市松さんみたいに前髪をざくざく
前髪はざくざくと切る。
前髪を作ったとき、
はじめて「似合う」といわれた。
それからずっと前髪の世話をしてきた。
洗面台の前に立ち、
目の端を刺しはじめた前髪を掴み上げる。
髪切り鋏をもう片手に、
思い切りよく、真横に挟む。
半分いきたいところだけれど、
いつもだいたい三分の一。
階段のできた端っこに添うように、
次のひと房を持って真横に挟む。
何度かあまりにも真っ直ぐに切るから
「ぱっつんすぎる」
と言われたこともあったけれど、
いいじゃなか、市松さんみたいで、と思っている。
いや、ただ単に技術がないだけなんだけど。
市松人形といえば、
三月はいっしょに昼寝をした仲だ。
起きた時ふと横を見ると彼女もこちらを見ていた気がするけれど、
あれは夢か本当か分からない。
めちゃくちゃ目が黒い、と思っただけだった。
あの真っ黒なカラスの濡れ羽色に憧れた。
真っ直ぐな髪質にも。
まあ、ちょっときしきしだったけれど。
わが家にあった市松さんは、本当に大きくて、
保育園の年長だった私とそれほど背丈が変わらなかった。
よくあんな大きな人形を横に倒したな、、、と今は思う。
姉のものと、私のと、二体の市松さんが飾られていた。
よく知らないけれど、
うちのまわりは子供が生まれると人形を贈る習慣があったようで、
どこの家にもガラスケースに入った人形があった気がする。
うちにもたくさんあった。
今は黴が同居していると思う、、、申し訳ない。
小さい頃の私はめちゃくちゃ市松人形に例えられた。
髪型とか、和顔とか、それ以上にあまりに仏頂面で、
そういうしかなかったんだと思う。
そんなこともあって、市松さんにはちょっと親近感をもっている。
髪の毛を切るときの、
他のものを切るときには無い、
ざくざく感が好きだ。
落ちていく髪もきれいだ。
白い洗面台に散っていく黒い線が儚い。
残念ながら生ごみになってしまう私の一部が、
かわいそうでかわいいのかもしれない。
変なの。
昨日観た映画は、
どちらも隣にひとが居て、
しょうがないけれど三倍疲れた。
一本目の『アリスとテレスのまぼろし工場』では、
左がおじいさんで、はじまる前にパンフを読み込んでいた。
右は「気合入れて観ます!」という空気を発散させている男性だった。
そんなふたりに挟まれて見た、ちょっと長めのキスシーンには、
何とも言えない気持ちが湧いた。
右の男性は終盤泣いていて、
よかったね、楽しみにしてきたものが胸に刺さったんだね、
と思った。
二本目を観る前に元職場に漫画を貸しにいく。
ついでに
「まだ健康保険の切り替えに必要な書類が来ない」
というと、
「電話してみなよ」と勧められる。
人が足りない、教育が行き届かない、出来ることのバラツキと、
誰が何をできるのかの把握が出来てない状態でベテラン二人が抜けた店は、
(私以外に二人辞めました)混乱していて
「やっぱり戻ってこない?」
と疲れた様子で言われた。
「絶対嫌」
と笑顔で言っておいた。
二本目は『ミステリと言う勿れ』。
ドラマは全部配信で見た(そのために入って、見てすぐ解約した)
けれど、特別ドラマは見られなかった。
漫画を読んでるから、
それでも別に問題はなく見始める。
菅田将暉という俳優さんは本当にすごいなぁ、と思う。
大学生に見えるかどうかよりも、整くんに見える。
犬神家の一族みたいな一族の遺産相続の争いに巻き込まれる整くん。
ほとんどこの一族の屋敷内で話が進む。
めっちゃ大きな屋敷で、
この遺産のほとんどが不動産だというからそうなのかと思うけれど、
本当にこの敷地内を隅々まで捜索せよ、と言われたらけっこうな人数が必要だと思う。
失踪できそうに広い。
犯人?は第一声で分かるくらい、親切というよりもフェアなお話は、
やっぱりミステリではないのかもしれない。
この映画の時は、
隣がご夫婦で来られていた夫さんの方が右、
左は友達と観に来たらしいご婦人だった。
右側の夫さんが、においのしっかりついたポップコーンを食べていて、
時々零したり、箱を落としそうになったり、鼾かいて寝てみたり、
ちょっと忙しい人だった。
ご夫婦でいっしょにドラマみたのかなとか思うと、
ちょっとふふふとなる。
うちは基本一緒に何かを見ないから。
大体どっちかが先に見ていて、
「良かったよ」
と報告。
その後観るかどうかの判断は各々に任される笑
最近やっと『水星の魔女』を最後まで観てくれて、
私の感想をだーっと話せてすっきりした。
私は観始めたら大抵最後まで一気に見る。
放送中のものは一緒に追いかける。
じろうさん(夫)は最初を見て面白そうだとそこで止まる。
全部配信にのったことを知って、
やっと見始める人だ。
なのでいつも同じ作品を追いかけてもラグがすごい。
大体私に急かされてみてくれる。
そして私の感想を聞かされることになる。
いつも本当にご苦労様です。
『ミステリと言う勿れ』は良くも悪くも映画感は薄かった。
ドラマの豪華版という感じがする。
テレビサイズではしっかりとリアルに感じられるのに、
映画サイズになると「あ、これお話なんだ」とひっかかってしまうことがある。
私にとってはそれだった。
どんなに好きなドラマでもそれを感じることはある。
それが悪いのかどうかは分からないけれど、
私は少し悲しくなる。
整くんの
「子供は固まる前のセメントと同じ」
という話がとてもよかった。
彼の中の葛藤が、
揺れる弱さややさしさが、
彼を奮い立たせてしまうのがいい。
ドラマ、是非二期を作ってほしい。
アニメもしてほしい。
整くんは前髪もくるくるなんだろうか。
ああいう髪はぱっつんにはならないのだろうか。
くるくるしたぱっつんとか。
そんなことを思いながら切り終えたあとの洗面台を掃除して終わった。
今日も出かける用事がある。
できるか分からない寄り道をしていく予定のため、
早めに家を出なくては。
それまで、しなくてはいけないことをしましょう。
はい。
それでは。