Hayato Sumino "Cateen" Piano Recital in Singapore 12 Oct. 2022 (2023.3.4追記)
10月12日夜、角野さん(以下敬称略)のシンガポールデビューコンサートに行ってきた。
と、さらっと書いたが、今は日本在住の身、シンガポール行きを決意したのはデビューコンサートの1週間前。10月4日のサントリーホールでのアデスのピアノと管弦楽のためのコンチェルトを聴き、圧倒された後、休憩時間に(ルイサダ、角野の公演含む)3公演のバンドルチケットがバラ売りされ始めたことをたまたま耳にしたのだ。久しぶりにソロも聴きたい。これは行くしかない!と東南アジア流浪民(今は活動一時停止w)の血が騒いだ。
チケット購入から当日開演まで(読み飛ばし推奨)
アデス公演の翌日、チケット販売サイトから、ホールの3つのエリア(VIPシート)のいずれかを選ぶと、システムがBest available seatを自動で割り当ててくる仕組みで特定の座席指定はできない(40, 80, 120ドルのシートは既に完売)。どちらかと言うと、表情より、鍵盤、華麗な手捌き、身体の動きが見える左側が好み(もちろん全て見える真ん中より少し左が理想)で、この願望を叶えられそうな席は、左側ブロックの最前列で、ショパンピアノコンチェルト1番の神奈川県民ホールに続き、人生2度めの最前列を選択した。
ホールは1862年に市庁舎として建設され、後に拡張工事が行われたビクトリアシアター&コンサートホール。シンガポール交響楽団の本拠地でもあるそう。
空が晴れてきたので、スタインウェイギャラリー訪問、植物園歩き、ストピ巡りの後、16時過ぎにホールの下見に行った。誰もいないであろう時間に美しい内装もゆっくり観て写真を撮っておきたかった。
シャワーを浴びて着替えるために、一旦ホテルへ戻った。
5分遅れくらいで観客席の照明が暗くなった。しばらくして舞台下手から角野が登場。シンガポールや近隣国で角野を待ち侘びていた歓迎の拍手が起こった。
角野は少しはにかんだ笑顔で、控えめに観客席を見渡しながら舞台に登場し、ピアノの脇に立ち、深くお辞儀をした。
椅子に座り、ピアノの前で気持ちを落ち着けている時間が6, 7秒あった。この間、観客はその姿に集中し、息を殺していた。私の両隣の少年たち(開演前に話しかけたらシンガポール在住の日本人と知る)も微動だにしないで角野をじっと見つめていた。
Chopin - Scherzo No.1 (スケルツォ 第1番)
まるで鉄槌を下したような2つの不協和音の序奏で、ホールは緊迫感に包まれ、一瞬にして空気が変わった。楽譜にCon Fuoco(炎のように)とあるが、悪魔が乱舞しているような迫力。何かに取り憑かれたかのように一心不乱に鍵盤の上で指が踊り狂っていた。
若いショパンが祖国ワルシャワの状況に胸を痛め、やり場のない怒りをぶち撒けているようでもあった。反響の大きいホールに轟くと恐怖を覚え、その迫力に圧倒された。観客の皆が息を潜め聴き入った。
突如、天から光が差し、天使が舞い降りてきた。ポーランドのクリスマス・キャロルが引用されている中間部で、甘美な旋律がホールをやさしく包み、教会で聖歌隊の歌声を聴いているような神聖な気持ちになった。時折、宙に眼差しを向ける角野が神々しく見えてくる。
平穏な空間に冒頭の不協和音が力強く鳴り響き、再び悪魔襲来、緊迫感に包まれた。
最後の一音の余韻を味わったのち椅子から立つ角野に大きな拍手が送られた。皆、やっと普通に呼吸。
彼はいったん舞台袖に下がった。
冒頭にスケルツォ1番を選んだのはクラシックが原点という角野の自己紹介的な意味合いが強かったのではないか。ショパンをこよなく愛する私はやっぱり彼のショパンが(も)好きだ。
このタイミングで遅れてきた観客が入ってきたが、聴き終えた直後の観客は呼吸を整える時間が必要だったので、この小休憩は有り難かった。左隣の小学生は、圧倒された様子で椅子の背もたれに身体を預けたまま「YouTubeと違って二度と見られないから、ずっと目を見開いて見ていたくてすごく疲れた」と。「すごかったね」と言ったら、大きく頷いていた。その隣の母親は「生演奏はやはり迫力がまるで違いますね、息をする音すら邪魔になるんじゃないかと思って息を殺していました」と。初めての角野の生演奏にすっかり惹かれた様子だった。
A. Weissenberg - En avril à paris (4月にパリで)
遅れてきた観客が席に座って落ち着いたタイミングで角野が登場した。
ワイセンベルクのEn avril, à Parisは、シャンソン歌手のシャルル・トレネによる6つの歌の編曲の1つと知る(編曲の経緯や楽譜についてはこちらを参照;専門家によるワイセンベルクの解剖はこちら)。ワイセンベルクの技巧の高さ、グレングールド評など、なかなか興味深い事実を知り、バロックにハマったと話していた角野がこのタイミングでワイセンベルクの曲を選んだ理由をすごく知りたくなった。
この曲はコンサートでは初披露ではないかと思う。角野は美しい旋律をシャンソン風に歌ったり、ジャズっぽいアレンジを加えたり・・・小洒落ていた。
先程の緊迫感に支配された空間が、春の陽射しが眩しいパリの街になり、リラックスしながら聞けた。French Piano Seriesを意識し、またフランス人の師匠ルイサダへのリスペクトも込めて選曲をしたのか。因みにホールにはルイサダの姿はなく、残念だった。
Chopin - Waltz No.1 (華麗なる大円舞曲)
舞台はパリのまま、軽快にワルツが始まった。いつもの聴き慣れたテンポで、南国の空気に触れて高揚した気持ちも乗せ、明るく快活なワルツだった。鍵盤を華麗に舞う指や、背中や左足で微かにリズムをとっている姿は実に楽しそうだった。
1曲、2曲と弾き進められるにつれ、観客からの拍手のボリュームがどんどん大きくなっていった。ここでは確か、椅子に座ったまま、お辞儀をし、観客の反応に手応えを感じている様子だった。
H. Sumino - Big Cat Waltz (大猫のワルツ)
コンサート当日の昼間、スタインウェイギャラリーを訪問し、世界でも稀少な高級木材で作られたSPIRIOrで聴かせて貰った大猫のワルツも素晴らしかったが、生演奏は聴くたびにアレンジが変わるから、始まる前からワクワクする。
HAYATOSMにはない前奏、鈴の音のような装飾音はいつにもましてチャーミングだった。鍵盤の真ん中から高音域の間での上降下降するアルペジオ、高音域での装飾音が美しくてうっとりした。ピアノの周りをプリンちゃんたちが機敏に走り回る姿がみえてくるようだった。
最後のラドミレソを弾き終えた角野は、踊り終わるダンサーみたいに腰を浮かす感じで立ち上がって、会場からは拍手だけでなく歓声も上がった。皆がハッピーになれる曲。
Chopin - Polonaise Op.53 (英雄ポロネーズ)
ホールの音の響きのコントロールを完全にものにした角野はダイナミックに弾いても、決して音が濁った感じにならず、むしろ反響の大きいホールで聴く英雄ポロネーズは迫力満点だった。
拍手喝采。スタオベする方々もチラホラ。観客は前半だけで角野の虜になったことを確信する瞬間に居合わせ、日本から飛んできたファンの1人としても嬉しかった。
Intermission + 後半プログラム
休憩中にホール内を歩いたり、ホール外のスペースなどを見る限り、観客の8割以上がシンガポール在住民(駐在しているであろう西洋人も少数ながら見かけた。あるグループはフランス語を話していた)に見えた。昨夜Wangのコンサートの後、話した方は香港から来ていた。2割弱はシンガポール在住の日本人や近隣国で占められていたような印象。私みたいな日本から遠征組はMeet & Greetセッションで5名ほど見かけた。実際には10名くらいいたのではないかとも後で聞いた。
後半プログラムは日本で体験したことがないほど圧巻だった。決して大袈裟ではなく、"激しく"心が震えた。私は2020年12月13日のコンサート(アーカイブ配信版のダイジェストが一部公開)をサントリーホールで聞けなかったから、後半プログラムは私にとっては特別な意味があった。
Liszt - Liebestraume No.3 (Arr. Hayato Sumino) (愛の夢第3番)
HAYATOSM Ver.が聴き慣れている身には、あ、違うアレンジを入れている!と嬉しくなる瞬間が何度もあった。彼の中には、泉の如く湧き出てくる音の引き出しがあるから、何回聴いても新たな感動を得られる。リストやショパンもこうやって即興していたにちがいない。今日の愛の夢はやさしく語りかけてくるようなオーラがあった。
Liszt - Nuages Gris S.199 (暗い雲), Saint-Saens / Liszt - Danse Macabre S.555 (死の舞踏)
今夜のクライマックスは、ここから始まったと言っても過言ではない。この前はすべてオードブルだったとすら思えるほど、豪華なメインディッシュだった。
音楽の神様が舞台に舞い降りて来て、それはそれはドラマティックなものを見せてもらって、これまで体験したことがない世界に連れていかれた。Bravoを何回叫んでも足りないほどの圧巻の演奏で、心が激しく揺り動かされた。
暗い雲が始まる前、舞台の照明が落とされ、ピアノだけに照明が照らされた。不気味に感じる旋律がホールに鳴り響き、私はゆっくりと薄暗い洞窟みたいな場所に誘われ、先がよく見えない道を歩かされているような感覚になった。一瞬静けさが訪れた時、洞窟を抜け、暗いながら視界が開けたと思った場所からなんとか見えたものは、暗い雲の下にどこまでも続くように見える荒涼とした森だった。
ほんの一瞬の静寂を突き破るように死の舞踏が始まった。数十年以上前に行ったディズニーランドのホンテットマンションのアトラクションを彷彿させる世界。骸骨の人形が踊り狂うような場面では、パーカッシブな音が激しさを増し、恐怖心が煽られ、自分の心臓の鼓動が聞こえてくるほど。手2本、指10本だけで弾いていると思えない重厚な和音の波が次々と押し寄せてきた。
内から止めどなく溢れ出てくるインスピレーションで、角野の身体が勝手に動いているようにも見えた。何かが身体に乗り移ったみたいな感じでもあった。どこまで突き進んでいくんだろう、どこまで連れて行かれるんだろう、と思ってからも、なかなか止まらない。激しい動きのなかに妖艶な美しさもあって、恐怖心に煽られながらも、このままこの世界を見続けたいような気持ちにもなった。
HAYATOSM、昨年のスタクラでちらっと感じたホロヴィッツ編曲版を部分的に織り交ぜていたような気がしたVer.のいずれとも違って、何というか、今日はスリリングで凄みが増していた。あれは角野隼斗編曲版だったに違いない。
フジロックの冒頭で演奏され、最高にロックだったという感想を目にしたが(残念ながら再配信含め私は視聴できなかった)、今回も舞踏(ワルツ)というよりは最高にロックだった。
最後、今のは全部夢だったんだよ、って言っているみたいに軽いタッチで弾き終えた角野は、すっーと現実世界に戻ってきた。今夜一番の拍手と大きな歓声が至るところから上がって、ホール中が大フィーバー!野外劇場にいるみたいな盛り上がり方だった。行けていないけど、フジロックはこんな風に盛り上がったんだろう!
Liszt - Hungarian Rhapsody No.2 (Arr. Hayato Sumino)
(ハンガリー狂詩曲 第2番)
舞台の照明が明るくなり、いや、ちょっと明るすぎるくらいの中、ハン狂が始まった。死の舞踏と曲調はガラッと変わるが、あの勢いのまま力強く躍動感溢れる音がホールに鳴り響き、圧倒的な演奏に皆が釘付けに。
時にリスト顔負けの超絶技巧アレンジも、軽やかで美しい装飾音も、華麗なグリッサンドも、私の耳に馴染んでいる筈のHAYATOSMと別物だった。先程から1人何役こなしているだろうかと思うほど。ハン狂の生演奏を聴くのは(多分)初めて。ドラマティックな展開にただただ圧倒された。なんてカッコいい曲なんだろう!!いや、なんてカッコいいんだろう!彼は。
弾き終えて椅子から飛んで立ち上がった角野に会場からはマスク越しにBravoが叫ばれ、大歓声とスタオベの嵐。両隣の少年たちが周りの大人たちに習う訳でもなく、すっと立ち上がって、手のひらが赤くなりそうなほどに一生懸命拍手して称賛する姿に胸が熱くなった。
アンコール
鳴り止まない拍手に応えてI Got Rhythmをノリノリに!フルバージョンだったかと。
2曲目は木枯らし。なんて人でしょう!ガーシュインを弾いた後に木枯らしって前代未聞。
何度もカーテンコールが起こるなか、あるタイミングで女の子が花束を持って出て行こうとしたら、角野が袖まで戻ってきて・・・タイミングがずれたが、角野が後退りでピアノの椅子あたりまで戻って女の子から花束を受け取り握手した。心和む場面にほっこり。女の子は恥ずかしそうで、角野を見上げることなく、さっーと袖に戻っていた。以下はFBにUPされたもの。
インスタにもFBに上がった映像が素敵な写真とともに上がっている。
拍手もスタオベも止まず、観客席を見てニコニコしながら「This is (really) the last one. (本当にこれが最後だよ)」と言って、キラキラ星を弾き始めた途端、拍手と大歓声が起こる。シンガポールの観衆たちは超ノリノリ。ドイツのショートムービーを思い出した。かてぃん節炸裂の末、終演。
照明が明るくなっても、興奮している観客が拍手し続けるから、角野は再び出てきて、胸の前で手を合わせて、ありがとうございますと。皆、拍手したり手を振ったり、、興奮冷めやらぬまま。
しみじみと振り返り・・
角野隼斗はシンガポールでも熱狂的に迎えられた。本日のプログラム、角野隼斗デビューパッケージとして素晴らしい選曲であり、曲順(曲の展開)も最高だった。彼の原点のクラシック、小4のハヤトくんが弾いたスケルツォ1番に始まり、French Piano Festivalに相応しいシャンソンを編曲したEn avril, à Parisを挟み、特技のワルツ、英雄で占めた前半だけでも彼の魅力は十分に伝わっていた。が、後半プログラムでの湧き出てくるインスピレーションで即即興していく姿はまさに音の魔術師、観客をすっかり虜にした。
私は角野に出会う前も出会った後も、他のピアニストの演奏も他のさまざまな音楽もたくさん聞いてきた。それぞれの良さがある。でもしばらく生音を聞かないと聴きたくて我慢できなくなる精神に陥るのは彼が初めてかもしれない。そろそろそれを認めた方がいいと自覚した。彼の魅力は、あの即興のセンス、あの滑らかなアルペジオ、美しい装飾音などに加え、場の空気を変えてしまうパワー、プログラムの構成など、書き出すと止まらなくなる。舞台に登場して来る時の姿はどこか控えめな雰囲気の青年なのにピアノを弾き始めると別人。このギャップにもやられている。あとはYouTubeやSNSのお陰でより身近に感じられるアーティストだから、親近感を抱けるのかもしれない。と今更何を言っているんだ・・。
この後はVIPチケットを持つ観客や関係者のためのMeet & Greetセッションが、ホールの外の吹き抜けの廊下で行われた。恐らく200人前後の人が列に並び、角野と話し、写真を撮影し、サイン入りポスターをもらった。シンガポールのファンの方々、大盛り上がり。角野と握手したり、肩を組んだり、皆、自由に振る舞っていた。私にとっては人生で最初(で多分最後になるであろう)のサイン会、緊張しながらも拙い言葉で何とか感動を直接伝えられ、手紙と小さなプレゼントを渡すこともでき、ただただ感無量(日本から来たことには、びっくりされた)。ここで偶然出会った日本人の皆さんとも言葉を交わし、写真撮影をし合ったり、生涯忘れられない思い出となった。
角野さん、もうただただ感謝です本当にありがとう 私はずっとこれからも角野さんの音楽を聴くのが大好きです。
おまけ
旅のダイジェストは以下を!
スタインウェイギャラリーではレセプションの女性の方も角野さんのコンサートに関心があった模様。一緒に大猫のワルツを聞いて感動していた。
コンサートホールのレセプションの女性3人(マンマミーアのパワフルおばちゃん3人を彷彿)もかてぃんファンらしく、日本から来た私に質問の嵐。ジブリが好きという女性には千と千尋の動画を紹介した。余っていたミニパンフレットを大量に渡され、日本のファンに渡してと。
これから真面目に仕事しないといけないので、ひとまずこちらで。追記は折を見て。
【追記 (10/15 16:09)】
本日10/15(土)21時(日本時間)からかてぃんさんがシンガポールからCASIO PX-S7000でYouTubeライブ(アーカイブ有り)!
Let's enjoy together!!
【追記 10/16】今回のプログラムのプレイリストは以下。4月にパリで、と華麗なる大円舞曲以外は角野さんの演奏。
【追記 10/20】
The Straits Times (シンガポールの全国日刊紙) に10/19付でフランスピアノフェスティバルのリサイタルについてレビュー記事が掲載されたことをPianno International Festivalのインスタで見つけた。角野さんのプログラム部分に関するレビュー箇所のみ、和訳を試みたツイートを掲載しておきたい。
なお、Webで調べてみたところ、ライターの本業は開業医(家庭医)で、2004-8年にシンガポール国際ピアノフェスの芸術監督を務め、1997年からThe Straits Timesのクラシック音楽評論家とのこと。8匹の猫を飼っているらしく、大猫のワルツは気に入ったに違いない。
【追記2023.3.4】
シンガポールのコンサートのダイジェスト動画が公開されており、私も一瞬映った!(笑)
(終わり)