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期待されずとも 【ショートショート】
季節の変わり目、妻が決まって体調を崩すのは体質なのだろうか。毎度毎度のことながらいまだに慣れることはない。平気平気と動き回ろうとする彼女を止めるのはなかなか骨がおれる。「あなたじゃまともな家事できないでしょ。だから、辛いけど私が――」というのが理由だ。それに反論できないのも、まあ、恥ずかしいものである。自分的にはちゃんとできてるはずなのだが……。
難しいことはしない、今より汚くしない、出したものは片付ける、――――。
もろもろ約束させられた。こんなになんもできない人と思われてんのか俺は……。やってる、やってるはず。たまにめんどくさと知らん顔してる時はあるけど、……たまに、じゃない……か。
「パパ、ママはまだ寝てるの」
「そうだね、熱はもう下がってるみたいだから明日には元気になってると思うよ」
「ほんと? 良かった。じゃあ、明日からは朝ご飯みたいな晩ご飯じゃないんだね」
あー、やっぱり朝食だよな。パンにハム、キュウリのスライスとミニトマト。で目玉焼き。娘よ、料理のできん父ですまぬ。
「ねえパパ。私ね考えたの。ママはたまに今日みたいなことになるでしょ。そしたらパパが料理や掃除をしなきゃいけないじゃん。でも、パパは超下手くそでしょ。だからね、私がママの代わりをするわ。もっと私がしっかりしなきゃいけないの」
おお、娘の成長を目の当たりにしている。ディスられてるのを差し引いても感動。
「うん、しっかりしてくれるのには大賛成だけど、ママの代わりは……。パパにもチャンスくれないかな?」
「ダメよ。パパなんかに任せておいたら家がゴミだらけになっちゃうわ」
「でも、パパだけなにもしないのは……」
「いつものことじゃない」
あー、なにも言い返せない。これはきつい。ナイフでグリグリやられてるようだ。
「今から、今からめちゃくちゃ頑張るから。ね……」
「ほんと? じゃあ、トイレとお風呂掃除をパパに任せてあげる」
はい、きました。一番めんどくさいやつ。でも、反論なんかしたら一生口きいてもらえないんだろうな。
「わかりました。パパは今からトイレとお風呂を掃除してきます」
いざ……。決意してトイレの蓋をあける。
あれ?思ってたよりキレイ。
それもそのはずだった。毎日毎日、私が知らないだけで妻はちゃんと掃除していたのだ。ただ用をたすだけの私には見えていても見えなかった部分。その立場に立ってようやく見える景色。
うわ、俺って最悪なことしてたんだな。もっとちゃんといろんなこと手伝わなきゃ。いや、手伝うって考え事態してちゃダメなんか。
完璧とは言えないまでも念入りにトイレと風呂を掃除する。気付けば一時間以上ついやしていた。
「あら、あなたお疲れ。どうだったトイレ掃除とお風呂掃除は」
目を覚ました妻がリビングでくつろいでいた。顔色も良さそうだしひと安心していいのだろう。
「すっごい疲れた。でも、こんなのを毎日やってたんだよな。ほんと頭が下がるよ。もっと色々手伝うからこれから言ってくれ。あっ、手伝うって言っちゃいけないんだっけ」
「手伝うでいいわよ。期待なんかしたらもっと仕事が増えて疲れるもの」
せっかく前のめりになっていたのを首根っこ掴まれて止められた気分。でもこれからはもっとあいつの負担を減らせられるようにしなきゃな、と本気で思った夜だった。