日本の教科書
来年度の教科書を申し込む時期になった。
海外に住んでいても無償で教科書をいただけるのはありがたい。
現地校での学年は1つ下だけど、日本の教科書を見ると親子共に身が引き締まる。
中学生の申込書を書きながら2022年度は令和何年だっけ?と学齢早見表を確認して、はっとした。もう長女は義務教育じゃなくなるのか!
こっちではまだ小学6年の二女の、中2の分だけだ。
アルゼンチンの本では見たことない品質の紙と製本技術の、日本の教科書。表紙がすべすべで、中の紙はしっとりハリがあって、名前書くところがすべりにくくなっていて、重みがあって、高級な書物という感じがする。
現地校では、先生の教科書を印刷して綴じたものを使ったり、上の学年のお古を代々譲りながら使っているので、書き込みとか破れとかあるのも当たり前だし、そもそもの紙質や製本のクォリティが違う。それはそれでいいと思うんだけど。
なんか、これに甘えてていいのかな、という気がしてくる。地球の裏側まで届けてくれるから申し込みをしているんだけど、そのありがたみに見合うほど使えているのかわからない、っていうか使えていない。
子どもたちは現地校の授業や課題をひーひー言いながら踏ん張って食らいついているので、日本の教科書も勉強しなさいとは言えない。ただ、授業がわかりやすくなるかもしれないし、ちょっとおもしろいから読んでみ、くらい。
算数・数学と図工はわりと使っているんだけど、理科社会はほとんど開いていないかも。
無償配布の条件は、「日本国籍を保持」なんだけど、日本人学校に通っているならまだしも、日本人学校がある都市で現地校を選んで通っているのに面倒をみてくれるなんて、考えてみたら申し訳ない。国籍濫用だ。
去年の教科書も今年の教科書もまだぴかぴかで胸が痛む。
新聞のように、次が来たら役目交代じゃなくて、何年かかけて読むのでもいいかもしれない。ちょっと、反省して教科書に向き合います。