気づいたのでした。
久しぶりに海から上がって歩こうとしたら、陸地は様変わりしていたのです。

その後私は結局、エージェントの紹介してくれた案件からではなく、自分で探した今の会社に転職し、人ではなく会社全体をマネジメントするような仕事をすることになりました。

結論として、どうすればよかったのか?

自分が思い描くキャリアに、いつか部下をもって、責任のある立場になって・・・というイメージが入っているなら、その経験はなるべく早くしておいた方がいいと思います。

だって、「マネジメント経験がないとキツい」と言われた時、思いましたから・・・
コンビニでも居酒屋でもいいから店長やっておくんだったと。

私自身は2番手くらいで、目立たないところで好きにやるスタイルが一番性に合っているので、それはそれで十分やりがいがあったのですが、今思うと、その時点でこうなることは決まっていた気もします。
だいぶ前の地点で道は二股に分かれていて、初めは差がなくても、進むほどにキャリアアップというマイルストンがある道とない道に分かれていく。

では、主任や課長くらいに昇進するのにめちゃめちゃ時間かかる会社だったらどうするか。

今なら言えますが、迷わず出るべきだと思います。

鶏口となるとも牛後になるなかれ。


とは、中国の戦国時代(キングダムの時代)の蘇秦という人が各国の長を説いて回ったときに言ったとされる言葉。

牛のように大きな勢力(秦帝国)のしっぽにつくよりは、
鶏のように小さな勢力でもくちばし(先頭)になれ。

重要なのは、「マネジメント経験、あります!」と言えること。

そこで初めて品評のスタートラインに立てるのです。

中身は努力や勉強で後からあがなえるのですから。

20代の自分に言いたいです。
人を率いる準備ができた、と自分が成熟を感じるときには、もう、手遅れかもよと。。。

ただし、もっと優先することは、あります。
これも、頑張りすぎて自分を追い込んでしまったことがあるから言えることで、

それは、自分のポリシーです。

更に年をとって、役職とか肩書きが全てなくなり、一人の自分に戻った時に、それまでやってきたことを誇れるか?

仕事の価値は、相対的。肩書き、生涯賃金、それだけじゃない。
自分が決めていいものだし、自分で決めないと何十年は続かないです。

この記事が20代、30代の若い人の参考になったら嬉しいです!
当分、一人親方で頑張るあきづきでした。


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