私の中の小さなわたし
私は、
子どもの頃、
戦争がとても怖かったです。
自分が死ぬこと、
自分が死んだ後も
世界は続いていくことが
とても怖かった。
おなじくらい怖かったのは、
私の好きなひとが先に死んでしまうことでした。
好きなひとがいなくなった世界は、
おそらく何も変わらない。
そのなかで、
自分一人で生きていかないといけないなんて。
だから、4歳とか5歳の頃から、
泣きながらお祈りをしていました。
「どうか、
今すぐに、
好きなひとが誰もいなくなっていない今、
幸せな今のまま、
時間を止めてください」
誰、とは分からないくらい、
根源的な神様にお願いしていました。
最初は静かに泣いていたのに、
気持ちが膨れ上がって、
最後にはわんわん大声を上げて泣き出してしまうことが
よくありました。
でも、
私を宥めに来てくれる大人はいませんでした。
気付いて、抱きしめに来てくれたらいいのに。
そう思いながら大声をだしても、
全く誰もやってこないのが我が家でした。
慰めてくれたのは、
庭に生えたたくさんの木と、
犬の姫子と太朗、
我が家の猫のリーダーのケイちゃんたちでした。
ケイちゃんは、子供の私が加減なく抱きしめるのも我慢して
じっとしていてくれました。
今日起きたことは、
あの頃怖くて泣きわめいていた戦争を手繰り寄せる
確かな糸になってしまうのではないかと
背中が冷たくなりました。
酷い話です。
今は、自分の子供が誰かを殺すように教育されるのではないかと
怖いのです。
10歳と、
7歳の兄弟は、
もう少し小さい頃に「日本も戦争する?」と
怖がって泣いていた時期がありました。
私は「分からない」と答えました。
そんな頼りない答えだったので、
兄弟はわんわん泣きました。
「分からないけど、そうならないために
大人はいるんだよ」
「だから、
どうか大きくなったときに、
今感じている気持ちを他の子供にさせないように
頑張ってね」
無責任だなと思いながら、
それが精いっぱいでした。
せめて、私の時と違って、
背中を撫でる手はあってよかった。
のかな。
今、こんな記事を書くべきではないのかもしれない。
そう思いながら、
書きました。
戦争はしたくない。
戦争を手伝いたくもない。
どうしたらいいのか、分からないことが悔しい。
子どもの頃の私は、
今も内側でしっかりと生きています。