朝方に見た、刑務所で刺繍をしている夢を考えていて思ったこと
なんてそのまんまなタイトル、、、
でも、本当に考えれば考えるほどぐるぐるしてきたので、
noteに書いてみよう!と。
(このnoteは、一週間くらい前に書き始め、なかなか書けなかったものを休日に書いています。
なのでこの次の文の“今朝”は今日の今朝じゃありません。
そして後半の文章は、今日書いたものです。
ちょっとどころか、めちゃくちゃ個人的な問題を書いていますので、
そういうの苦手な方は夢の話で読むのをやめていただくのがいいと思います。)
まずは今朝方見た夢の概要から。
私は一心不乱に刺繍をしています。
手元の白い布に、細やかで、色鮮やかな、でもけして主張しすぎない刺繍を施しています。
それはお題があっての作業ではないもよう。
その後、作業を終えて提出します。
大きな部屋に、たくさんの人がいて、
女性が多かったけれど、男性もいたように思います。
特別監視されているわけではないけれど、
仕事の進捗を伺うような人が距離を保って立っている、という感じ。
おそらく昼休憩的なものをはさんで、
その部屋でみんな整列をして誰かの話を聞きます。
たぶん男性。
やさしそうにみえる。
その人が私に近づいてきて、私の刺繍を
「あなたの刺繍が一番だったよ」
と言ってくれます。
そこで私ははっとして、
“ああ、私は刑務所に入っていて、そこで作業をしていたんだ”
と思い出す。
褒めて?くれた人の顔は眩しい逆行で見えなかったけれど、
口元が笑っていたように見えて、何か返事をしようとして目が覚めました。
とても密度の濃い、情報量の多い夢だったようで、
起きた時にまったく眠った気がしませんでした。
気になって、子供とじろうさん(夫)を送り出してから夢占い検索をしてみました。
どうやら刑務所に入っている夢というのは、
自分の自由を制限されていることに対して、ストレスを感じているということらしいです。
つまり警告のような夢。
でも、刺繍をする夢、それも細かくて、きれいな刺繍をして、褒められる夢というのは、吉夢なんだとか。
今している小さな努力を続けることが、私の目標を叶えることに必要だよ、という。
逆に言えば、努力を適切にしなければ叶わないよ、という叱咤。
そういう夢だそうです。
それを読んで、
あー、、、と思ったことが。
こんなことは書くのどうなんだろう、と思いつつ、
不特定多数だからこそかけるのかもとも、思ったり。
私、ものすごく一人になりたいんです。
恋人ができたときも、
子供ができたときも、
家庭を築いてしまったときも、
心にあったのは
「縛られた」
という感覚でした。
それは当然に持つべき責任でもあります。
少なくとも、子供のことを考えると、しっかりと生きていける下地ができるまでは最低限支援をしなくてはいけないし、
そばにいてほしいと請われているなら、手を握って抱きしめていなくては、と思います。
それでも、思わずにはいられないのです。
母が入院しているとき、
一日だけ、子供を連れてじろうさんが泊りがけで遊びに行ったことがありました。
じろうさんの上司の方に誘っていただいたのですが、私は仕事があったので三人で行ってもらいました。
申し訳なさそうに「いってくるね」と出かけていく背中を見送りながら、
私の心の中は歓喜で満ちていました。
そして仕事が終わって、猫だけが待つ家に帰ったときの解放感。
常にひとがいて、たまにだから味わえるものなのかもしれませんが、
その感覚のあまりの輝かしさに自分でも衝撃を受けました。
知ってたけど、私、やっぱりひとりになりたいんだな。
と。
手放したい。
そう気持ちがじわじわ小さなかたまりを造りはじめていて、
心のなかに漂う感情の成分をしめてきている気がします。
それは無視を決め込んできたけれど、
ずっとあったことを知っている願望です。
なぁんて、わがまま。
本音からそう思います。
そんな“自由になりたい”を渦巻かせているから見た夢だったのかもしれません。
悩んでいると、おかしな夢が見られる。
なんだか飴と鞭みたいですね。