【そのちゃんはびっくりしてしまう】(絵本にしたいなぁと思っている短いお話)
そのちゃんは、ちょっとびっくりしやすい女の子です。だけど、びっくりしたくないからと言って、びくびくしながらなんてまっぴらだと思っています。
ある日そのちゃんは、ひとりで道を歩いていました。車がたくさん走る道ではないし、きれいな花が咲いている公園のとなりを通れる、そのちゃんのお気に入りの道です。
だけどその日は少し様子が違っていました。ゆっくりしっかり道を踏みしめるそのちゃんの向こうから、なんだか急いだ顔をした人が、ものすごい早歩きでやってきます。
あ、あぶない!
そう思ったのは前からやってきた人のほうでした。いつの間にか目の前にいた女の子に、ぶつかってしまう。大きく振り回していた鞄も。そう思ってその人は、体中の力をぎゅっとかためて止まろうしたのです。
それとほとんど同時、そのちゃんの方でも、前から人が来ていたことに気付きました。
ぶつかっちゃう!
そのちゃんは、とってもびっくりしやすい女の子です。目の前にせまる大きな人の影と、重たそうな鞄の、風を切る音に、今までで一番のびっくり!
気が付くと、そのちゃんは見たことのない高さの景色を見ていました。
あれあれ?これはどういうこと?
もうびっくりよりも、なぜなぜが勝ったそのちゃんは、すぐ下を見ました。そこには、なんとそのちゃんが倒れているのです。
たいへん!はやくからだにかえらなくちゃ!
そう、そのちゃんが思った時でした。
ぶつかってしまったのかと、こちらもびっくりしている様子の、急いでいた人が何かしきりに話しかけている目の前で、そのちゃんの体はむくりと起き上がりました。
えー!
なんとそのちゃんの体の中には、老猫のゆうれいが入っていたのです。老猫のゆうれいは、急に大きないれものに入ったことにびっくりしていましたが、せっかくなので大好きなあの場所でお昼寝がしたくなりました。
「大丈夫かい?」
忙しそうな人は最後まで心配してくれていましたが、老猫のゆうれいの入ったそのちゃんの体は、まったく気にしません。
すっと、手をついて四足歩行のかまえをとると、びゅっと春風のような軽さで走り出したのです。
まってー!
そのちゃんは急いで追いかけました。
小さな道を折れて、緑色のフェンスを上手にこえると、老猫のゆうれいの入ったそのちゃんの体は、そのちゃんの大好きな花がたくさん咲いている公園の、一番大きな木の下の、お日様がたっぷりと降り注ぐベンチへとやってきました。あたたかな木のベンチに靴のまま上がると、膝をかかえるようにして座りました。そのまま、老猫のゆうれいは、猫の頃のように、ころりと体を転がらせようとしました。
けれどこれは老猫の体ではありません。そのちゃんの体です。バランスをくずした老猫のゆうれいは、猫のとくいな回転がうまくできず、低い地面へと、どしん。
にゃー!
衝撃にびっくりした老猫のゆうれいは、その拍子にそのちゃんの体から飛び出していきました。
あ!今だ!
自分の体に戻ろうとしたそのちゃん。ですが、なんとまたしても、そのちゃんが入る前に、そのちゃんの体は起き上がったのでした。
なんと今度は、鳩のゆうれいがそのちゃんの体に入っていたのです。
そのちゃんの体に入った鳩のゆうれいは、ゆっくりと両手を確かめるように揺らしてみてから、飛べないことを知ったようでした。だって、そのちゃんの腕には羽はついていません。鳩のゆうれいは、今度はちょっちょっ、と爪先で地面を蹴っては、足の造りを確認しているようでした。
「くっぽ、くっぽ」
なんだか下手くそな鳩の鳴き真似が公園に響きます。そのちゃんは恥ずかしくなって、透明になったほっぺを両手で撫でました。
なんとかして、鳩のゆうれいに出てもらわなくちゃ。
そのちゃんは、すぐに自分の体に入れるようにと、歩き出した鳩のゆうれいの入ったそのちゃんの体の近くへと、降りていきました。
季節はゆっくりと巡っていく頃で、この前まではたっぷりと咲いていた花たちは、一本また一本と色を落としていっていました。
風が吹きました。ちら、と光るものがありました。鳩のゆうれいは、エサである美味しそうな木の実を見つけたのです。
美味しそう!
鳩のゆうれいは思わず、鳩だった頃のように、くちばしを木の実へとふりおろしました。
けれどこれは鳩の体ではありません。そのちゃんの体です。
ばちん、と鼻がかたい木の根にぶつかってしまいました。あまりの痛さにびっくりして、そのちゃんの体から飛び出した鳩のゆうれい。
今度こそ!
そのちゃんは、いそいで木の根元に顔をくっつけて、うずくまっているそのちゃんの体に向かいました。
しかしその時、そのちゃんが体に入る前に、そのちゃんの体を助け起こした人がいました。
その人はこの公園でよく見かける、花の世話をしてくれているおばあさんでした。おばあさんはそのちゃんの体を助け起こすと、声を掛けます。
「あらあら、あなた、だいじょうぶ?」
やさしい声に、ぱちりとそのちゃんの目はひらきました。まだそのちゃんが、体に入っていないというのに。
そのちゃんの体は、くったりとおばあさんの腕に抱かれたまま、ちいさな声でこう言いました。
「まいにち、おみずを、ありがとう」
そのちゃんの体に入っていたのは、その日の朝に花の命を終えた、花のゆうれいでした。いつもお世話をしてくれたおばあさんに、ほかの花たちのぶんもお礼が言いたかったのです。だから、とてもこまった顔をしているそのちゃんには、申し訳ないなと思いながらも、すこしだけそのちゃんの体を貸してもらったのでした。
「なあに?」
おばあさんには、そのちゃんの体に入った花のゆうれいの言ったことが、声が小さくてきちんと聞こえなかったようでした。けれど、花のゆうれいは満足でいっぱいになり、そっとそのちゃんの体から出て行ったのでした。
さあ、今度こそ!
そのちゃんは、そのちゃんの体の中へと、思いっきり飛びこみました。
どきんっ。
そのちゃんは、自分の体の中の音がいっぺんに耳にひびいて、びっくりしましたが、今度は体を飛び出したりはしませんでした。
目をさっきよりもぱっちりと開けたそのちゃんは、おばあさんに助けてもらいながら体を起こしました。そのちゃんが動くと、服からは草の匂いがしました。
「擦り剥いてる鼻のあたま以外に痛いところはある?お顔の汚れをとったほうがいいわね」
おばあさんはそう言いながら、そのちゃんをベンチに座らせて、ハンカチを公園の水飲み場まで濡らしに行きました。
やさしいおばあさんの背中を見つめながら、そのちゃんは自分の体って、本当にいいものだと思いました。
それにしても、まさかびっくりして自分の体を飛び出してしまうなんて…
だけど結局こうして戻れたのです。なんとかなるものだなと、そのちゃんは楽しくなっていました。
そのちゃんは戻ってきたおばあさんに、顔についた泥を拭いてもらいながら、
「わたし、ここの公園のお花大好きです」
と言いました。おばあさんは、にっこりしながら
「わたしも、この公園のお花大好きよ」
と言いました。
にっこりしあう二人のうしろで、そぅっと、老猫のゆうれいは「にゃー」と鳴き、鳩のゆうれいは「クルゥッポォ」と喉をふるわせ、お花のゆうれいはふるりふるりとその首を振ったのでした。
(これは、じろうさん(夫)に絵を描いてもらって絵本にする予定のお話です。その第一稿のようなもので、絵本になるころには削れていたり、
足されていることもあるかもしれません。
あと、文芸会で発表するために少し文章を小説っぽく書いたところもあります。なんていうのは言い訳ですが笑
ここからまた直したものを、旅行から帰って来たらじろうさんに読んでもらおうと思っています。さて、どんな絵本になるのか。よければお楽しみにしてください!)